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裁判員制度への質問状 2 
法律のインフォームドコンセント

 

Q・万が一、専門家に法律のことを知らないために馬鹿にされた場合どうなるのですか?

 実は、一般の人はこれが一番不安だと思います。
 ここでいう馬鹿にするというのは、暴言や、あからさまな態度にかぎりません。
 あいまいではあるものの、馬鹿にされたと感じるようなこと、たとえば、鼻で笑ったり、言葉のはしばしが「こんなこともしらないのか?」という言動や態度をとられることです。
 いきなり、知らない分野に義務だから。
 という理由で、裁判員という軽くも無い責任をおしつけ、専門家以外のみなさんの意見をとりいれたい。
 などとのたまわれていますが、そんなことをしたいのなら、国民投票にしてもいいだろうし、メールや郵便、電話受付という窓口を設置する方がよっぽど効果的です。
 なぜなら、実際、興味もない人を義務だという理由で、裁判員にしてもいい結果がえられると考えるのは、不適切です。

 それはさておき、法律の常識と、世間一般の常識は大きく異なります。
 法律の常識を理性となぞらえるなら、世間一般の常識は、義理と人情という感覚、つまり感情だといえます。
 そもそも、常識がなりたつ根拠が異なれば、そこでコミュニケーションは不可能になります。
 裁判官によるインフォームドコンセントが重要なキーになるわけです。

 さらに、いえば、結局判決は裁判の常識が最優先なのです。
 となれば、法律の専門家の常識が優先され、権力者になりますし、世間の感覚である義理人情という視点を取り入れる目的のはずなのに、法律の土俵だからといって法律の常識をおしつけられれば、何のための裁判員制度なのか、目的がうしなわれ、裁判員制度そのものが形骸化してしまいます。

 法律の専門家ならざるであろう裁判員の常識は取り入れられるどころか、むしろ弱者になるという、おかしな構図が成り立ちます。
 さらに、現段階においては、評議という裁判員と裁判官の判決を下す話し合いにおいて、裁判官と裁判員は、対等な立場で議論することになっていますが、最初から対等ではない土台が出来上がってしまっています。

 で、社会において、自分の専門分野において、非専門分野の人が対等な立場として入ってきた場合、人であれば、非専門分野の人間の勘にさわるような言動や態度がとられるわけです。
 もちろん、裁判員を馬鹿にするなんてことは、絶対していけないことであれば、それをしたとき、それなりの処罰があるはずなんですけどね。

 でも、たしか、評議の内容は、守秘義務によって、しゃべってはいけないことになっています。すると、評議で馬鹿にされても、どこにも訴える場所がないとなると、これはどうなることやら(笑)

 くわばらくわばら。

 ちなみに、批判ばかりでなんですので、提案です。
 裁判員は、裁判員満場一致において、裁判官の解雇権ないし、裁判の裁判官である更迭権をえる。
 つまり、馬鹿にしたと判断される言動や態度、および、インフォームドコンセントが不十分なことによって、議論に不具合を生じさせた場合、裁判官は解雇ないし裁判の裁判官であることを更迭されるとすれば、裁判員は馬鹿にされる事はなくなるし、懇切丁寧に法律の非専門家にたいして、法律のインフォームドコンセントという説明責任を果たしてくれるはずです(笑)

 


小泉内閣

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公明党

民主党

共産党

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