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The transfer student is a space alien
「ねぇ、クミ。
昨日のドラマ、見た?」
ドラマとは、”転校生は宇宙人”という学園ドラマである。
ある日突然、転校生がやってきて、主人公に自分が宇宙人であることを告げるス
トーリーだ。
クミこと、八木久美(やぎくみ)に話しかけたのは、和泉梢(いずみこずえ)。
久美は、梢に声をかけられ、振り向いた。
分厚いメガネをかけた、青白く痩せた顔の小さく、ちょっととがった耳が印象的
なクミは、軽くうなずいた。
「いきなり、告白するんだものねぇ。
ドラマよねぇ」
梢はドラマの話ができると、目を輝かせながら次々とドラマの内容を話していっ
た。
久美は、相槌を打ちながら梢の話に耳を傾ける。
そして、梢が一通りドラマの話をしおわると、「そういえば、今日から転校生が
来みたいよ」と言って話を終えた。
「転校生?
ああ、潮根海人(しおねかいと)って、男子ね」
久美は、厚いめがねをはずして、ハンカチでめがねの汚れをふいて応えた。
「さすが、クミ。情報通ねぇ」
梢は感心していたが、久美は当たり前じゃない。と言いたげに梢を見る。
「きちんと、先生の話をきいていれば、わかることよ」
「でも、名前までわかんないじゃない?
普通」梢が目を輝かせる。
「生徒会にはいろいろな資料があるの」
「ふ〜ん・・・われらが、生徒会長様は学校の事ならなんでもご存知。
ってわけね」
「そうよ。特に規則はマスターしてるの。
その髪飾りと靴下が校則違反だとかね」
久美は意地悪な口調で髪飾りと靴下をゆびさした。
「へへぇ〜。私が悪うございました。
見逃していただいて、ありがとござんす」
「規則は守られるべきだけど、取り締まるべきとは思わないのよね。
でも、先生に注意されたらすぐにやめるのよ」
久美が梢のお姉さんであるかのような口調でいうと、梢は久美の妹のように「う
ん」と微笑みながらうなずいた。
梢と久美がそんな会話をしていると、チャイムがなり、そして時をおかずに、担
任とうわさの転校生が入ってくる。
「さて、今日から転向してきた潮根海人君です。
じゃ、潮根・・・」
担任は海人を自己紹介するように促した。
海人は、男性にしては、丸くてふっくらとした月を連想させる丸顔だった。
色は白くむしろ青ざめた感じの顔色ではあったが、どこか人を惹き付けるものが
あった。
「潮根海人です。よろしくお願いします・・・」
海人は、教室を見渡したあと、不意にある一点でとまる。
その視線の先には八木久美がいた。
久美は、海人の視線を受けて、動きがとまってしまった。
不意に、久美の顔が熱くなることを自覚し、自分の自意識過剰ぶりを恥じるよう
にうつむいた。
「潮根・・・どうした?
緊張したのか?」
担任の教師が海人をせかす。
「あ、はい。
すみませんでした。
得意科目は音楽で、ギターが得意です。
好きなスポーツはサッカーですが、あまり得意ではありません。
今日、転向してきたばかりで、何もわからいので、いろいろみなさんに教えても
らえればと思っています。
よろしくお願いします」
海人は、最後にクラスの全員に微笑みかけてから一礼をした。
クラスのほとんどの生徒は、海人の微笑みに好感がもてた。
久美というと、海人が自分を見つめながら自己紹介をされたような気がして、ど
こか嫌悪感にもにた印象を受けた。
クラスに自己紹介するべきところで、自分だけを見るなどとは不届きなことだ。
久美はそんな事を考えてると、すでに、休憩時間にはいっており、梢が後ろの席
から久美の背中をつついた。
「ねぇ、ねぇ、海人君って、なんか素敵じゃない。
あの笑顔なんかも、なんかカワイイし。
それに、私のこと、ずっと見つめてくれたみたい」
梢はうれしそうに、小声で久美にそう伝えた。
久美は、海人が見つめていたのは、自分ではなく、梢だったのかもしれない。
と思うと、自分の自意識過剰ぶりに顔をほてらせた。
他人が好きになってくれるほど、自分はカワイイわけなんてないんだ。
久美は心の中でポツリと呟いていた。
「ねぇ、学校を案内してくれない?」
それが、久美が海人から話しかけられた言葉だった。
「え?」
海人の言葉は聞こえてきたが、理解できなかった。
「だからね、学校を案内してくれない?」
「なんでわたしが?」
ぶっきらぼうな口調とは裏腹に、久美の鼓動は高鳴った。
(な、なによ。なにを勘違いしているのよ。私は。
私は、男子に好かれるほど、かわいくない。
だって、かわいくないことを理由に、私はずっとからかわれていたんだもの。
それをかばってくれたのは、大獅子(おおしし)君だけ。それも、男の子が女の
子をからかったのがきにいらなかったから。
義理とか義務で助けてくれただけ。
そして、そして、そして・・・
ああ、もう、私が勝手に、その大獅子君を好きになっただけじゃない。
なにを思い上がっているのかしら私・・・)
「あ、いや、君なら案内してくれると思って」海人の表情が暗くなる。
「いいじゃない、クミ。生徒会会長でしょ」
そういって、久美の背中を叩いたのは梢だった。
久美は、梢の勢いに思わず、海人の申し出に頷くと、海人の表情は笑顔に変わる
。
とはいいつつも、案内といっても、どこを案内すれば良いのか、久美は少しだけ
思案した。
実際、毎日が当たり前のようにすごしている学校を改めて案内するといってもい
まひとつピンとこない。
とりあえず、久美は、近い順に学校を案内する事にした。
一番近いのは体育館。
久美は、海人を体育館へ案内すると、体育館は、網で半分に仕切られ、バスケッ
トボールとバレーの練習が行われている。
「ここが体育館」久美はぶっきらぼうに言い放つ。
「君はスポーツが好きなの?」
「私?
いいえ、私はインドア派。
体を動かすよりも、本を読んでいたほうがいいわ」
久美は肩をすくめる。
「ふ〜ん、じゃぁ、図書室に案内してくれる?」
久美は、学校を案内しているのに、案内している場所のことではなく、自分のこ
とを聞かれたことに、不自然さを感じた。
とはいえ、今日転校してきたばかりの転校生に親切にしなければ。
と、愛想笑いを浮かべて、一呼吸をおいて、返事をした。
「ええ、いいわよ」
久美は、そのまま図書室に案内する事にした。
「ねぇ、君の好きな本って何?」
図書館に向かう廊下を歩きながら海人が久美に質問する。
「そうねぇ・・・」
久美は人差し指を口元にあてて考えた。
「いっぱいあるけれど、ヘッセなんかいいわね」
「へぇ、名前しか聞いた事がないや。
面白いの?」
「ええ、ロマンチックなの。
あ、着いたわ、ここが図書室よ。
ヘッセはここの本棚よ」
久美は、ヘッセについて語り始めるが、海人は少し困ったような顔をしたことに
気がついた。
「あ、ごめん、私ったら自分のことだけ話してしまったようね。
じゃぁ、次は、上の音楽室にいきましょう」
「え? 図書室の上に音楽室って大丈夫なの?」
「大丈夫よ。防音工事はしっかりしているんだから」
「音楽室か、君は、どんな音楽がすきなの?
バンドとか、興味ある?」
「ごめん、音楽苦手なの」
久美は肩をすくめて、音楽室に向かって階段を上っていった。
「ここが音楽室よ」
「へぇ、すごいや」
「この学校は、ブラスバンド部とかに力を入れているからね。
そういえば、バンドっていっていたけど、楽器を弾くの?」
「いや、ギターをちょっとね」海人の目が輝いた。
「ああ、あのジャカジャカうるさいやつね」
久美が眉をしかめると、海人は不安げに「ロック、キライなの?」
と聞いた。
「キライじゃないけど、よさがわからないだけ。
好みの問題よ。
気を悪くしないで、海人くん」
海人は久美に名前で呼ばれてうれしくなって、思わず無邪気に微笑んだ。
「いや、音楽はそれぞれ好みがあるもんな。
ところで、学食はどこ?」
「この下にあるのよ」
久美は音楽室の窓のそとを指差すと、生徒が何人か出入りをしている建物があっ
た。
「ところで、好きな食べ物は?」
「あのね、さっきから、私の好きなもののことを聞いているけど、私が案内した場
所の事、わかってるの?」
「いや、その、俺、好きな娘の好きなものってきになるんだ」
「え? どういう意味?」
「そのままさ、俺は君の事が好きで、君の好きなものが何かを知りたい」
「からかわないで、今日あっただけじゃない」
「自分でも信じられないけれど、君に一目ぼれをした」
海人がそういって久美を見つめたが、久美は視線をそらした。
「ごめんなさい。私、好きな人がいるの」
「付き合っているのかい?」
「いいえ、片思いだし、その人はもう彼女がいるの。
でも、その人の事が好きなのは間違いないの」
クミがうつむいて視線をそらすと、海人は、クミを優しく抱きしめた。
「ずっと、まってるよ」
海人がささやくと、クミは顔が熱くなる。
「ごめんなさい。それでも、ダメ!」
久美はそういって、海人を突き放した後、走り去った。
「はは、ふられたな・・・。
それでも、あきらめられないオレはどうかしたかな・・・」
言葉とはうらはらに、海人の目頭が熱くなり、そのまま涙があふれ出ていた。