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タイトル:月

 不安、迷い、不信感。思い起こせば、そんなことしか思い起こせない。
 あの夜の出来事は、夢だったと思いたい。
 そうだ。あの時には誰もいなかったし、だれもいなかった。
 それに、裏切ったのは私ではない。
 あいつだ。そうだ。あいつが全部悪い。俺は悪くない。
 この不安もあいつのせいだ。
 この迷いは、あいつが裏切ったからだ。
 この不信感はあいつに対しての不信感だ。
 あいつが裏切らなければ。あんなことはしなかった。
 おお、月よ、月よ、夜空に描かれた月輪よ。おまえだけが、あの時の目撃
者だ。
 月よ、おまえは言葉を語らない。だが、その無言の月光が恐ろしい。
 夜を青く照らす満月がおれの不安をかきたてる。
 闇に鋭い切れ込み入れる上弦の月が俺を良心の迷宮へいざなう。
 暗がりにひっそり隠れる新月が、俺の罪をいつ密告するのか不信感を煽る。

 俺はいつまでこの不安と言う鎖につながれ、迷いという牢獄に閉じ込められ
るのだろう?
 不信感とは、月が降した罰なのか。

 いっそのこと、明日、夜が明けて月が俺を解放した時にすべてを話そう。
 この不安は、俺自身を欺くから。
 この迷いは、俺が無しをなすべきか知っておきながら何もなさぬから。
 この不信感は、俺が俺を裏切っているから。
 もう、俺は俺をごまかすことをやめよう。
 そして、俺の罪を罪と認め、罰を受けよう。
 そうすれば、月よ、貴女は許してくれるだろうか?
 苦しむ俺を無言で嘲笑う悪女から、俺を優しく見守る母になってくれるだ
ろうか?

 月よ、やっと、貴女は微笑んでくれたね。

 無言で呟くよ。

 

 

 

呟き尾形の野望
 月の象徴を調べて、それを組み合わせて書いてみました。
 

 呟き尾形 2004年5月17日 アップ

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