ようこそ、隠し部屋へ。ここでは、カインの一つの物語が語られます。まだ工事中なのですけど・・・。ゆえに、手抜きです(;¬_¬)
それぞれの十字架?教育者 ノア・アベル 何の変哲もない教室は、いつもと違う授業だった。
   デジタルボードに数式を入力し、それを解答していく教師の名は、ノア・アベル。整った容姿に銀色の髪。それに加えアイスブルーの冷静な視線は多くの女子学生はおろか、女性の教員の心を射た。しかし、ノアはそんな女性に振り向く気配はない。それが女心をくすぐるのか、ノアの人気は高まるばかりだった。
   しかし、一定期間の契約教員である彼は、今日でこの学校を去ることになっていた。
  「以上で、私が教えるべき課程は消化した。
   今日で私の授業は終了となる。最後に君たちに残しておきたい言葉がある。
   今日まで我々、人類は争いを続け生存してきた。そして現在。世界を巻き込む戦争はないものの、自分勝手なイデオロギーを正当化しようとして無意味なテロ活動を続けるやからが多すぎる。
   しかし、彼らのイデオロギーの中に正しさがあることを認めるだけの視野の広さを持って欲しい。そのイデオロギーの中の真実と嘘を見分ける判断力を身に着けて欲しい。
   そして、なぜ人は争うのか、考えて欲しい。
   人間は神によって制限されるのではなく、神によって可能性を開かれたことを理解して欲しい。
   君たちに私の言葉を理解せよと言わない。しかし、いつかきっと理解できる時が来る。その時に私の言葉を思い出して欲しい。以上だ」
   言葉を締めくくると同時に終業のチャイムが鳴る。教師は毅然とした態度で教室を退出する。
  「たっく、かったりぃんだよ」
   そう呟いたのは金色の頭髪の一部を紅く染めている青年である。その頭髪は黄金色の麦畑に炎が立ち上がっているような印象を受ける。
  「イグニス! アベル先生の授業聞いてなかったでしょう!」
   ショートカットの赤毛の少女は頬を膨らませ青年にクレームを付ける。
  「あ? 何だよリムネー。最後の演説は聞いていたぜ。ちょうど目が覚めたからな。要約すれば、狡賢い大人になれって事だろ?」
  「あなたはどうしてアベル先生の話となると悪いようにしか取らないの?」
  「大嫌いだからだよ」
  「・・・・そうね。理屈でも喧嘩でも一回も勝てなかったんだもんね」
  「うるせぇ」
   イグニスは呟く。リムネーはイグニスに舌を出してその場を去る。廊下に出たリムネーは、教室の扉を閉めてから「バカ」と呟いていた。そんなリムネーを知らないイグニスは窓際で黄昏ていた。
  「なんだよ、変な奴だなぁ・・・・。
   ・・・・畜生・・・・なんでやめちまうんだよ。勝ち逃げだぞ、先生よぉ」
   イグニスは誰に言うでもなく寂しそうに呟いた。
   アベルとイグニスは教師と生徒という立場でありながら、ライバルのような関係だった。冷静沈着なアベルに対して激情家のイグニスは事あるごとにアベルに挑戦し、ことごとく負けてきた。
   母子家庭で兄弟もいないイグニスにとってまさしく父であり兄のような存在だったに違いない。
   イグニスはそのまま教室の窓から外を覗くと、高級車で出迎えられていたアベルの姿を見た。高級車の前にはこの前のテレビで見た顔の東洋人が恭しく礼をしてアベルを高級車のドアを開けた。
  「あの男、たしかモビルワーカーの会社の社長じゃねぇか。アベル先生、あんたはいったい・・・・」
  ?参謀 ロバート・チャン「・・・・と言うわけで、箱船の方も順調です」
   狐目の東洋人はアベルの秘書のように淡々と報告する。彼の名前はロバート・チャン。闇のような漆黒の髪が印象深い。
   彼は表向きはモビルワーカーの製造会社の社長をしているが、実は秘密結社、バベルのNO2である。
  「そうか。それと、学園から潜在能力のある者にバベルの存在をほのめかしておいた。これがそのリストだ。後は頼む。
   ところで、ソネットは?」とノア。
  「貴方様の最愛の女性です。手荒な真似はさせませんよ。
   それと、悪い知らせです。イノセントが逃げ出しました。予想以上にイノセントの成長速度が速かったもので・・・・」
  「君の言い訳が聞けると思わなかったな。ロバート。
   となると、連邦軍の動きが気になるな」
  「はい。すでにユダに指示しております。それと、最新の連邦軍のリストに気になる名前が・・・・カイン・アベル中尉と言う名前がありました」
  「・・・・弟が連邦軍にいるとは知らなかったな。しかし、奴は選ばれなかったのだ」
   ロバートは「御意」と一言言って、次の報告に移る。
  「ユダの報告によると連邦軍の"0C7"の対象にバベルも含まれたようです。 所詮、我々のような選ばれた人間は、選ばれない人間にとって妬みの対象でしかないと言うことでしょう。すでに予測できた事だし"0C7"は言ってみれば我々に対する合法的なテロル以外何物でもありません。準備もほぼ完了してます」 ノアは少々思案した後に「時が来たのだな」と呟くと、ロバートは邪笑を浮かべながら頷く。
  「では、ユダに指令を出しますか」ノアに確認するロバート。
  「気は進まないが仕方あるまい。ゼーレシステムは完成したのか?」
  「ユダの報告によれば、9割がたは完成です。さすがはオーガスタ研究所の技術力と言うべきでしょう」
   "0C7"、ゼーレシステム、ユダ、といくつかの暗号のような単語を含みながら2人の会話は続く。?脱走者 イノセント 少年はここがどこかも分からずにただ歩いていた。自分の名前すら思い出せない少年は、立ち止まろうと進もうと全く同じ事だったのだ。
  「僕は、僕は一体誰なんだ?」少年は何度その問いを自分にしたのだろうか?
  「おにいたん、おにいたん、どったの?」
   あどけない声に少年が振り向くと声から想像できる可愛らしい少女がいた。
  「アストライア。やめなさい、めいわくでしょう
   あ、すいません」
   女性は、自分の娘を叱ってから少年に娘の非を謝罪する。
  「え、いえ、いいんです。ぼくなんか、ぼくなんか」
  「どうかしたのかしら? 何か悩み事でも抱えて今にも自殺しそうな顔ね。もし良ければ、おばさんに話してみない?」
   女性はおばさんと言うところをお姉さんと言いたかったが、子連れでお姉さんと言うには何とも滑稽であることから、あえておばさんと言ったのだが、何となく顔がひきつっている。
  「あ、で、でも」
  「私の名前はデメテル。この近くに私達の家があるの。主人は今日は帰ってこないだろうし、明日はこの子の誕生日なの。
   どう? もし行く宛がないのなら、今日泊まって、明日にでも一緒に私達と祝ってくれないかしら。
   ほら、行くぞ少年」
   戸惑う少年を強引にデメテルは少年を連れていった。デメテルとアストライア、そして少年は家に着く。家の前のポストにはこう書いてあった。
  "カイン・アベル、デメテル、アストライア"と・・・・。?指揮官 レイラ・ソロ「カイン・アベル中尉以下、ブレード小隊入ります」
   カインは2人の部下を引き連れ自分たちを呼びだした少佐の部屋に入る。そこには短い金色の髪の若い女性がいた。容姿が整っていて、妙に軍服が似合っている彼女は、キャリアウーマン特有の近寄りがたい雰囲気を例外無く醸し出していた。
  「ごくろう。今回の任務の指揮を担当するレイラ・ソロ少佐だ。以後よろしく」
   レイラは意味ありげにカインに目配せした後、他の2人に敬礼をした。
  「カイン・・・・」カインが言いかけると少佐はそれを止めた。
  「自己紹介はいい。資料に目を通してある。さっそくだが、任務について説明する。
   今回の任務はオペレーション"0C7"の一環である。アベル中尉以下ブレード小隊は目標が発見され次第それを撃墜することにある」「なっ」
   アベル中尉の抗議はソロ少佐の眼光により却下されることは明らかだった。
  「なお、貴官らのMSは、駐留部隊の予備MS(モビルスーツ)のGMV(ジムV)がある。原則としてそれを使用すること。 しかし、今回の任務では目標が特殊であるため、明日にオーガスタ研究所より新型MSが補充される。MSは非公式であるためコードネームで呼ばれるのでそのつもりで。私が開発担当したMSだその性能は保証する。以上だ」
  「了解」中尉の敬礼に部下の2人も続く。
   カイン達は部屋から出ると、部下は一斉に抗議する。それを制するカイン。
  「分かっている。だが、悪名高き"0C7"の一環だ。現在、非公式ではあるが最優先の作戦であることは貴官らも承知しているだろう」 カインの言葉で彼らは口を閉じざる得なかった。しかし、部下達はカインの感情を抑えた口調は、彼ら以上に抗議したかったの本人であることを感じていた。
   オペレーション"0C7"、旧世紀、まだ、世界が西暦を使用していた頃の有力コンピュータメーカーのホストコンピュータのリターンコード名である。 意味はデータ例外、つまり、コンピュータで処理出来ないデータが使用された事を意味する。コンピュータと言うものはそのようなデータが入力されると、それ以降の処理を行わず、処理を停止する。それ以降の処理は保証できないと言うわけである。
   何とも無責任な話である。出来ない仕事が回ってくれば出来ないと言ってのける無能な部下を持った気分だと当時の技術者は思ったに違いない。
   何はともあれ、そのことから、現在の社会にそぐわない例外的な人間、つまりニュータイプを排除しようとする意味をかけてこの作戦名が付けられた。
   現代における魔女狩りである。
   カインは気を取り直して胸ポケットにある手帳を取り出し、几帳面にスケジュールチェックするふりをしつつ最愛の家族の写真を見ていた。
   無言で妻と娘に謝るかのように・・・・。
  ?アンドロイド ソネット ソネットは闇の中でただじっとしていた。闇の中でも僅かな光で、銀色の髪が輝いている。長い銀色の髪に隠れたその顔は無表情で感情の欠片すら見えない。
   そんなソネットは葛藤していた。
   自分の中にある二つの自我が激しくこの闇から脱出することを主張している。しかし、その主張はあまりにも非論理的であることからいとも簡単に押さえられていた。
   それでも彼らは叫び続けた。一つの自我は愛する人のために、もう一つの自我は復讐のために。
   ソネットはその自我を自我として自覚すること自体が非論理的であると判断したのだが、それ以上に自我が存在しているという事実を否定するという非論理的な判定は出来ずにいた。
   そこでソネットはそれが矛盾であると断定し、そのことについては判定しないことに決定した。そのような判断よりももっとすべき判断は山のようにあるのだから。
   不意に扉は開かれ、人工的な光が漆黒の影を照らす。光に反応したソネットは光の奥にあるものをセンサーのデータより判定した。
   ロバート・チャン。この男の命令はノア・アベルの次に優先されるものだ。
   しかし、憎しみの自我がこの男を殺すようにソネットに命令する。すると、ソネットの体がすばやく動き出し、ロバートの胸を手刀が貫くはずだった。しかし、ロバートはソネットの手刀を紙一重でかわしていた。
  「う〜ん、あまりお仕置きは好きではありませんが、しつけは大事です」
   ロバートはポケットの中のリモコンを取り出してボタンを押した。すると、ソネットが長い髪をむしるように頭をかかえて苦しみ出す。
  「ソネット、あなたの体には痛覚がありませんが、痛覚を司る脳のある部分に特定の電流を流すことが出来るのです。それは私にはとても想像できない痛覚だと思うのですがどうです? またあのような事をすればもっとレベルを上げてお仕置きするので覚悟しておきなさい」
   もがき苦しむソネットをあざ笑うかのように言ってのけるロバートの笑みはサディスティックで悪魔的でだった。
   ようやく苦痛の鎖から解き放たれたソネットは両手をつき、あえいでいる。そして、ソネットは横目でロバートに怒りと憎しみの視線を投げかけた。
  「憎しみはとても大事な感情です。ゆっくりと時間をかけて育てて下さい。わかりましたね」
   ロバートの言葉にソネットは弱々しく頷く。ロバートは細い目を更に細めて「ご褒美です」と呟くとリモコンのボタンを押す。すると、ソネットはそのまま力無く座り込み、目はうつろになる。そしてソネットの呼吸が乱れ、その口からは声とも吐息ともつかないようなあえぎ声が小刻みに漏れていた。
   ソネットを満足げに眺めるロバート。
   そして、ロバートは写真をソネットの前に投る。
  「次の仕事です。その少年を殺しなさい」
   その写真には無垢な少年、イノセントの顔が写っていた。
  ?軍人 カイン・アベル 次の日の朝、部下のパイロット2人の姿が見えない。連絡を取ろうとしたが、取れないままなのである。カインは食堂でブレックファーストを取りながら無断外出したであろう部下をどのように叱ろうかと考えていた。
  「アベル中尉」
   聞き覚えのある落ちついた女性の声にカインは目を向ける。ソロ少佐である。少佐は昨日の厳しい表情とは正反対に優しくカインを見つめる。
  「ブレックファーストがすんだら私の部屋まで来てくらないかしら?」
   そう耳元で囁くように言ったソロ少佐の声は何処となく妖艶である。
  「分かりました。しかし、任務の件であれば・・・・」
  「これは、命令よ」
  「・・・・分かりました。越権行為でないことを祈ります」
   カインはそう言うと残ったブレックファーストを捨てて食堂を去った。
   
  「カイン・アベル中尉、入ります」
  「ようこそ。カイン」
   カインを待っていたのは、胸元をやけにひらいたワイン色のドレスを着ている女性、レイラだった。カインは眼鏡に手をかけて言う。
  「これはあきらかに越権行為です。任務上の命令以外は従う義務はありませんが」
  「相変わらずね。カイン。貴方のそんなところが好きよ。なぜデメテルなんかに取られたのかしら」
  「簡単です。貴方は私を思い通りに従わせることのみに執着したからです」
  「言いにくいことをはっきり言うわね。でもこれは貴方の任務の一つなのよ」
  「言いたいことが良く分かりませんが?」
  「なぜ、貴方の部下がいないか推測できて?」
  「まさか!」
  「そうよ。あの2人は私の誘惑に負けてしまったの。元気な坊や達だったわ」
  「あなたは娼婦より劣る」
  「あら? それは差別じゃなくて?」
  「・・・・それでは、なぜこれが任務なのか教えていただきたい」
  「隊長の貴方には話しておくべきね。補充されるMSはニュータイプ専用機なの」
  「インコム付きMSと言うことでしょうか?」
  「そんなところね。でも今度補充される3体はそれだけじゃないの。とりあえず、これに目を通してもらえるかしら」
   ソロ少佐はMSに関する資料とマニュアルをカインに渡した。
   その内容には、人の脳波を受信することによって操作されるゼーレシステムについて書いてあった。
   それを実現することの出来るMSとしてポイニクス、ギガース、モノケロース、3体のデータが載っていた。
   予定では、失格されたとする2人のパイロット候補がポイニクス、モノケロースに乗り、ギガースにカインが乗る予定であった。
   ともあれ、MSを使いこなすためには、MSを操縦する感性は当然ながら、常に冷静に状況判断できる思考。ゼーレシステムのエネルギーとなるべき、強い感情をもち、イレギュラーケースに対応できる直観力を供えていなければならなかった。また、資料のトップシークレットの項にゼーレシステムの中枢に胎児の脳細胞が培養されていることが記してあった。詳しいシステムについてはブラックボックス化されていたが、脳細胞が脳波による受信を効率化させているであろう事は予測できた。
   カインはこの資料を見ていること事態が不快であった。目の前の資料はまさしく重要機密事項が記してある資料なのだ。
  「正気の沙汰ではありませんね」
   カインはマニュアルの内容を頭に叩き込みつつ溜息混じりに言う。レイラは「そうね」
   と言いながら、カインの首に手を回し、涙ぐんだ目でカインを見つめた。
  「一度だけで良いの」
  「私は男である前に軍人です。貴方が今しようとしていることは軍紀を乱します」
  「そんなの関係ないわ。私は・・・・」
  「貴方には失望しました」
   カインのその一言にレイラは崩れるように倒れ込み、そのまますすり泣き始めた。カインはそのまま無言でその場を立ち去った。
  「まって! 貴方は軍人である前に1人の父親であることを忘れてはいけないわ」
  「どういう意味ですか?」
  「あなたの家族は彼らをおびき寄せるおとりを保護したのよ」
   正面のモニターが光出し、見覚えのある家があった。カインはソロ少佐へ視線で抗議したが、ソロ少佐は肩をすくめる。
   カインは眼鏡を床にたたきつけ、レイラを睨み付ける。レイラは一瞬ひるみ、カインの怒りの激しさを感じとる。レイラにとってカインが自分にどのようなものであれ感情を抱くのは嬉しいことだった。
   一見、常人には理解できない愛の形だが、それほどレイラはカインを愛していた。愛されることがないのなら、いっそ心の底から憎まれたい。そんな願いが今叶ったのだ。
   だが、その願いを掴み続けるには、彼女は冷徹な女の仮面を被り続けなければならなかった。
  「目標を誘い出すためにエサをまいたの。あなたの家族がそのエサを保護したのは計算外だったけど、逆に居場所が一定して、バベルのやからも食らいつきやすく成るんじゃないかしら」氷の微笑をうかべながらレイラは言ってのける。
  「少佐! あなたは!」
   カインがレイラの襟首を掴もうとしたとき、警報が鳴り響く。
  「北東より、未確認MS群発見、MSパイロット、及び戦闘要員は戦闘態勢につきつつ次の指示を待て」
   カインはもう一度レイラを睨み付けると少佐の部屋から出ていった。
   残されたレイラは椅子に座り、長い髪のがその顔を覆い、その隙間から一筋の涙が頬をなぞった。
  ?乙女 リムネー「おい! イグニス。なにおちこんでんだ!」
   リムネーの右ストレートがイグニスの頬に決まる。
  「この野郎! 何しやがる! リム・・・・どうした?」
   いつも元気な女の子を演じるリムネーは涙目でイグニスを見つめる。そしてうつむきながら聞き取れない暗い小さな声で「いつもそう」と呟いた。
  「どうした、リム? お前らしく無いぞ、おい!」
   イグニスはいつもと違うリムネーにやっと気が付いて肩をつかむ。小さなリムネーはイグニスの力で今にも壊れてしまいそうだった。
  「いつもそう。あなたはアベル先生が来てから私なんかに振り向いてくれない。もう、辛くてたまらないの、わかる? 私のつらさが」
  「な、なにいってるんだ、リム」
  「さわらないで! やっと、やっとアベル先生が学校からいなくなって私だけを見てくれると思ったら、どう? あなたはいなくなった先生のことばかり考えている。私のことなんか少しも見てくれない。もう、私・・・・」
   リムネーの感情の爆発はイグニスの心に直接伝わった。
   ただ、いつものように接していただけなのに、リムが目の前にいること自体が当たり前になりすぎ、自分の感じてくれることを理解してくれると信じてやまなかった青年は、リムは無理をして自分に合わせてきただけであることを理解した。
   だが、それが理解できたときは手遅れだった。
   すると、彼女の周りに突風が吹き上げる。
  「すばらしい! さすが血は争えませんね」
   イグニスは背後から聞いたことのない声に振り向く。振り向くとノアを迎えに来ていた東洋人がいた。ロバート・チャンである。
  「なんだてめぇ」イグニスは東洋人の襟首を掴む。
  「邪魔だ」ロバートは野良猫でも見るような目で青年を見ると、青年の腹部に膝蹴りをいれる。
  「っく、は・・・・」イグニスはそのまま崩れ落ちる。
  「この娘は、預かっていきますよ。安心して下さい。両親の了承は得ていますからね。さぁ、リムネー。あなたはしかるべきバベルで教育を受けるべきです」
   手をさしのべる東洋人を拒絶するかのように、リムネーの背後から吹く風は強くなる。
  「聞き分けのない娘ですね」
   ロバートはイグニスの目の前から消えたと思うと、リムネーの背後に回り込んでいた。そして背中に手を当てる。するとリムネーはそのまま気を失った。
   一部始終を見ていたイグニスだが、体が言う事を聞かない。絶望感と屈辱感がイグニスを支配する。イグニスの視界はそのまま暗くなった。
  ?紳士 ペリクレス ところ変わってここは、アベル家。
   アベル家の前にやたら大きな高級車が止まる。旧世紀のデザインでかなりクラシックな感じのする可燃燃料で動く自動車から1人の紳士が降りる。
   紳士の名はペリクレス。デメテルの実の兄にして、カインの義理の兄。どことなく人を見下したような視線は彼のエリート意識から現れるものであろう。確かに彼の経歴はエリートのそれであり、彼の自信の根拠はまさしくそこにある。
   ペリクレスは玄関の扉を軽くノックすると、デメテルが顔を出す。
  「ああ、兄さん、アストライアの誕生日を覚えていてくれたの?」
  「当然だろ。カインはどうした?」
   ペリクレスの言葉にデメテルは寂しげに首を振った。ペリクレスは肩をすくめつつ、義理の弟に対して皮肉の一つでも言ってやろうと思ったが、妹と姪の前で言うのは控えることにした。リビングルームまで案内されると、ペリクレスの視界に見たことのない少年が入る。
  「ほう、アストライアはもう白馬の王子様を見つけたのかな?」
  「え? あ、あの僕・・・・」戸惑う少年。
  「冗談だよ。デメテル。紹介してくれないかな?」
  「ええ、兄さん。彼はイノセント。そしてこの子は記憶を失っているらしいの」
   妹の言葉に驚かされたペリクレスは詳細をデメテルからきかせれた。
   少年が気が付いたときには、道端をさまよっていて、アストライアに声を掛けられたらしい。昔のことを思い出そうとして思いつく言葉はイノセントと言う言葉だけで、それが少年の名前になった。
   そして、話している内に気が付いたのだが、イノセントのたどたどしい言葉を会話するのだが、言葉以上に少年の意志が理解でいた、そして少年はテレパシーでコミュニケーションを取っていることが分かった。
   イノセントはあまりにも当たり前にテレパシーで、コミュニケーションを取っていたため、しばらくの間気が付かなかったのだ。
  「信じられんな。だが、デメテル。お前が言うのだから本当なのだろう」
   昔から、ペリクレスは非科学的な他人の言葉に対して懐疑的で、自分が見て体験しないことすら非科学的であれば、信じようとはしなかったが、デメテルの言葉だけは一言で信じていた。ペリクレスは妹が自分に嘘を付かないと確信していたし、事実そうだったからだ。
   すると、イノセントが頭を抱えてくるし見始める。そして、譫言のように「バベル」とつぶやき始める。
  「ああ、おとーさんがはなしかけてくる」
   幼いアストライアが窓の外を見ながら言うと、眼鏡をかけていない、どこかの国の高級官僚のような正装を着こなしたカイン・アベルが空に大きくホログラフィーで写し出されていた。
   少なくとも、デメテル、アストライア、ペリクレスには空に浮かぶ男がカインであることを確信していた。
  ?演説者 ノア・アベル 3人がカインと確信した人物は、カインではなく、彼の兄、ノアであった。
  「私は、バベルの総統ノア・アベル。
   我々バベルは、光の声に未だ耳を傾けぬ人達に、光の声を伝えるべく活動している。光の声を聞いたことのある者、あるいは光の声を聞きたいと希望する者は、ノアタワーに集っていただきたい。
   すべての人間が平等な権利を与えられているはずなのに、光の声の聞こえぬ者がいる。しかし嫉妬してはいけない。今まで聞こえなかった者も、我々、バベルに所属すればその方法を伝えることが出来る。
   その能力の差はあるが、神はすべての者に光の声を聞く能力を与えている。
   信じる信じないの判断は私の声を聞く人々に任せよう。
   そして、これより1時間後、戦火の津波が押し寄せる。あなた方が我々の差し出すノアの箱船に乗るか、拒否して他の地に逃れるかは自由だ。
   脅迫だと主張する人々もいると思うが、そこまでしなければならない理由がある。我々バベルは、光の声を聞く者と言うだけの理由で不当な弾圧をうけている。これは、光の声を聞く能力が少ない者の嫉妬であり、光の声を聞こうとする努力を怠った結果である。
   我々はバベルは不当な弾圧に断固抵抗する」
   演説者の言葉を証明するかのように、連邦軍の基地よりGMVを乗せたドダイ改が次々と発進していた。? パイロット カイン・アベル カイン・アベル率いるGMV部隊はドダイ改に乗り、移動中だった。未確認MS群はバベルのMSであることが確認された。(っく、これは紛れもないテロ活動だ。兄さん。あのホログラフィーに写っている兄さんが私の知っているノア兄さんであるはずがない)
   そして、カインは10代の頃の兄との最後の会話を思い出す。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  『カイン、人はなぜ争うと思う?』
  『考えたことも無いな。突然どうしたんだい? 兄さん』
   カインは考えなしに兄の問いに答える。
  『私はね。皆が光の声を聞こうとしないからだと思うんだ』
   カインは寂しげに笑う兄を見たとき、兄の問いに真剣に考えてみた。
  『兄さん、それは違うと思う。人はそれぞれ勝手にルールを創り出しているから、そのルールをみんな同じにしてしまえばいいじゃないかな?』
  『やはり、お前には光の声が聞こえないんだね』
   それが、兄との最後の会話だった。そのときの兄の表情を見ていると、まるで自分が兄を裏切ったかのように思えた。
  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
   カインを回想から現実に呼び戻したのは部下からの通信だった。
  「隊長。敵機の数が確認できました。そ、その数12!」
   数の報告をしたパイロットの声にはおびえが含まれていた。こちら側のMSの数はブレード小隊を含み2小隊、戦力では圧倒的に劣るのである。
  「大丈夫だ。情報に寄ればバベルは高性能なMSは所有は考えられない。それに今回のような戦闘経験のある者がパイロットいる可能性は皆無だ。
   所詮、烏合の衆だ。見た目の数に騙されるな」
   カインの言葉には説得力があり、部下および、残りの小隊の不安をかき消した。
   しかし、敵にこれだけの戦力があったことがすでに連邦軍の予想をはるかに上回っているというと、予想外の事が他に起こってもおかしくはないと言う事は伏せていた。
  「た、隊長! オーガスタ研究所より緊急通信です。
   新型MSが、何者かによって奪われたそうです」
   カインの懸念事項はまさしく予想外な結果から始まった。
  ?野心家 ロバート・チャン「クックックック。すばらしい。これがゼーレシステムか」
   ロバートはMSのシュミレーションルームのような部屋で、無数の線でつながれたヘルメットを被り、オーガスタ研究所より輸送中のMSを操っていた。
   ゼーレシステムとは、人間の脳波を受信し、手足の如く動かすことにある。しかし、それだけであればインコムなどのシステムと全く変わりがないのだが、圧倒的な違いがある。それは思念によって操られるいわいる、ニュータイプ兵器は、一つ一つの単体に思念を送り自由に操るのだが、ゼーレシステムではいくつかのMS小隊の中から機体を選択し、その機体をリーダー機とし、リーダー機がパイロットの脳波を受信すると、残りの無人機にリーダー機が他の無人機に指示を出し、パイロットのイメージする戦いが展開される。パイロットは、常にリーダー機に指示を出す必要が無いし、あたかもパイロットが、リーダー機を操縦しているかのように操作することも可能である。
   しかし、ゼーレシステムの特記すべき特徴は、一つの目的を与え、無人機小隊はその目的を実行するために、判断し、行動するのだ。
   これは予測できうるケースについて行動パターンをプログラミングされていなければその機能は発揮さない。つまり、一つのケースに対して、一つのロジックが無ければいけない。それは考えられるケースの数だけプログラムを創り出さなければならない。そして、もしそれらのケースに当てはまらないイレギュラーケースが発生した場合、何もできなくなる。
   そういった旧世紀以来のコンピュータの逐次制御のシステムであれば当然上記のような結果に終わってしまうのだが、並列処理が可能となった現在のコンピュータにカオス理論を元に開発されたシステムであれば、その問題を解消できる。
   しかし、科学はカオス理論の確立により、既存の科学で不可能とされたものの殆どが可能とされる。
   既存の科学は、パンドラの箱を開けてでもすべてを解明し、ホワイトボックス化し、理論化しなければなからかったのだが、カオスはパンドラの箱を開けることなく、ブラックボックスの事実を容認し、一定の入力パラメータが入力されることにより一定の出力結果が予測できることを利用し、解明できない部分はそれで良し。とする事で、技術を確立させた。
   つまり、パイロットが描くフォーメーションを現実化させるための手順を無人機にあたえるのではなく、そのフォーメーションを実行しろと言う目的を与えるだけでフォーメーションを可能にするのである。
   それが、ゼーレシステムである。
   このシステムは、まだ開発段階で実用レベルまで至っていない。このゼーレシステムのパイロットは今まさに実験台となっているのである。
   そのような事実を理解できないロバートではなかったが、この作戦の完全な成功により、センセーショナルなニュースは地球はおろか各コロニーの隅々まで行き渡る。それによってバベルの宣伝になる。
   そして、ゼーレシステムが確立さえすれば、パイロットは戦場に赴くことなく戦闘が可能になり、熟練されたパイロットを失うことが少なくなる。MSの生産ラインがそのまま戦力につながるのだ。
   バベルの結成目的は、個人レベルの野心はさておいて、あくまでニュータイプ至上主義であり、全人類をニュータイプにしてしまうことが究極的な目的である。利潤追求でもなければ、領土の維持でもない。言ってしまえば、バベルの主張に共感できる人間がコミュニケーション可能である限りバベルは存在し続ける。戦争に負けてもその思想さえ残ればバベルに敗北はない。
   ロバートはこの派手な宣伝を初めの一手としては悪くない手だと判断したのだ。
  ?少女 アストライア「おかあさん!お父さんの言っている場所に行こうよ!」
   アストライアは母の手を引っ張った。デメテルは娘の行動に戸惑っていたが、イノセントはアストライアの言葉に賛成のようだ。困り果てたデメテルは兄の顔を見る。
  「行こう」ペリクレスは外に出て車のエンジンをかける。
   デメテルは混乱しつつ、皆の意見に従うことが正しいような気がした。
   デメテルとアストライア、そしてイノセントが外に出たとき、ペリクレスの乗る車に稲妻が落ちる。ペリクレスは車が爆発する前に離れることが出来たが、無傷ではないことはデメテルの目から見ても明らかだった。
   次に稲妻はデメテルを襲う。デメテルがアストライアをかばうように自分が盾になると、音のない時間が続く。
  「おかあさん! お兄ちゃんの背中に羽が生えてるよ!」
   アストライアの叫び声でデメテルはおそるおそる目を開ける。
   そこには、天使のような光の翼を持ったイノセントがいた。イノセントが稲妻からデメテルとアストライアを守ったのだ。
   そして、イノセントと向かい合うのは銀色の髪を持つソネットだった。ソネットの体から時折、青白い光がバチバチと飛び散る。
  「目標確認。これより作戦を実行する」
   無機的な声が痛々しい。ソネットは手のひらに電気をチャージしつつ次の稲妻を撃つ準備をしている。
  「だぁめぇぇぇぇぇぇ」
   アストライアの叫びはソネットに入力された作戦をキャンセルさせた。
  ?ユダ レイラ・ソロ「は、話が違うじゃありませんか! ゼーレシステムをあんな風に利用するなんて」
   レイラは演説を終えたノアの実体に抗議する。
  「仕方あるまい。ユダ」
   ノアはレイラの瞳を見つめるとそのまま唇を重ねる。レイラは何の抵抗もできずノアのキスを受け入れる。しかし、ノアの心はここにないことは分かり切っている。そして、自分の心も目の前の男にではなく、ノアの弟、カインにあることも自覚していた。
   2人はお互いに、本当に求める異性ではないのは分かり合っている。それでもお互いを求め続けるのは単なる大人のずるさなのだろうか? それとも弱さか?
   決して手に入らない、本当に求める異性の代わり。それが2人の関係でそれ以上でもそれ以下でもない。だからといって2人の間に世間で言われる愛がないのかと言えばそうではない。
   2人は心から愛し合い求め合っていた。決して偽りではない本当の気持ち。ただお互いに一番求めている異性ではなかっただけの話である。
   レイラはノアの心に写るソネットの姿を見る。
   そして、ただ、空虚な時間が流れる。
  ?ニュータイプ ロバート・チャン(ほぅ、この街にまだこのような能力をもつ子供がいようとは・・・・
   ソネット、目の前の子供を連れ去れ。それと、近くの紳士達を連れてこい。あれは今死なれては困る奴かもしれんし、他の奴等も利用できるだろう)
  「アラームメッセージ 連邦軍、ブレード小隊と接触」
   無機的なメッセージが部屋の中に響く。
  「おもしろい。総統の弟がポーンかナイトかお手並みは意見と行こうか・・・・
   フォーメーションA、雑魚はほっておけ、目標は隊長機!」
   ロバートの指示が響くと、灰色の壁は自分のコントロールするギガースのいる風景が写し出され、あたかも、ギガースに乗っているかのようになる。
  「アラームメッセージ ノアタワー付近、および、ブロック7ポイント7より強力な脳波確認。ポイニクス、モノケロースに指示に誤差あり。入力パラメータ90%受信確認、残り10%は未確認パラメータ受信したようですが、入力パラメータでよろしいですか?」
  「なに!? ブロック7ポイント7はソネットのいる当たりか、娘かイノセントの脳波が紛れ込んだか・・・・
   ん? イノセントの意識が消えたな。ソネットが気絶させたと言うわけだな。
   それとノアタワー付近とは・・・・、脳波増幅機能がかえって仇となったかだが、10%であればかまわんだろう。
   もし、再度パラメータを入力するとレスポンスに誤差は?」
  「一度入力されたパラメータをキャンセルするため、1分の行動停止されます」
  「っく、ブレード小隊はもう目の前だ。かまわん、入力パラメータに変更無し。実行しろ」
  ?隊長 カイン・アベル「た、隊長! 新型MS確認。コードネーム、BITシステム搭載のポイニクス、可変タイプのモノケロース、そして重装タイプのギガースです」
   部下の報告にカインは緊張する。データ上ではGMVではかなわない。理論上の性能では、負けは確実ではあるが、勝算はある。 目の前の敵はまだテスト段階のシステムで実用レベルではないと言うことだ。なにより、パイロットの熟練度の違いが勝敗を分けると自分に言い聞かせていた。
  「た、隊長。ポイニクスよりエネルギー反応あり、メ、メガランチャーです」
   部下の報告にカインはフォーメーションを崩し散開するよう指示した後、巨大な光の弾丸をかわす。しかし、メガランチャーの衝撃によりバランスを崩し、カインの乗るGMVはドダイから振り落とされる。「た、隊長ー」
   すると、モノケロースが飛行形態に変形した。モノケロースは飛行形態に変形してもその腕が残されている。モノケロースはギガースをつかみカイン機を追撃する。
   一方、カインはバランスを取りつつ、バックパックのバーニアで落下速度をゆるめつつ不時着する。落下速度がゆるめられたとはいえ、かなりの衝撃である。GMVの足の関節部分の故障のメッセージが痛々しい。(っく、これじゃ、砲台だな)
   カインが苦笑していると、レーダーが敵機の襲撃を知らせる。ブレード小隊の2機のGMVはカインの援護をしようとしているが、ポイニクスが彼らの射界をすばやく封じている。 カインはその状況を見てゼーレシステムの完成度の高さに感心していた。
  (なるほど、しかし、ゼーレシステムの弱点はこれで分かった!)
   白い機体が急速接近する。不思議と攻撃は無かったが、次の瞬間その理由が分かった。モノケロースはギガースの輸送が目的であり、ギガースは自分に体当たりするのが目的なのである。
   ギガースは肩のスパイクを構えながら突撃の機会をうかがっている。モノケロースによって加速されたギガースの機体自体が弾丸となりカインを襲う。
   カインはかわすことなくギガースの体を受けとめる。いや、足の間接部がいかれたGMVでこの攻撃を回避するより受け身をとった方が賢明だったのかも知れない。そして、なにより、カインには策があった。 GMVはギガースの機体を受けとめると、ギガースと共に吹き飛ぶ。そして、GMVは力無く倒れ込む。と、同時にギガースの動きは止まる。すかさずカインはコクピットのハッチを開けるとギガースに飛び乗る。(マニュアルが正しければ、確かこの当たりにギガースのハッチがあるはずだ)
   すでにマニュアルは頭に叩き込んであるカインは、そのままギガースのコクピットに乗り込む。無人のコクピットは薄暗く計器が点滅しつつ不気味に光る。
  「何者だ貴様は!」無人のコクピットからロバートの声が響く。
  「カイン・アベル中尉だ。テロリスト。どこでゼーレシステムについて知ったかは知らないが、残念ながらゼーレシステムはまだ未完成だ」
  「な、なぜだ? ゼーレシステムは完璧だ」
  「ゼーレシステムはあまりにも簡単に目的が読めるし、目的達成後、次の指示までのレスポンスに時間がかかりすぎだ。
   だから、目的をおとりにして目的を達成させてしまえば・・・・」
  「さすがノア様の弟だ。光の声を聞かなくても・・・・」声はカインの台詞を遮る。
  「そんなものは関係ないだろう! 人間は培った経験を元に全力で生きている。確かに人間の能力に差はあるかも知れないが、それでもみんな一生懸命生きている。それを身勝手に創り出された基準に達していないからと言って差別するおまえ達の主張には吐き気がする!」
  「クックックック。リアリティーのない論理ですね。あなたの主張は現実に目を背けている机上の空論ですね。自然淘汰という言葉は知っているかな、弟君」
  「劣等種族は自然淘汰されるべきだと主張したいようだが、ざんねんだな。テロリスト、おまえたちがテロを行っている限り、それは自然淘汰ではない。自然淘汰とは周りの環境に適応できないものが消えていくことを言うのだ。お前らの勝手な主張のためにあるのではない。
   言葉は違えど、おまえの主張の指すところは、旧世紀末の指導者の帝国主義となんらかわらん。
   それと、私の主張にリアリティーがないと言ったが、お前は本当の私の言っている言葉の意味を理解しているのか? 理解していれば、さっきよりましな反論が出来るはずだ」
  「っく、まぁいい。今日の所は負けだよ。弟君」
  「悪いな。テロリスト。おまえは議論に夢中になりすぎた。おまえの居場所は分かったよ。ノアタワーの地下だな」
  「っく、どこまでもこざかしい奴」ロバートはそのまま通信を切る。
  「た、隊長ご無事でしたか?」
   なんともなさけない部下の声を聞いたとき、カインはホッと胸をなで下ろした。
   目の前には動かなくなった白いモノケロースと紅いポイニクスがあった。
  ?伯父 ノア・アベル ここはノアのプライベートルーム。すでにレイラの姿はなく、ノアは孤独の時間を楽しんでいた。無粋なアラームが彼の邪魔をする。ノアは予定より早い報告に不満げに出る。
  「なんだ?」
  「は、ノア様。ゼーレシステムは失敗作でした」
   ロバートの手短な報告にノアは眉をしかめた。
  「・・・・なるほど、ではドラゴンを出せと言うのだな。人使いの荒い奴だ」
  「それはお互い様です。それより、あなたの姪と逢いたくありませんか?」
  「姪?」
  「あなたの弟君の娘です。それも磨けばどこまでも光ります」
   ロバートの言葉に「ほぅ」と呟くノア。「よし、ここに通せ」
   とノアが言うと、ノアはグラスに入ったブランデーを一気に飲み干す。
   不意に扉が開いた。
  「ソネット?」
   そこには、髪の短いサイボーグになる前の姿のソネットがいた。いや、彼女はリムネーであり、ソネットではなかった。
   リムネーの傍らには目を赤く腫らしたアストライアがいた。
   ロバートは自分の失敗で総統の機嫌を損ねたのを拗らせないためにも、ソネットの妹を行かせたのだ。
  「パパ? ちがう、パパじゃない。だれなの?」
   アストライアは警戒の色を隠そうともしなかった。ノアはそんなアストライアを見て微笑むと優しく頭をなでる。
  「おじさんは、パパとおなじ」
   と首を傾げ、しげしげとノアを見るアストライア。
  「おじさんは、パパのおにいさんだからね」とノア
  「ふうん。パパにもおにいさんがいるんだ」
   透き通った瞳で首を傾げるアストライアを見たリムネーはクスリと笑った。
  「そうそう、君はイグニスの恋人だったね」ノアはリムネーに問いかける。
  「はい。先生」
   リムネーは戸惑いつつノアの問いに答えると、自分がノアに見つめられていることに気が付き頬は真赤になる。
  (なに? どうしたの先生? 私なんかを見つめて。は、恥ずかしい)
   リムネーの心臓はノアやアストライアに聞こえるくらい高鳴る。ノアはただリムネーの瞳の奥を見透かすように見つめるばかりである。
   そしてリムネーは、ノアの魅力を認めた。そして自分がノアに好意を持ってしまったことに気が付いた。
  ?迷子 イノセント(ボクハイッタイダレダ?
   ボクハいのせんと。
   ボクハイッタイ、ナンノタメニ、ウマレテキタンダ?
   ソウダ。ボクニハ、オトウサンモ、オカアサンモイナイ。
   ボクハ、カオモシラナイ、オトコノヒトト、オンナノヒトノ、ジュセイランノハイッタシケンカンカラウマレタ)
   イノセントは牢の中でうずくまっていると、牢の扉が破られる。それと同時に警報が鳴り響く。
  「だれ?」
  「ソネット」
  「僕を助けてくれるの?」
  「わからない。とにかくお前を助け出したい。そしてお前と一緒にいたい」
  「え?突然どうしたんだい?」
  「わからないけど、お前は、私と同じで造られた人間だ。おまえなら私を理解できそうだし、私ならお前を理解できる」
   ソネットはイノセントを抱きしめる。冷たいボディーが暖かく感じる。
  「こうしていると、気持ちがいい。おまえは?」
  「僕も安心できる。なんか、懐かしいよ。こうしているのが当たり前みたいだ」
  「私もとても気持ちがいい。ロバートが私を気持ちよくしてくれるが、それとはぜんぜん違う気持ちよさだ。どうすればお前を助けられる?」
  「じゃぁ、出口まで道案内をして」
  「わかった」
   ソネットはノアタワーの出口まで案内する。エレベーターで長い間のっていると、エレベータの表示する数字がB1からF1になる、扉が開いたとき、ロバートと護衛の兵士がいた。
  「なるほど、イノセント。貴様のテレパスとしての能力をすっかり忘れていたよ。それとソネット。君にはつくづく失望したよ。
   総統には新しいおもちゃをあずけたから君は用済みだ。消えなさい」
   ロバートは猟奇的な笑みを浮かべながらいうと、ソネットはあっけなく自爆した。
  「クックックック。これだよ。このために私はソネットを造りだした。いつでも創造したものを破壊できる権利。私はまるで神になったような、この優越感。最高の娯楽だよ!」
   イノセントはその瞬間、修羅となった。
  ?出撃 モノケロース「ん? 何だこのメーターは?」
   ふつうのMSにはない計器を見て、カインはマニュアルを引く。
  「テレパシーリモートコントロール?」
   マニュアルには、事前にパラメーターが入力されているパイロットのテレパシーによって遠隔操作が可能であると記してあり、その強度を示す計器であると書いてあった。
   そのとき、カインはギガースの入力パラメーターをクリアし、他の2体のパラメータを消去しようと部下に指示する、するとモノケロースが動き出す。
  「アラームメッセージ パラメータ入力パイロットの指示により、移動開始。目標・・・・ノアタワー」ギガースの人工的な声がコクピットに響く。
  「どうしたんだ?」
  「わかりません。ものすごいGです! うわぁ!」
   パイロットの生命維持を無視してモノケロースが全力移動する。それを見たカインは、もう1人の部下にポイニクスを監視するよう指示した後、ドダイ改にギガースを乗せ出撃する。
  ?青年 イグニス「っち、きにいらねぇ」
   口をとがらせつつ、ノアの言う場所に来たイグニスは連れ去られたリムネーを助けるためにどうすればいいかノアに聞きたかった。この期に及んで彼に頼ってしまう自分が情けなかったが、ノアに頼めば、リムネーを解放してくれると考えたのだ。なんと言っても、ロバートはノアの部下である。
   しかし、ノアタワーに来てみるとそこは見渡す限り、人ばかりだった。こんな人混みの中では自分もちっぽけな人間である。ノアに直接会えるわけがない。焦りは次第に怒りに変わってきた。
   とその時、ノアタワーの入り口から白い光が爆発する。光の翼を持つ天使が空を飛んでいる。しかし、天使の手は人間の血で濡れていた。そして天使は手が光ったと思うと人混みの中に光のエネルギー体を放つ。多くの人の断末魔。一瞬にしてノアタワーは地獄と化した。
  「おにいちゃんだめぇ」
   幼い少女の叫び声。声のする方を見ると少女が飛びだそうとするのを止めるリムネー。イノセントはアストライアの声を聞いて正気を戻したのか、殺戮をやめてどこかに飛んでいく。
  「リム!」
   イグニスは人混みの中を叫びながら進むが、たくさんの人達のパニックによってリムネーまで体も声も届かない。
  (リム。おれだ! イグニスだ! たのむ。気が付いてくれ! 俺はお前のことを失いたくないんだ!)
  「なに? ・・・・イ、イグニス?」
  「リム!!」
   イグニスの心からの叫びがリムネーに届く。しかし、リムネーは自分の気持ちにもう一度問いかける。
  (あなたは誰が好きなの?
   アベル先生? それともイグニス?
   どっちも好き。比べられないわ。だめ、イグニス。今は来ないで。今あなたに触れたら、今答えを出さないといけなくなるわ!)
  「来るな! イグニス。おまえなんかきらいだ!」
  (ちがう。そんなことを言いたいんじゃないの。分かってイグニス)
   イグニスはリムの言葉に驚愕した。
  「結局、お前は淋しいから私を捕まえに来たんだ」
  (ちがう。淋しいのは私。分かってイグニス)
   イグニスはリムの言葉に「ちがう」と首を振る。
  「どっかにいっちゃえ」
  (ちがう。どこかに行きたいのは私。分かってイグニス)
   イグニスはリムネーの言葉に傷つきながらも、リムネーの手を取る。その瞬間、イグニスはリムネーの心の奥に焼き付いた男の姿を見た。イグニスは胸の奥からこみ上げる涙をこらえることができなかった。
  (先生、あんたは、おれの心の拠り所まで持っていく気か? 俺の事を理解してくれた、たった1人のリムを・・・・
   確かに、俺はあんたにかなわない。心のそこからそう思っているよ。だけど、だけど、だからってリムまで持っていくことはないじゃないか! なんでよりによってリムなんだ?
   先生よぉ)
  「こら、イグニス。なに泣いてんだ。お前らしく無いぞ」
   リムの頬には悲しみの涙が伝う。
  「好きなんだろ。先生のことが・・・・
   だけどよ、俺だってリムのこと好きなんだぜ、お前が俺のことを隅っこに追いやっても、俺はお前が好きだ」
   小さく頷くリムネー。今でもイグニスが大好きなのに、ずっと一緒だったのに、たった一度だけ、瞳を見つめられただけの男性の方が好きになる自分が信じられなかったが、それが事実だった。
   できれば、このままの方が良かったと思いはしたが、それでは傷が深くなるだけなのは良く分かっていた。
  「ごめんね」
  「いいさ、俺とお前の仲だ」
   そして、2人は最初で最後のキスをしようとしたとき、異変が起こった。ノアタワーが崩れだし、地下から龍を形どるモビルアーマーが現れたのだ。
   多くの人がまたノアタワーの残骸の下敷きになる。
   イグニス達も例外ではなかったが、いち早く気が付いたリムネーはイグニスを突き飛ばし、ノアタワーの残骸の下敷きになる。
  「リム!」
   虚しく響く悲痛の叫び。イグニスの怒りは目の前の龍に向けられる。
  ?出撃 ポイニクス「た、隊長!大変です。ポイニクスも動き始めました。目的地はやはりノアタワーです!」
  「なに? ノアタワーでなにが起こっているんだ?」
   ようやく部下を乗せて勝手に動き出したモノケロースの姿をレーダーに捉えたカインは舌打ちをする。
   モノケロースはその場でホバリングしていると、MS形態に変形する。光がモノケロースにぶつかる。
  「アラームメッセージ モノケロースのコクピットに侵入者あり、生命反応が二つになりました」
  「どういうことだ」
   カインが問い直すと、コクピットから何かが落ちる。カインは人形のような落下物が自分の部下であることを直感する。
  「アラームメッセージ モノケロースに生命反応が一つに戻りました」
  「コンピュータ! なにが起こった! 状況説明しろ!」取り乱すカイン。
  「シンタックスエラー 質問の意味不明」
  「コンピュータ! ギガースに搭載するミサイル全弾前方モノケロースに発射!」
   カインの叫びはそのまま殺意となる。無数のミサイルが発射されると、モノケロースは変形して正面に突撃する。モノケロースのスピードは音速となり衝撃波で、ミサイルは無意味な爆発を起こす。
   いつの間にかカインの目の前に来ると近距離でビームが放たれる。カインはかわすそぶりを見せずに、ドダイから飛び出すようにタックルする。落下するギガースとモノケロース。落下後土煙が舞い上がり、周りの視界が見える頃、その上空をポイニクスが飛んでいく。
  ?マザー レイラ・ソロ コードネーム、ドラゴンはノア・アベルの乗るモビルアーマーである。自らのニュータイプ能力をフルに生かしてサイコミュが放たれ、無差別の破壊が行われる。
  「すばらしい。たった1機のモビルアーマーで、ここまで破壊できるのか」
   ペリクレスはVIPルームでワインを転がしながら殺戮劇を見ていた。
  「兄さんは何とも思わないの?」
  「有能な人間が、無能な人間を好きにする。当たり前のことだろう」
  「私は・・・、アストライアは・・・、有能な人間じゃないわ」
   混乱の中、デメテル、アストライア、ペリクレスはロバート部下にシェルターまで案内されていた。
  「何を言うかと思えば、我々はバベルに招かれたのだ。つまり有能だから選ばれたのだよ。ノアタワーに集いながら選ばれなかった人間もいるのに。わたしは光の声が聞こえるよ。甘美な歌声が・・・・」
   アストライアは幼いなりにことの重大さに気が付き、怯えきっている。デメテルはただアストライアを抱きしめることでしかアストライアを慰めることが出来なかった。夫はこんな大事なときに何をやっているのだろうか? そんな疑念が浮かんでは消えていた。
  「隣、よろしいかしら」
  「? ええ」デメテルは連邦軍の軍服を着た女性に話しかけられた。
  「あなたは?」デメテルは女性に質問する。
  「カイン・アベル中尉の上司。そして、愛人よ」
  「ほう、義理の弟の?」ペリクレスは眉をしかめる。
  「あら、あなたがカインの奥様ね」
   レイラはペリクレスなど眼中にない様子でデメテルに話しかける。彼女はすべてを知っている。せめてカインの幸せな家庭を壊してしまいたかった。そうすれば、万が一にでもカインが自分の元に来てくれるのではないか?
   レイラはもう恋に狂った女でしかなかった。心のどこかでそんな自分に嫌気が差していた。しかし、何をやっても満たされない心の隙間をどんな手段を使ってでも満たそうとする。
  「あなた、嘘を付いているわね」
   女の勘なのかタダのハッタリなのか、デメテルはレイラの言葉をあっさり否定した。レイラはデメテルに憎しみの視線をぶつけそのまま去った。アストライアは「あのおばさん恐い」と呟いてから母親の手を力一杯握りしめる。
  ? レイラはコンピュータルームに足を向けた。(ああ、私は一体何をしているのだ?
   どうしてここまでしてあの男性を求めるのだ?
   すべてはあの男が悪い。
   私の目の前にあの男が現れてから、それまでの私はガラス細工のように砕け散り、あの男の考えがすべて私になってしまった。
   カイン、カイン、カイン、カイン、カイン・・・・
   何度呼んでもあなたは来ない。さりげないあなたの一言一言が、どれだけ私を変えたのかあなたは知らないだろう。
   いや、分かってたまるものか! あなたなんかに、私の気持ちが分かるものか!
   もし、分かっているのなら、あなたは悪人だ! 悪魔だ! 偽善者だ!
   いえ、それでもいい、あなたが悪人でも、悪魔でも、偽善者でもいい。私に振り向いてくれるなら。
   カイン。
   あなた、覚えているかしら?
   私に熱く語ったあの理想を・・・・戦争のない世界を築くための理想を・・・・
   あなたは言ったわね。
  『いきなり戦争をなくすことは出来ない。それでもなくすため手段はないことはない。戦争で犠牲者を出来る限り少なくすればいい。
   極論だが、戦争に一つのルールを作りだし、戦争の無人化が進められれば、犠牲者はなくなる。
   私はね、この世に正義は一つしかないと信じている。無数の正義の溢れたこの時勢に、説得力なんか無いけど、本当の正義は個人レベルの独善的な正義でもなければ、主観的なヒューマニズムでもない。もっと大きな正義を指しているんだ。
   問題は、利害を全く無視した正義をすべての人類が守れるかという事なんだよ。私の言う正義はすべての人にとっては利益をもたらすなんて考えていない。むしろ、害ばかり与えてしまうと考えている。
   私の言っていることは机上の空論だけど、もし、戦争の無人化が出来れば、それだけでも戦争による犠牲者は少なくなると思う。犠牲者が少なくなれば憎しみ合う者も少なくなる。憎しみあう者が少なくなれば、争うことも少なくなる。
   そして、皆が皆、新たな正義を守ることで、戦争はなくなると考えている』
   そう、そして、私は考えたわ。あなたの理想を現実化するためにゼーレシステムを提案したの。
   ・・・・ゼーレシステムの最後の実験をこれからするわ。
   人間も干渉しない、無人の戦場を創り出すための第1歩よ。カイン)
   レイラはそのままゼーレシステムの処理を行っているコンピュータルームに入る。そして、キーボードであるキーワードを入力する。
   コギト・エルゴ・スム
   われ、あるがゆえに我あり・・・・と
  ?コギト・エルゴ・スム「アラームメッセージ 独立モードに変更 コード コギト・エルゴ・スム」
  「なに! どうしたコンピュータ! 答えろ!」
  「私の名はギガース。コンピュータなどではない
   ターゲット モノケロース」
   低い声がモノケロースのコクピット部にロックオンされ、メガ粒子砲が放たれる。カインは手動モードに替えて、照準をずらす。
   破壊の粒子はモノケロースの右肩が粉砕される。すかさずモノケロースはコクピットに向けてビームが放たれるが、幸いギガースの装甲が厚くダメージは皆無だった。
  「なぜ、邪魔をする? 目の前のターゲットを破壊しないのか?」
  「命令変更だ、破壊ではないく捕捉だ」
   カインは僅かの時間で辛うじて理性を取り戻したようである。
  「だいぶ成功率が下がるが良いか?」
  「かまわん。お前のパワーならモノケロースごとき押さえつけられるだろう」
   カインはギガースをコンピュータとしてではなく、扱いづらい部下のように指示していると、ギガースは満足げに頷いたように感じた。
  (コロス。コロス。コロス)
   一方、モノケロースのコクピットでは完全にコンピュータとイノセントがシンクロし、殺戮マシーンと化していた。しかし、モノケロースは戦闘力が劣り、ギガースに捕まるとそのパワーで押さえつけられる。
  (メノマエノテキヲコロス。コロス。コロス。
   ものけろーすハメノマエノテキヲユルサナイ。
   いのせんとハそねっとヲコロシタろばーとヲユルサナイ、ドコニニゲタ、ろばーと!
   マテ、オレハものけろーすダ
   チガウ、ボクハいのせんとダ
   チガウ、オレハものけろーすダ)
  「パイロット。命が惜しければ武装解除して速やかに投降しろ!」
   カインがそう告げた瞬間、モノケロースはパイロットとコンピュータの2つの自我の呪縛には耐えられず、そのまま自爆したのだろうか? 答えはギガースが知っていた。
  「自爆装置がホストから押された。すぐ脱出せよ! 命令だパイロット」
  「何を言っている。誰が押した?」
  「俺達の思考を創ったマザーだ。名は・・・・レイラ」
  「レイラ・・・だと・・・」カインは信じられないと言いたげに目を見開いたが、首を振り、操縦桿を握り直し、眉間に皺を寄せる。「ギガース!、ドダイに乗ってホスト端末の場所まで移動しろ。お前もまだ死にたくないだろう。何のための自我だ! 生き残りたければ戦え、ギガース。諦めるな」
  「・・・・カイン・・・・」
   感情のないはずのギガースの低い声は何となく涙声に聞こえた。
  ?龍対不死鳥「「お前は殺す!」」
   イグニスの怒りは燃え上がると、ポイニクスを動かし、そして自我を持ったポイニクスとシンクロした。無意識のうちにノアタワーからポイニクスに10%の思考を送ったのはイグニスである。イグニスはMSの使い方など知らないが、人並みはずれたニュータイプとしての潜在能力は今、怒りと憎悪によって開花した。
   ポイニクスがスカートからクルージングミサイルが発射される。そしてドラゴンの放つサイコミュを次々と正確に撃ち落とす。そして、両手にビームサーベルをもちドラゴンに切りかかる。
   ドラゴンからは再びサイコミュが放たれ、ポイニクスを背後からビームで襲いかかる。すると赤い光がポイニクスを包み込むと、信じられないスピードでまたサイコミュがすべて打ち落とされる。
   そしてポイニクスがドラゴンに張り付くと、腹部の拡散メガ粒子砲が放たれる。ドラゴンが悲鳴を上げるように、赤い爆炎があがると、ボロボロになったポイニクスはそのままドラゴンの内部に入り込む。
   そして、その瞬間、ポイニクスの自爆スイッチは押されたらしく、ポイニクスは自爆し、イグニスの怒りの炎に包まれるが如くドラゴンも燃え上がる。
   そのとき、イグニスは燃え上がるドラゴンにノア・アベルを見る。
   ノアはイグニスに優しく微笑みかけると手をさしのべる。
  「先生。やっぱり、あんたにはかなわないや・・・・
   光の声ってのが聞こえているような気がするよ。その声が何を言ってるのかは知らないけど、感じるんだよ・・・・
   そうだ。あの世でリムと一緒に暮らそうぜ。俺達にはこの世の中は狭すぎたんだよ。そうだよな。先生」
   イグニスはそのまま、爆風の中に飲み込まれた。
  ?野心の始まり「こわいよぉ。みんな死んじゃうよぉ」
   幼いアストライアは母親にただ抱きつくしかなかった。
  (すばらしいぞ。アストライア。お前はすべての人間の死を感じているのだな。そうだ。感じるんだ。人の痛みを死への恐怖をその幼い心で感じるのだ! お前のカリスマはそこから始まる。愚劣な人間への同情。お前はそれさえ感じていればいい。そして、お前は愚劣な人間を優しく包むのだ。そうすれば愚劣な人間どもはお前を神と崇めるだろう。それまでにこのバベルを立て直してやる。名前も変えてコスモ救世教とでもしておこうか)
   ペリクレスの野心の鎌首はこの瞬間もたげられた。
  「ああ、おにいちゃん! だめ、お父さん、お兄ちゃんをせめないで! だめぇ!」
   アストライアが叫ぶとそのまま気を失ってしまった。アストライアはイノセントとカインが対峙していることを感じとり、叫ばずに入られなかったのだろう。デメテルはアストライアをだきしめることしかできなかった。
  ?犠牲者 レイラ・ソロ ドダイに乗ったギガースがノアタワーに到着し、カインを降ろすとギガースは自爆した。
   カインは振り向くことなく、ギガースに教えられたホスト端末のあるコンピュータルームに行く。
   ギガースの話では、自爆スイッチは、マザーたるレイラの生命の危険である事を告白した。つまり、自爆のスイッチが押されたという事はレイラの生命の危機を意味する。ギガースが自爆した今、すでに手遅れだろう。しかし、それでもカインは行かねばならなかった。自分が彼女をここまで追い込んだのだから。
   レイラは窓ガラスを小さな拳をたたきつけて割り、その欠片で左手の手首を切っていた。床は鮮血に染まり・・・・とても・・・・美しかった。
  「カイン、来てくれたの? 嬉しいわ
   どう? ゼーレシステムは? あれなら犠牲者のでない戦争が出来るわ」
   カインは哀れなレイラの冷たい唇に軽くキスをすると、レイラは幸せそうに微笑んだ。
  「すまない。レイラ」小さな声で呟くカイン。
   カインは悲劇の幕を切ったのが誰でもなく、自分自身であることを悟った。
  ? 今回の事件は、一時的なニュースにはなったものの、時間と共に、よりセンセーショナルなニュースにかき消された。これだけの人間が死に、被害額だって馬鹿にならないはずなのだが、所詮数字のみのニュースでは第三者の心など痛みはしない。そして、哀しみは自然と隠蔽される。?カインの十字架「どうしてもだめなのね?」
   カインとデメテルは事件の後、じっくり話し合った。2人とも包み隠さず話し合い、カインは、娘の慕う友人を殺してしまったことを知る。カインの中に任務のために仕方のないことだと納得するカインと、それを絶対許さないカインがいる。
   そして、レイラのことも最後の最後でデメテルを裏切ったことも話した。
   デメテルはキスぐらいと口では言っているが、そのショックは大きかった。その行為ではなく、レイラへの最後のキスは単なる同情だけではないことを知っているからだ。
   短期間の間にあまりの多くのことがありすぎたと判断した2人は、しばらく別居することに決めた。そしてまずそれぞれ個人が納得した上で、2人で悩みを分かち合うと誓い合った。
   最後までアストライアはごねていたが、それは当然のことだろう。
  「すまない。でも、愛しているよ」
  「私もよ、カイン」
  「パパ、どうしても行っちゃうの」
  「そうだよ。でもいつかきっと帰ってくる。それまでいい子にしているんだぞ」
   無邪気に頷くアストライア。
   カインはこの笑顔がある限り、希望をもてると確信しつつ、二人に背を向けた。
   そして、3年後、カインは宇宙に旅立ち、闇の海を航海する白い羽に乗ることになる。