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余桃の仁

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 余桃の仁

 こんにちわ。おや? どうしたんです?
 ・・・
 そうですか。妹ばかり、可愛がっていたら弟がすねてしまったんですね。
 今日はこの話をしましょうか。

 昔々、白い時計搭のある村の遥か東にある国の歴史の中に、暴君と称される
皇帝がいました。
 その皇帝は、為政者としては有能でしたが、臣下には大変厳しく、ある大臣
が急ぎの公務のために皇帝の馬車を使ったために、死罪にさせるほどでした。
 そんな皇帝でしたが、身近においた小姓たちには甘いところがありました。
 中でも、お気に入りのピエールスイクという青年は妹想いで、才色兼備で、
皇帝のよき話し相手になりました。
 ある日、ピエールスイクがやってきたときに植えた桃が実をなし、それを一
口食べたところ、とてもおいしかったので、その桃を皇帝に渡しました。
 付近にいた小姓たちは、ピエールスイクの行動に恐れおののきました。
 暴君である皇帝ならば、「食いかけの桃など余に食わせるとは何事か!」と
雷のごとく怒り死罪は免れないことが目に見えていたからです。
 しかし、皇帝はピエールスイクに微笑みかけ、桃を受け取りました。
「おまえがここにきたときに初めて食べた桃の種を底に植えたのだったな」
 皇帝はそう呟き、桃を食べ、「甘い」と一言言って再びピエールスイクに微
笑みました。
「ところで、ピエールスイクよ。おまえは余が余の馬車に無断で乗った大臣を
死刑にしたのは誤っていると思うか?」
「はい。やりすぎであるはとは思います。ただ、陛下の馬車を無断で使うこと
は罪であることは間違いありません。なぜなら、いくら国のための公務といっ
ても、許可無く皇帝の持ち物を使うことは乱を呼びますゆえ」
「ほう、馬車ごときが乱を呼ぶか?」
「馬車ごときはおっしゃりまするが、皇帝の持ち物とは、すなわち、軍隊、民
衆、貨幣です。それらを勝手に使う権限を与えることは、乱を呼びます」
「叛乱、蜂起、汚職、すなわち乱か」
「死刑とは、つまらぬ罪に適用するほど効果を持ちます。だれしも、たかが馬
車に乗る程度、つまらぬ金を掠める程度で命は落としたくないからです」
「なるほど。では、本日より、余の馬車に許可なく乗ったものは死罪に値する
ものとしよう」皇帝は満足げに頷きました。
 しかし、皮肉にも、その法が早速適用されることになりました。
 ピエールスイクがその法を破ったのです。
 その夜、ピエールスイクは妹が流行病に侵されていることを知りました。
 ピエールスイクはその病を治す薬として、桃の木の葉を砂糖と煎じて作った
のですが、薬をすぐに渡したくてもピエールスイクには、馬も馬車もありませ
ん。そこで、ピエールスイクは死を覚悟して、皇帝の馬車を使い、妹の下に向
かい、薬を妹に飲ませたのです。妹は何とか病が徐々にいえていきました。
 皇帝はその事情を知り、家族を守らんとするその気持ちは法をも凌駕する。
 と言って、ピエールスイクを死刑から救いました。
 そんなある日、遠い西の異国からやってきたペルシコスという少年が寵愛さ
れはじめました。
 皇帝はペルシコスが着た途端に、それまで、一番気に入られていたピエール
スイクに冷たくなりました。
 ペルシコスは最初は謙虚で控えめな少年でしたが、皇帝の寵愛がペルシコス
を徐々に傲慢な少年に変えていきました。
 ペルシコスは、自分が皇帝の寵愛を受けていることで、周りの小姓を自分の
召使のように扱うようになり、やがて皇帝の兵士から大臣にいたるまで威張る
ようになってしまいました。
 見るに見かねたピエールスイクは、ペルシコスをいさめようと、皇帝の馬車
に乗って死罪にされた大臣の話をしたのです。
 つまり、自分がいかに皇帝の寵愛を受けようと、みのほどをわきまえない行
動は、皇帝の怒りを買うことを継げたのです。
 ペルシコスはその話を大変面白がって聞き、その日の夜に無断で皇帝の馬車
を楽しむために町じゅうを乗り回した上に、馬車を壊してしまったのです。
 ペルシコスは真っ青になりながら、裁きを受けるために、皇帝の前に突き出
されます。ペルシコスはゆっくりとピエールスイクを指差しました。
「こいつにそそのかされたのです」
「ほぅ、ピエールスイク。おまえは過去の余の寛大さを取り違えてしまったよ
うだな。ならば、おまえ自身が提案した法に乗っ取り、ペルシコスをそそのか
した罪があるな。
 おお、そういえば、前に食いかけの桃を余に食わせたことがあったな。
 あの罪も今考えれば死罪に値する。
 よって、ピエールスイク、おまえは死刑だ」
 ピエールスイクは皇帝がすっかり正義について盲目になったことを悟り、死
刑を甘受することにしました。
「どうか、私が植えた桃の木は切らずにいてください。
 そして、もし、皇帝のお子様が不治の病に侵されたとき、その木の葉を砂糖
と煎じて飲ませてください」
 それが、ピエールスイクが死刑台の上で残したの最後の一言でした。
 後日、皇帝にも息子が誕生しました。
 その息子がある程度大きくなると流行り病にかかってしまったのですが、ピ
エールスイクの遺言どおりにしたとたん、病はすっかり良くなりました。
 皇帝は、真に余のためのことを想っていたのはピエールスイクだったと嘆き
悲しみました。
 ペルシコスはそれと同時に、すっかり寵愛を失い、これまで募った罪を払わ
ざる得なくなったのです。。
 
 いかがでしたか? 人の愛憎は雲のようにいいかげんなものかもしれません
が、相手を思いやらないで後悔はしたくないものですよね。

呟き尾形 2002/1/20 掲載

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