タイトルへ戻る

夢笛

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 夢笛

 こんにちわ。おや、その手にある笛はなんですか?
 そうですか、今度、笛をはじめることにしたんですね。
 でも、上手に引けないですって? それでは今日は、この話をしましょう。

 むかしむかし、白い時計搭のある村の遥か東にある国を旅して回る笛吹きが
いました。笛吹きの名前はガルモーニカと言い、腕はそこそこなのですが、そ
れを芸として売り渡るには、今ひとつでした。そのせいか、旅をするにも何一
つ贅沢できず、食事もろくにとれずに野宿する旅を続けていました。
 そんなある日。ガルモーニカは何の変哲も無い村の酒場で仕事を終えた後、
奇妙な噂話を耳にしました。
「にいちゃん、もっと笛をうまく吹きたけりゃ、夢魔の森に住む角の生えた夢
魔に、夢を一つくれてやれば、願いをかなえてくれるって話だぜ」
 男は酒臭い息を吐き出しながらガハハとガルモーニカをからかうようにいい
ました。
 ガルモーニカは男に合わせて作り笑顔で応えましたが、笛を握る手は小刻み
にゆれていました。
 ガルモーニカは、少しばかりのお金を酒場の主人から受け取ると、自分の笛
の音のよさを理解しないこんな村から早々に立ち去ることにしました。
 村を出ると、すぐそこは、酔っ払いの男が話していた夢魔の森です。
 ガルモーニカは心の奥から湧き出る不安を、自分の笛に対する情熱と自尊心
で押さえ込み、強がってそのまま森に入っていきました。
 月に照らされた森は、静まり返っているのですが、その静けさが不気味に感
じる反面、どこか神聖な感じを受けました。
 ガルモーニカは手ごろな切り株に腰をおろし、荷物から笛を取り出し口に当
て、笛を吹きだします。笛の音にあわせて、森の草木も歌い出し、木から落ち
たはずの落ち葉まで舞い上がり踊り始めます。
 ガルモーニカはその光景に満足気味にうなずいて、周りの人のためにではな
く、自分のために笛を吹きつづけました。
 やがて月の蒼い光も沈むと、漆黒の闇が訪れます。
「あはは、楽しませてもらったよ。おいらはミチターニ。楽しませてくれたお
礼になにか夢を見せてあげるよ。とびっきりのね。
 夢だからって馬鹿にしちゃいけない。夢は現実の影だからね」
 ガルモーニカが目を凝らしてみると、そこには、角の生えた子供がガルモー
ニカの目の前に現われました。
「お、鬼!」ガルモーニカは腰を抜かしました。角の生えた子供はガルモーニ
カの様子を見てケタケタ腹を抱えて笑い始めました。
「この夢魔の笛をあげるよ。好きに使いな。その笛は君の夢を吸い取って、人
を楽しく踊らせたり、歌を歌わせたりできる。
 なに、夢なんて誰にでもみれるし、無限に沸いてくるものさ。もっとも、君
自身が夢を見ることを止めなければね。
 大丈夫、この森の風景が綺麗だと感じられるくらいなら、夢を見ることを止
めないはずだろうからね」
 ガルモーニカは信じられないと言いたげに夢魔の笛を受け取り、そのまま深
い深い眠りについたのです。
 ガルモーニカが目を覚ますと、そこには夢で見た夢魔の笛と自分の笛があり
ました。ガルモーニカは首をかしげながらも、自分の笛ではなく、夢魔の笛を
手に取り、次の町で夢魔の笛で演奏すると、ミチターニの言葉どおり、人々は
楽しそうに踊り、そして歌い始めたのです。
「いやー、よかったよ。お客も皆楽しんでいったしね。今日はうちに泊まって
明日もよろしくな」
 酒場の主人に今日の分の給料と暖かい食事、そして、部屋の金色のカギを渡
されました。ガルモーニカは自分のほっぺたをつねってみましたが、夢ではあ
りません。ガルモーニカは飛び上がって喜びました。
「ねぇ、笛吹きさん。素敵な笛の音ね。今夜、私に教えてくれない?」
 酒場にいた紅いドレスを着た女性がガルモーニカにいいました。
 ガルモーニカは迷うことなく頷き、夢魔の笛に口付けしました。
 そして、ガルモーニカは訪れる町や村では、引っ張りだこになり、夢魔の笛
を手に入れてから同じことをずっと繰り返しました。そうしているうちに、ガ
ルモーニカは何一つ贅沢のできなかった頃の自分も、夢魔の笛を手に入れたと
きのミチターニの言葉などすっかり忘れていました。
 ある日、この世の全ての楽しみを楽しみ尽くして楽しむことを忘れたといわ
れている、街の大地主、ジラーニィが、ガルモーニカの噂を聞きつけてガルモ
ーニカを呼び寄せました。
 ジラーニィの屋敷は無意味に豪華絢爛なものがかりで、きらびやかな屋敷な
のですが、反面、誰もいない寂しさを感じさせます。ガルモーニカは屋敷の使
用人たちがみんな疲れた顔をしているせいだと思いました。
 ガルモーニカは、ジラーニィを夢魔の笛の魔力で楽しませ、たくさん褒美を
もらうことばかり考えていました。
 ジラーニィはたっぷりと太っており、大きく頑丈そうな椅子もジラーニィが
息を吸うたびにきしんでいます。ジラーニィはテーブルにある水あめの入った
瓶に手を入れ手にべっとりついた水あめをそのまま口に持っていきます。
「おお、おまえがガルモーニカか。わしはここ数年。楽しむということに飽き
たのだが、何か物足りなくてな。わしのこの気持ちを満たしてほしい」
 ガルモーニカは頷き、夢魔の笛を吹き始めました。すると、疲れた顔をした
使用人たちは踊り出し、歌を歌い始めました。しかし、ジラーニィは大きなあ
くびを一つして、水あめをなめるともう一度あくびをします。
「つまらん。さっきも言ったがわしは楽しむことにあきたのだ。それでなお楽
しませる曲を吹くなど愚か者のすることだ。つまみ出せ」
 ガルモーニカはさっきまで夢魔の笛の音で踊っていた使用人たちに掴まれ、
屋敷からつまみ出されると、ガルモーニカの懐から夢魔の笛が転げ落ち、乾い
た泥の塊のように砕け散りました。
 ガルモーニカは途方にくれて、当ても無く歩き始めました。
「あ〜あ、目の前の欲ばかり見て、夢を見るのを忘れちゃったみたいだね」
 ガルモーニカに声をかけたのは、チミターニです。
「ま、前にも言ったけれど、夢は無限に見れるよ、夢を見ることを止めない限
りね。笛は壊れちゃったけれど、君の笛は今でもあの森にあるよ」
 ガルモーニカはチミターニの言葉を聞いて、夢魔の森を目指して走り始めま
した。
「そうさ、夢は無限に見れるんだ。夢を見ることを止めない限り」
 ガルモーニカの頭上には、あの時と同じ月が見守っていました。

 いかがでしたか。誰でも最初は上手に吹けないのですから、笛を吹こうと思
った気持ちを大切にして続けてみましょうね。

呟き尾形 2002/5/20 掲載

タイトルへ戻る