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HEAT DAY LOVESONG


 季節は秋のくせに、ギラギラと刺す照りつける、日差し。
 毎週やってくる日曜日。
 雲ひとつない快晴。
 歩行者天国になった商店街には、ベルトコンベアに流されているかのように
通行人が転々と流されていた。
 そんな人の流れに踏みとどまる人だかりもある。
 先日、店仕舞をしたシャッターが閉められている店の前で、か細い腕でギ
ターを抱える少女がいた。
 少女は後ろにいる体格の良い男の叩く力強いドラムのリズムに合わせ、つ
かめば砕けそうなに見える華奢な体つきとは反比例するような声量で、通行
人の流れをせき止めていた。
 その中に村田悦治がいた。
 悦治は、背が高く痩せ型。全体として体重不足でひょろ長い感じが目立つ。
なで肩であるため、華奢な印象を与え、一見すると、頭の天辺から指にいた
るまでほっそりしているように見える。
 そんな悦治は、ただ目の前のシンガーに見とれていた。
 歌声、表情、ゆれる汗ので濡れた髪、ギターをはじく指先にいたるまでの動
作まで、すべて脳裏に焼き付けようとばかりに見つめていた。
 そのくせ、シンガーの視線と合いそうになると、体が勝手に視線をそらして
しまう。
 自分が彼女と視線を合わせることが何かを冒涜する罪な行為ではないか、と
いう罪悪感が悦治のそんな行動を取らせていた。
 ギャジャ〜ン・・・。
 最後のギターのフレーズが響き終わると、シンガーはすべてをやり終えた光
悦感が満たされるのが誰の目からも分かった。
 それは、少女の体には余りに不釣合いな大人の女としての色香があふれんば
かりだった。
 もし、三流詩人がこの言葉に表せぬただならぬ心を奪われてしまった状態を
描写するなら、”感動の渦に心を奪われた”と表現し、そして、直ちに後悔し、
自分の才能のなさを悔やむに違いない。
 それが、悦治の気持ちでもある。
 言葉に出来ないこの頭がぼやけて、意識がはっきりしない状態だった。
 それは悦治だけではなかった。
 他の観客も同じで、その余韻に浸っていた。
 やがて、時と共に余韻は惜しまれつつ、過ぎ去り、一人が拍手をすると、
ようやく、悦治も何をすべきか意識を取り戻した。
 言葉に出来なくてもいい、この感動を華奢な少女、同級生の乙恵に伝えな
ければ。
 悦治は、力いっぱい拍手をした。
 乙恵は、みんなに平等に笑顔を振りまき、手を振っていた。
 観客は、演奏が終わったことを残念そうに徐々にその場から離れていく。
 悦治は立ち尽くしながら、近づけば近づくほど遠のくような存在の乙恵を恐
る恐る見つめていた。
 乙恵はそれを満面の笑みで応えていたとき、ふと悦治の目と乙恵の目があっ
た。
 悦治は、見てはいけないものをのぞいているような罪悪感を感じてとっさに
目をそらそうとしたが、どうしても視線がそらせず、乙恵を見つめてしまう。
 ふと、悦治は感情と理性と体全部、自己主張ばかりしていて、不協和音を起
こしているように感じた。
「あ、村田ジャン。またきてくれてありがとな」
 そんな悦治の思いを一蹴するかのごとく、乙恵は親しげに悦治の肩を組む。
「ところで村田、お前、楽器弾けるか?」
「え?・・・」
 悦治は音楽は聴くほうが専門で、楽器を弾いたことなどない。だが、なぜ
か悦治はうなずいてしまった。
「よし! 健太! 欲しがってたベースを見つけたぞ」
 乙恵がにんまりドラムの男に伝えた。
(あ、違うんだ乙恵、オレはベースどころか、ギターなんて触ったこともない
よ)
 悦治は罪悪感で、本当は楽器は弾けないと口を開いたとき、ドラムを叩いて
いた男が不機嫌そうに悦治をにらみつける。
「大丈夫かよ、そんなひょろひょろ」
 健太と乙恵に呼ばれた男は、たっぷりとしたライオンの鬣を連想させるたっ
ぷりとした髪の体格のいい男だった。
 人目を引くような明るい顔立ちで、猫のような人懐っこい印象を与えるも
のの、悦治に対して敵意に満ちていた。
 悦治には、健太がライバルである。と直感的に理解できた。ライバルに弱
みを見せるわけにはいかない。
「たしかに、ギターは弾いたことはないさ。ピアノは弾けるけどね。
 でも、1週間も練習すれば、できるさ」
(あわわ、何を言っているんオレは)
 悦治は一言、一言、ハッタリを言う自分にあきれ返っていた。
 まるで、自分の口が別人のようだとさえ思えた。だが、目の前の男に見下
されるのは、どうしてもいやでたまらなかった。
 それに、悦治の思わぬ反撃に、健太もたじろいでいたのは目に見えて分
かったのが、奇妙に心地よかったのだ。
「そいつは、知らなかったぞ、村田。
 よし、じゃぁ、この楽譜とギターを貸すから来週ここでストリートライブ
しようぜ」
(無理だよ、乙恵、オレは楽器なんて触ったことも無いんだ)
 自分の言葉に無責任な悦治は心の中でそう叫んだ。
「おい、乙恵、こいつの言っているのはハッタリだ」
 ピキッ、悦治の頭の中だけでそんな音が聞こえた。
 健太の言葉は正しい。正しいだけに、腹が立つ。
 悦治が健太に言い返そうとしたとき、乙恵が割り込んでくる。
「おいおい、そんなことはないさ。
 こいつは、お前の言ったとおり、ひょろひょろだし、学校じゃ、気弱な奴だ。
 それを、これだけ強気に出れるんだ。よっぽど自信があるんだろ?
 なぁ、村田」
(そんな目で見ないでくれ、乙恵・・・うなずいてしまうじゃないか・・・)
「え・・・うん」悦治は自分の言葉が信じられなかった。
「よし、決まりだな、健太」乙恵は健太に目をやると、健太は思わずたじろぐ
ようにうなづく。それをみた乙恵が言葉を続ける「これはオレにとっても、思
い入れの強い、曲なんだ。半端な演奏だったらタダじゃおかないからな」
 ポンと悦治の胸を叩く。健太はそれが気に入らなかったらしい。健太は二
人の間に割り込むように口を開く。
「乙恵・・・おまえ、まだあいつのことを?」健太は思わずそう口にした。
(え? あいつってだれだよ)目を見開く悦治。
 ピシ!
 健太の頬に乙恵の平手打ちが入る。
「別に、オレが誰を好きでも関係ないだろ!」
 乙恵はあふれそうな涙をこらえて健太をにらみつけた。
「ごめん」
 健太はションボリして乙恵に謝った。
 悦治も、自分の大見得を謝りたかったが、どうしても出来なかった。
「歌おう。ここで。全部わすれるように」悦治は自分に言い聞かせるように言う。
 それを聞いた乙恵は涙目を隠さないでにっこり笑った。
 悦治はその笑顔に吸い込まれるように見とれつつも、胸の奥におもだるさを
かんじていた。
「おまえ・・・いいこというな」

 そして、悦治はギターを受け取り、猛練習をはじめたした。
 多分、想いを伝えられない乙恵のために。
(ええい、悩んでもしかたがない)
 悦治は、自分の部屋でギターをはじき、割れた音を出していた。

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