タイトルへ戻る

虎影射て岩貫く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
 こんにちわ。久しぶりですね。おや? これは?
 そうですか。必死になったときにできたのに、今はできなかったことがあっ
たんですね。今日はこの話をしましょうか。

 昔々、白い時計搭のある村の遥か東にある国の歴史の中に、暴君と称される
聡明でありながら、わがままな皇帝がいました。
 ある日、暴君は、虎の夢を見て、虎児が欲しくなり、虎児を捕らえよとの命
令を大臣たちにしました。大臣達は大慌てで軍隊を組んで虎狩をしましたが、
肝心の虎児は見つかりません。虎児を得るためには虎の巣穴を探さねばならず、
沢山の人が巣穴のある森に足を踏み入れただけで虎は虎児を連れて逃げてしま
います。虎に気づかれないように巣穴を探し出し、虎児を得ることのできる兵
士が必要になりました。
 そこで大臣はもっとも有能な兵士に虎児を捉える命令をしました。
 国境の砦にいるローシャチです。ローシャチにはカブイーラという妻と、チ
ーグルという息子がいました。ローシャチは確かに強い兵士でしたが、実際に
虎児を得るのはとてもとても危険なことでした。
 子供を守るために必死になった虎を打ち破ることはローシャチであってもで
きるかどうかわかりません。
 ローシャチは命令を受けてから、3日間考えました。
 そして、ローシャチは、大きな大きな太鼓を持ち出してきました。
 太鼓を思い切り叩くと雷のような大きな大きな音を出す大太鼓です。
 ローシャチは大太鼓を背負いそのまま虎の巣穴を探しにでました。
 3日後、ローシャチは大きな岩の影にある虎の巣穴を見つけました。
 ローシャチは3日、巣穴の前で母虎が狩りに出るのをまっていると、母虎
が狩りに出て行きました。
 ローシャチはそのスキに虎穴に入り、虎児を奪い取ると、そのまま一目散
に虎の巣穴から飛び出ると、母虎が入り口で待ち構えていました。
 ローシャチは虎と視線をそらさぬように、背負っていた大太鼓を取り出し、
力いっぱい大太鼓を叩きました。
 ダガドゴドッゴォォォン! 
 母虎がその音にふらふらになった隙に虎児を抱えて必死に逃げ出しました。

 ローシャチは見事に虎児を得て、暴君に献上しました。
 暴君は大変喜びして、褒美を与えようとしましたが、ローシャチはそれを辞
退し、虎児捕りに参加した兵士たちへ労いの言葉をかけることを望みました。
 暴君はこのとき、自分の気まぐれでどれだけ人が動いたのかを知ることに
なり、虎児をローシャチに返すことにしました。

 ローシャチは虎児を懐に入れて、国境の砦にもどるところで、母虎に出会
い、その口には息子のチーグルが咥えられいます。
 ローシャチは弓矢を射ますが、母虎はローシャチの矢を軽々かわします。
 ローシャチは、最後の1本の矢を射ようとしたとき、母虎は風のように巣
穴のある森林へ姿を消してしまいました。
 ローシャチは、最後の1本の矢を矢筒に戻すと、母虎を追い、巣穴の近く
に来るころには、満月の蒼い光が母虎の影を照らしていました。
 ローシャチは後ろからなにかの視線を感じましたが、ここでとどまれば、
母虎に気がつかれて、射損じるかもしれません。
 ローシャチは虎児を足元に置き、無言で頭を下げると、母虎の影に向かっ
て、息子を救いたいという必死の思いをこめて矢を射かけました。
 矢は稲妻のように蒼い光が落ちるように進みます。
 矢は母虎の頭を貫きましたが、影が倒れることはありません。ローシャチ
は、射損じたことで、息子が助けられなかったと言う無念の思いがローシャ
チの力を奪うように体中の力が抜けていきます。
 ローシャチは立っていられないと思うと天地がさかさまになったかのよう
に感じ、その場に倒れこんでしまいます。
 白い月は地面に転がるローシャチと虎児をやさしく淡く照らし、何かが横
たわるローシャチに近づいてきました。

 白い月が闇に紛れ、朝焼けの赤い光がローシャチの顔を照らしています。
 ローシャチが目を覚ますと、息子のチーグルが見守り、息子の隣には、虎
の親子がおり、ローシャチをやさしく見つめていました。
 ローシャチはもしやと思い、後ろを振り返ると、ローシャチが射た矢が大
きな岩を貫いていました。ローシャチが感じたあの視線は母虎のものであり、
あの時母虎は、背後から、ローシャチの様子をみており、その影が岩に映っ
ていたのでした。ローシャチが射貫いたのは、岩だったのです。
 全てを悟ったローシャチは大きな声で笑うと、虎の親子は虎なりに笑顔
を浮かべその場を立ち去りました。

 いかがでしたか?
 後日談ですが、ローシャチはためしに同じ岩めがけて矢を射たそうです
が、その矢は岩にはじかれたそうです。
 人の必死な気持ちは、普通では信じられない力を出させるものなのでし
ょうね。

呟き尾形 2004/1/11 掲載

タイトルへ戻る