呟き尾形のフロイトの精神分析
第4回
さて、精神分析において、人間の食欲や性欲は、本来の意味での本能として壊れているということがいえるわけです。
ここで、フロイトは本能が壊れているからこそ、その代理のものとして、こころを生み出し、人間の社会や文明を築いているのだと考えました。
これは、動物は、本能を媒介し、生き延びるための命綱とし、自然と調和し、自然の一部としてすごしていますが、本能が壊れた人間は、どうしても自然の一部から外れる事になってしまいます。
そこで、精神分析においては、人間は生き延びるための命綱としての本能に変わるものをうみだしたのが「こころ」だと考えます。
そして、「こころ」は意識と無意識にわかれ、さらに、意識の中から自我がうまれたと精神分析は考えます。
そして、この自我こそが、人間にとって生きるための指針となり、人間は社会や文明を作り出し生きていく事になったのです。
ここで、問題なのは、自我は、動物の本能のように、存在の根拠がないということです。
これは、本能は、自然に根ざしているのですが、自我は、砂上の城のように実態のない幻のようなものだといえるのです。
そのため、人間は、「心の病」に悩まされる事になったのです。
精神分析において、心の病とは、自我の病だと言い換えることができます。
この病は、現代社会で言われるような、うつ病や精神病といった病気だけに限らず、人間はみな、こころが病んでいるということがいえます。
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