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たばこ
「お茶の間のみなさん。こんにちわ。本日も始まりました闘論問論の時間です。
太箱(ふとばこ)さんと琴円(ことまる)さんに煙草をテーマにお話を伺い
たいと思います」司会者は立て板に水を流すようにすらすらと話し、まずは太
箱の方を向く「まず、喫煙者の太箱さん。世間では一般的に喫煙者は肩身の狭
い思いをしていると思われますが、いかがでしょうか?」
司会者から話をふられた太箱は緊張気味の表情で口を開く。
「そうですね。人間の社会が発足してから、精神的なストレスの発散方法とし
て薬物を使用していた。という記録が残っています。
古くは古代エジプトはアヘンを常用していたとの記録もあります。
もちろん、アヘン常用を是としているわけではなく、人間が社会生活をする
うえで、何らかの形で薬物に頼らざる得ない部分が発生し、現在では煙草によ
るニコチンの摂取や、お茶やコーヒーによるカフェインの摂取が一般的になっ
ているわけです」
観客席にいた喫煙者席の人達は無言で頷き、非喫煙者席はたじろぐような空
気をかもし出す。
「なるほど。社会と薬物はきっても切れない関係であり、社会と煙草もまた同
じという訳ですね。
では、琴円さんはそれについてどう思われます?」
司会者は笑顔で非喫煙者の琴円に向き直る。
「いえいえ、私が喫煙者を弾劾するのは、喫煙者のマナーの悪さです。
禁煙のエリアであるにもかかわらず、喫煙するのは問題外ですが、路上でス
パスパ喫煙する風景は、それほど珍しい風景ではありません。
しかし、これは非喫煙者にとって迷惑に他ならない行為です」
最後の言葉は、世界中の路上で喫煙をしていたことのある喫煙者に訴えるよ
うな口調で、少しだけカメラ目線が入っていた。
「禁煙ではないところで喫煙して何が悪い」
太箱は腕組みをして、琴円を睨みつけた。
「やれやれ、喫煙者がそんな気持ちだから、いけないのです」琴円は肩をすく
めおどけたパフォーマンスで喫煙者を挑発しつつ言葉を続けた「そう、確かに
路上は禁煙でもなんでもありません。喫煙の自由という権利なんてくだらない
ものを主張するなら否定はしません。
しかし、公共のエリアであり、非喫煙者の前で喫煙したとき、その煙はどこ
に消えるのでしょうか?
喫煙者の臭い吐息は非喫煙者に無理やり吸わされているのです。
自由と権利を主張するならマナーを守り、非喫煙者のタバコを吸わないとい
う権利を守るという義務を果たしてからにしてもらいたい。
私はここに宣言します。禁煙エリアを設けるのではなく、喫煙エリアを設け、
喫煙エリア以外の場所は全て禁煙エリアとすることを」
琴円は最後の言葉を叫ぶように言い終えた後に、机をバンと叩いた。その効
果があってのことか、非喫煙者側の観客席は一斉に拍手喝采を琴円に浴びせ、
禁煙者側の観客席からは無言の抗議と、太箱に対する熱い期待の視線をあびせ
る。
「愛煙家とヘビースモーカーの権利を侵害する発言ですね。
それこそ、人の楽しみを奪う権利が非喫煙者にあるはずもありません。
はじめに言ったとおり、これだけストレスの多い社会で、それらを手軽に緩
和できるものの一つの手段が煙草です。
その煙草を最初から悪と決め付けるように喫煙エリア以外は禁煙エリアとす
る方法は、自分が迷惑になると感じるものはすべて排除するという、非喫煙者
の幼稚でわがままな要求としかいえません。
大体、喫煙者は非喫煙者の気持ちを考えろといっているくせに、非喫煙者は
喫煙者の気持ちを考えていますか?」
「なんだと!」
侮辱された琴円が立ち上がり、太箱の襟首を捕まえる。
「やれやれ、反論できないから暴力で訴えますか。だから幼稚だといわれるん
です」
「まぁ、まぁ、お二人とも。
ここは一つ、お互いの気持ちを理解するというのが大人というものです。ま
ずは、お互いの立場を入れ替えてみましょう。琴円さんは、来年の今日になる
までヘビースモーカーとしてすごしてもなお、今日と同じ意見がいえるか?
太箱さんは逆に1年間禁煙してもらい、今日と同じ意見が言えるか?
お互い実際にそれぞれの立場になってみましょう。
もちろん、条件が満たせなかった場合は、満たせなかった方の負け。という
ことで」
二人は一瞬青ざめたが、お互いの顔を見た途端に、同時にうなずいた。
「それではみなさん。またらいね〜ん!」
尾形は満面の笑みで手を振り、琴円と太箱は苦笑いで手を振っていた。
・・・そして1年後・・・。
番組は再びお茶の間に届けられた。
全く同じ構成で、全く同じ内容になってしまった。
ただ一つ違うのは、琴円が喫煙者の意見を主張し、太箱は非喫煙者の意見を
主張し、話が対立していた点だけだった。
「まぁ、非喫煙者の私としては、路上の喫煙だけは止めてほしいなぁ」
司会者の尾形は、肩をすくめて心の中でそう呟いていた。