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蟻国の宰相

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 こんにちわ。どうしたんです? え? 政治のことは自分に関係ないですっ
て? そんな事はありませんよ。今日はこの話をしましょうか。

 昔々、白い時計搭のある村の遥か東にある国に、政治家を目指すプリミエー
ルという、若者がおりました。プリミエールが縁側で勉強に一息入れていると、
地を這う蟻の行列を見つけました。プリミエールは、真上にある太陽が少しだ
け傾くまで一眠りすることにしました。
「プリミエール様。私はチノーヴェニクと申します。蟻国の宰相になってくだ
さいまし。実は、蟻国は国が始まって以来の大嵐に見舞われました。そこで、
増税した上に、国土回復のために、民に強制労働をさせようと、王に進言した
のです。すると他の者が、あなた様の意見を聞くべきだというのです」
「なるほど。そういうことでしたか。それでは、国の最大の損失は民の心が荒
れること、次は国土が荒れることです。
 天災が起きてただでさえ苦しい民に負担を加えるのは下策でしょう」
「なんと、では誰が国土を回復するのでしょう?」
「民は生きるために、指示されなくとも国土を回復してゆくでしょう」
 チノーヴェニクは不満げでしたが、王はその意見に興味を持ちました。
「プリミエールよ。なぜそう思う?」王は問います。
「国を船とすれば、政府は帆であり、民は風、時代は海です」
 王はプリミエールの話を聞いてうなずきました。
「民を不幸せにして、どうして国が良くなるなどといえるだろうか?」
 王はそう言い、プリミエールの意見を採用し、国土回復は高い効果を上げた
のでした。王はその日以来、プリミエールを、宰相に抜擢したのです。
 ある日、蟻国の貴族と隣国の貴族の婚礼の儀式が行われました。
 リノーヴェニクは、つい酒を飲みすぎました。足がふらつき、転んでしまっ
たとき、訪問してきた隣国の貴族の服を汚してしまったのです。隣国の貴族は
婚礼の儀の途中、怒ってそのまま帰ってしまいました。
 王は悩みました。客人に無礼をはたらいたものは死罪という法があったから
です。王はプリミエールに相談しました。
「残念ながら、リノーヴェニクを罰するべきです。服を汚した程度で死罪とは
悪法ですが、悪法もまた、法です。王自ら法を守らねば、だれも法を守らなく
なります。リノーヴェニクは死罪にするしかないでしょう」
「王とはなんとつらい立場なのだ。だが、余は王たる前に、個人でありたい」
 王は、リノーヴェニクを罰することを取りやめました。これがきっかけで貴
族たちは法を守らなくなり、王自ら法を守らなかったことを口にしました。
「鷹がいても止まり木で眠っていれば、雀どもは騒ぎ始めます。権威を持つ者
が、力を見せ付けなければ、騒がしくなるばかりですぞ」
 見るに見かねたプリミエールは王に進言し、王は言葉に従い、まずは法を犯
したリノーヴェニクを国外追放とし、これまで、法を破ったもので反省の色が
見えない貴族たちを次々と罰していきました。
 そのおかげで、貴族たちは王の権威を改めて認めていきました。
 面白くないのは国外追放にされたリノーヴェニクです。リノーヴェニクは王
が死罪にしなかった温情を忘れて、王を逆恨みしました。
 リノーヴェニクはそのまま、隣国へ赴き、服を汚した貴族に、実は王に命じ
られてやったことだとあらぬことを告げ口したのです。
 怒ったのは隣国の貴族です。隣国の貴族は、蟻国に一気に攻め込んだのです。
 攻め込まれた蟻国の王はなすする術も無く、つかまってしまいました。
「なんということだ。なぜ、隣国はいきなり攻め込んだのだろうか?」
「王よ、それは、あなたがいけないのです」
 王の目の前にやってきたのは、国外追放されたリノーヴェニクです。
 その頃、宰相も隣国の貴族に捕まっていました。プリミエールの名は隣国に
まで響き渡り、自分の部下にして、自らの王より褒美をもらおうと考えました。
「どうだ? わしの部下にならぬか?」隣国の貴族が言いました。
「お断りします。あなたは、きっと、許可無く兵を動かしたのでしょう。あな
たは王の兵を私怨のために無断で使ったことになります。義無き勝利は一路敗
北へ向かいます。それに、いつまでもここにいてよろしいのでしょうか?」
「どういうことだ」
「蟻国の貴族は貪欲で困っておりましてね。空っぽになったお城を放って置く
訳がありません」
 隣国の貴族は顔を青くして、兵を率いて自分の城へ退却していき、リノーヴ
ェニクも慌ててついていきました。隣国の貴族は、義国の貴族の兵たちに追撃
され、散々被害をこうむった後に、隣国の王に罰せられました。
 その後、リノーヴェニクの首とともに隣国の王より謝罪の言葉と貢物が送ら
れてきました。
 その後、蟻国の王の治世は続き、平和な時が流れました。
 すると、貴族や商人達は、義国の法に触れず、私腹を肥やす方法を考えつき
ました。食料買占めを行い、食料の値段を高騰させたのです。
 蟻国の民はその日の食べ物すら買うことが難しく、せっかく買った食べ物す
ら、腐って食べられないことも多くなり、貴族や商人の食料の買占めを許す王
への不満が募っていったのです。
 宰相は私腹を肥やす、貴族や商人達の談合に対して王への進言しました。
「特権や独占は悪徳です。いくら法にふれずとも、彼らの行為は、天の道に外
れています。
 なにより、多くの民の心をつかめば、国は安泰します。しかし、民の心が離
れれば、国が滅びるのは道理。一人の民の支持は、千の兵より強いのです。
 今、決断しなければ、民の心は王から離れるばかりです」
 王は宰相の言葉を黙って聞いた後に、考え込んだ後、貴族や商人たちを罰す
ることに決定しました。
 しかし、民は暴動を起こしてしまいます。宰相は進言が遅すぎたことを悟り、
護衛の兵も率いず、一人、荒ぶる民たちの前へ出て行きました。
「蟻国の民よ。王は、王の所持する食料の一部を義国の民に分け与えることを
決断された。そして、食料の買占めを行う貴族や商人たちも、王に見習わねば
罰することも決断された。
 だが、蟻国の民よ、私は王が何をするか問うのではなく、皆が蟻国に何をす
るか問うことを願う」
 プリミエールが目を覚ましたのはその時でした。
「私は夢を見ていたのか?」
 プリミエールが呟くと、蟻の行列が途切れているのが目に入りました。

 いかがでしたか?
 国の政治は帆です。その帆は民という風がなくては、国という船は動きませ
んよね?

呟き尾形 2001/8/19 掲載

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