むかし、むかしあるところに白い時計搭のある村がありました。
リムネーは、おてんばで歌好きでお喋りな娘です。
いつも、村の真中にある白い時計搭でいろ
んなお話をしています。
「今日は、ちょっとこわいけれど、死のお話。
生きているものは、いつかは死ぬけど、それって本当にこわい
ことかな?
そんなことを考えさせられる物語」
春の訪れを告げるように、雪を割って岩の間や樹木の根元に小
さな花をつける花、ゆきわり草が咲く頃に、ヘパティカという女
の子の母親が天に召されました。
ヘパティカは、母親の事が大好きで、天に召された母親にどう
すれば会えるのか、父親に聞きました。
「ねぇ、もう一度、お母さんに会うためにはどうすればいいの?」
「天に召されるということは、もう、会えないという事なんだよ」
「でも、お母さんは、私たちのことを見守ってくれるんでしょ
う?」
「ああ、そうだ。
あの、雲の上から、ずっとヘパティカ、おまえとお父さんをみ
まもってくれている。
だから、会いたいだなんて、我儘を言わないでくれ」
ヘパティカは、いつもは強い父親が悲しげに言うので、自分は
悪い事を聞いてしまった事はわかりました。
そこで、ヘパティカは、神父さんに同じ質問をしました。
「そうだね。
お母さんは、ヘパティカ、君の心の中で生きているよ。
耳を澄ましてごらん」
ヘパティカは耳を澄ましてみましたが、お母さんの声など聞
こえません。
「神父様、だめ、聞こえてこないの。
それに、私は、お母さんに会いたいの」
「ヘパティカ、お母さんは、神様のところに行って、生まれか
わるまで、そこでまっていなければならないんだ。それを呼び
戻しては、お母さんが困ってしまう。
だから、お母さんと会う事は出来ないんだ」
「うそ、だって、神父様は私の心の中で生きているって言った
じゃない!」
ヘパティカは、逃げるように走り出しました。
でも、お父さんも神父さんも、お母さんに会える事ができな
いといっているのだから、本当なのだということだけはわかり
ました。
ヘパティカは、母親と会えないことは仕方が無いけれど、せ
めて手紙はかけないかと、郵便配達員に聞いてみました。
「ごめんね、ヘパティカ、住所がわからいから届けられないん
だ」
ヘパティカはがっかりしました。
でも、ヘパティカはどうしてもあきらめられません。
ヘパティカが手紙を握り締めて、とぼとぼ歩いていると、長
老が話しかけてきました。
「どうしたのじゃ、ヘパティカ」
「お母さんに会いたいの、お父さんも、神父さんもそれはでき
ないって。
だから、このお手紙をわたしたいなっておもったの。
でも、住所がわからないから届けられないの」
「そうか、かわいそうに。じゃがな、人は生まれたら必ず死ん
でしまうものじゃ。
それが人の宿命というものじゃ。
じゃから、生きているということはものすごく尊いことだとも
言えるんじゃよ」
ヘパティカは長老の言っている事が難しくてわかりませんで
した。
「そうか、ちとむずかしかったかの。
こまったのう。こりゃ、死んだばあさんと相談してくるかの
う」
「え? 長老は、死んだおばあさんとお話ができるの?
それはどうするの?」
ヘパティカは目を輝かせました。
「墓参りじゃ」
ヘパティカは長老の言葉にがっかりしました。そして、ヘパ
ティカの目から一滴の涙が流れ落ちましす。
その涙が地面に落ちたとき、ヘパティカは、考え直しました。
長老も、そうするのだから、お母さんのお墓にいけば何かわ
かるかもしれないと思ったのです。
ヘパティカが、お墓に着くと、お墓は真っ白な雪をかぶって
いました。
ヘパティカは、おかあさんが寒いだろうとおもって、お墓の
雪を払います。
そして、お花の替わりに手紙をおきました。
すると、
ぴゅうぅぅ〜。
と風が吹いて手紙を持っていってしまいます。
「あ、手紙が!」
ヘパティカは、風に盗られた手紙を追って、お墓の近くの
森の中に入っていきます。
そして、風が止んで手紙が木の枝に引っかってしまいます。
「どうしよう。
お母さんに伝えたい事があるのに」
ヘパティカがそう呟いて、手紙を見上げます。
また、都合よく風が吹いてくれないかとも思いましたが、
都合よく風が吹くわけも無く、ヘパティカはうつむいてため
息をもらします。
すると、木の枝ばかり見上げていたので気がつきませんで
したが、地面には、うっすらと雪が積もっていて、真っ白な
雪の床からは、ゆきわり草がそこにあったのです。
ゆきわり草の葉は三角形で浅く、3裂し、愛らしい花を細
い茎の上に、そっと淡紅色の花を咲かせています。
よく見ると、花は1輪だけではなく、ところどころに咲い
ています。
「まぁ、なんてかわいらしくて、きれいなの!」
ヘパティカは、手紙の事は残念でしたが、ゆきわり草を見
れてうれしくなりました。
「お褒めに預かり恐縮です」
ゆきわり草の三角の葉っぱから、小さな妖精が現われて、
行儀よくお辞儀をします。
「あなたは誰?」
「私めは、ゆきわり草の妖精です。
こんな寒い冬の雪の下で咲いても、誰も誉めてくれない
のでございます」
「まぁ、そうなの・・・」
ヘパティカは、そういいながら、妖精なら、お母さんとあ
わせてくれるかもしれないと思いつきました。
でも、いきなり頼みごとをしても聞いてくれるかわかりま
せん。
「ねぇ、妖精さん。
妖精さんはいろいろなことをしっているんだよね?」
「もちろんでございます。
たとえば、自然の法則でございます。
すべての生物は、生命活動を終えると、土に返るものな
のでございます。
その土は、植物の栄養となり、植物は草食動物の餌にな
り、草食動物は肉食動物に食べられるのでございます。
肉食動物も、草食動物もいずれは死に、そして土に戻る
のでございます。
そうして、私たちの宿る、花は土から恵みをいただくも
のなのでございます」
「生き物は、しんじゃったらどうなるの?」
「あなたが生まれる前、あなたはどちらにいらっしゃいま
したか?」
「どこにもいないよ。だった、生まれるまえだもの」
「あなたが生まれる前に、あなたがいなかったように、
あなたが死んでしまえば、あなたはいなくなるのでござ
います。
しかし、ご安心を。
死んでしまった後、あなたはすでにいないのだから苦
しむ事はありませんゆえ」
「それはそうだけど・・・死んだあとにいくところがあ
るのじゃない?
お空のお星様になったり、神様のいる国にいて、生ま
れ変わるのをまっていたり」
「死後の世界などございません。
そもそも、あなたはどななですか? あなたの体がな
くなって、それはあなただといえるのでしょうか?」
「でも、死ぬのは恐いよ」
「それは当然でございます。
生あるものは死をおそれるものでございます。
ですから、精一杯生きるのでございます。
恐いからこそ、精一杯でございます。
精一杯でいるうちは、その恐怖はうすれるし、生き
ていることが実感できるものでございます。
恐いから考えてばかりいては、恐さが膨らむだけで
ございます。
そして、膨らみきった恐さは、いつか破裂してしま
います」
「そんなのいやだ!!!」
ヘパティカの声は森に響きました。
「それでは、恐さをしぼませるべきでございましょう」
「どうすれば、恐さはしぼむの?」
「考えるをやめて、今できることを、実際に体を動か
すことでございます。
そうすれば、自然とやるべきことがわかってくるも
のでございます。
考えるだけの人生なんて、その先は不幸しかありえ
ません。
なぜなら、自分の出来る事をしていないのに、それ
以上望んでもできるわけがないからでございます」
「でも、私に何ができるというの!
お母さんに手紙を届けることもできないのよ!」
ヘパティカの目は涙でいっぱいです。
「もう、お手紙を届けようと思っているときに届いて
いるものでございます」
そう妖精が言いますと、風がびゅうぅぅぅ〜と吹い
て、ヘパティカの手元に落ちてきました。
「私めの宿る花とこの手紙をお墓にお供えください。
そして、お母様に伝えたい事をお墓の中で思い起こ
してください。
そうすれば、お母様にきっと伝わります。
なぜなら、お母様は、あなたのお母様でございます
ゆえ」
「そうなんだ。
やっぱり、お母さんは私の中で生きているのね」
ヘパティカがそういうと、ゆきわり草が一斉に
頷くように風になびきました。
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呟き尾形 2006/2/26 掲載
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