タイトルへ戻る

小鳥と鼠と騎士

 

 

 

 

 

 

 

おや? 泣いているんですか? どうしてまた。
・・・・そうですか。道徳を守らない人と出会うのは悲しいことですね。
え? くやしいからあなたも道徳を守らないですって?
こまりましたねぇ。では今日はこのお話をしましょう。

 ある街の真ん中に、人の大きさぐらいの騎乗する騎士の像がありました。騎士はまるで、お姫さまをさらう悪い魔法使いの手下の悪魔のような鎧を着ていました。
 でも、この騎士の像は、恐ろしい姿形とは裏腹に、昔は7つの美徳を持つ騎士を祭ったものだったのです。
 剣には信仰を表す十字架がはめられ、その肩には希望を表す翼を持つ小鳥がちょこんと乗せられ、胸当てには慈愛を表す炎のように真赤なルビーがはめられ、盾には堅信を表す獅子が彫られ、白馬の鞍には節制を表す2つの壺が下げられており、その手には正義を象徴する天秤と鏡がありました。
 騎士は毎日町の人々を見守っていましたが、残念なことにこの町に住む人はそれぞれ不幸を抱えていました。その為、皆が皆自分のことばかり考え、誰も騎士の像など見る者はいませんでした。
 でも、騎士にも友達がいます。
 毎朝歌を歌って騎士を起こしてくれる肩の上の小鳥と、口の悪い鼠です。 
 そして、騎士は町の人々を見て憐れむのを小鳥と鼠に聞かせるのでした。
 口の悪い鼠は、「そんだったら、あんたが奴等を助けてやればいい」と言いました。
小鳥はそれに大賛成でしたので、騎士は天秤と鏡を裁判所の屋根裏に置くように言いました。すると、今まで、お互いに自分勝手な主張を言って争っていた人達が、話し合いで一つの基準を作り始めたのです。
 騎士はあれが思慮ある正義というものだと小鳥と鼠に言いました。
 小鳥と鼠は感心してもっとたくさんの人達を救ってやろうと言いますと、騎士は自分の馬の尻を叩き、壺の中の水を雨と共に町中にふらせました。
 すると、だらしのなかった町の人達が規則正しい生活をし始めたのです。
「あれが節制というものだ」と騎士は言いました。
 小鳥はとても興奮して、「人間はみんなお互いを疑っているからかわいそうだ」と言うと、騎士は盾を町の門に投げると、悪徳商人が入れなくなり、人々は騙されることが無くなり、お互いを信じあいました。「あれが互いを堅く信じあう堅信というものだ」と言いました。
 すると鼠は、「お互いを信じあっているけど、なんだかお互いを助け合っていないな」と言うと、騎士は鼠に教会の鐘の下に胸のルビーを置いてくるよう頼み、鼠は鐘の下にルビーを置いてきました。
 すると、どうでしょう。みんなが他人に対して冷たかった町の人達がお互いに助け合い、ついには騎士を磨き始めたのです。
 町の人達は、皆が皆幸せになり、幸せであることが当たり前になったある日、強そうな騎士の肩に弱そうな小鳥は似合わないと誰かが言うと、皆が賛成して、小鳥を引き離しました。
 小鳥は泣きながら騎士と別れを告げました。小鳥は羽をむしられ、町のはずれに捨てられてしまったのです。
 鼠は昔の町の人間の方がまだましだったと言って騎士と別れを告げてしまいました。
 1人残された騎士の周りには、自分の姿形だけで敬う薄っぺらな人間だけしか残りませんでした。
 騎士はついに孤独に耐えられず、最後の徳を町の人達に与え、この町を去ることにしました。
 騎士は剣を掲げると、青空から雷が落ち、町の人に与える前に剣が壊れてしまいました。騎士は途方に暮れてすべてを失った事に気が付いたのです。
そのことに気が付いたとき、騎士はすでに見ることも話すことも聞くこともできなくなっていました。騎士はただ考えるだけで何もできません。
 すると、町のはずれに捨てられていた小鳥を引きずってやってきた鼠がいました。
「俺は、人間はただ与えるだけじゃぁ、何も分からないことが良く分かった。
人間はもう、昔の人間に戻ってしまって、あんたのことを忘れているけど、俺と小鳥はあんたのことを覚えているよ」
 鼠の言葉すら聞こえないはずの騎士は鼠の心を感じ、騎士はすべてを失っていないことに気が付き、思わず涙を流しました。

 いかがでしたか?
 鼠は人の心の醜さに立ち去りましたが、騎士の心の美しさに戻ってきました。騎士は剣を捨てませんでしたよね。信仰、つまりその人の信じるルール、道徳が友達を呼び戻したんじゃありませんかね? 道徳を守ることは心のお粧かもしれませんね。

呟き尾形 2001/5/19作

 

タイトルへ戻る