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縦書きになるはずなのですが、どうも、こちらの環境では縦書きになりませんでした。        月軌道の下で
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         girl
 ラブホテルのバスルームの大きな鏡には裸の私が映っている。
 昨日、染めたばかりの透き通ったピンクの髪。前髪の間から覗く大きな瞳。少し上を向いて高く尖った鼻。微笑むと八重歯が見える唇。その一つ一つを確かめた後、私は横を向く。形のいい乳房。薄く生えた陰毛。透き 通る様な白い肌と、小さな躰。自分が美しいという事に私は気付いた。十四の夏のある日に…

 ピンクに染めた髪は夜の街の光を受けてネオン管の様に鮮やかに輝いている。熱気を含んだ空気が淀み、街を包んでいる夏の夜。すれ違って行く誰もが私よりくすんだ髪をしていた。
 過ぎてゆく人達がみんな振り返っているような気がして心が逸る。二時間もかけて染め上げた新しい髪を、私は誰かに見せたくてあてもなく通りを歩いていた。ショウウインドウに映る自分の姿を横目で盗み見ながら。
 街の体温は十時を過ぎても冷める気配を見せない。夜のざわめきは最高潮に達してゆく。何時もより少しだけ着飾って歩いている女の子。あてもなく、佇んでいる男の子。ほんの少しの背徳に心をくすぐられている。
 通りにいる誰もが、そんな些細なものにすがらなくてはいけないほど、退屈な日常の気配。人込みに揉まれ歩いていると、うっすらと背中が汗ばんできた。CDショップのモニター画面の中でミュージシャンはエメラルド色の髪で跳ねている。この髪に飽きたら次は緑に染めようと想った。
 べとついた躰を冷ましたくて、通りを抜け右に曲がると喧噪が突然遠くに感じられる。今日、買ったばかりの洋服と靴の詰まった紙袋がやけに重く感じ始め、私の足は無意識のうちに自分の部屋へと向かっていた。
 部屋が近づき、シャワーの事を考え始めた頃、見知らぬ男が私に声をかける。
―――ねえ。君、何処行くの?どっか遊びに行こうよ。
 そう言って私の行く手をふさぐ。誰かが私の腕を強く引き何処かへ連れ去ろうとする。突然の出来事に何が起きたのか解らず、声を出す事もできない。気がつけば、私は見知らぬ車に乗せられている。車の中で二人の男は代わる代わる頭の悪そうな台詞を吐く。
―――怖がるなよ。気持ち良いことするだけだから。
―――まさか、初めてって訳じゃないんでしょ。
―――すこし我慢してくれよ。殺そうとまでは考えてないから。
―――俺たちそんな悪い奴じゃないって。
 そして、軽薄な笑い声が車内に響く。
―――ねえ。君、年いくつ? 
―――ねえ。その紙袋、なに買ったの? 
 私は顔を背け、無言で不快を告げる。男たちの目に険しさが宿り、指輪をはめた拳を私に振り上げる。拳はみぞおちに入り、私はむせ返る。その拳の力に私の抵抗は無意味だと知る。男は髪を束ねているバンダナを外し、私の口をきつく縛る。口の中に整髪料の匂いが広がる。私は抵抗することもできず、嵐が過ぎ去る事を祈るしかない。車は乱暴にラブホテルの門をくぐった。