テーマ「卒業」
「これより、卒業試験を始める!」
凛とした声が闘技場を斬る。
四角い戦うためだけに作られた舞台の中央に、竜を連想させる装飾が施され
たプロテクターを装着した闘士がいる。
ドラグファイター。
契約したドラゴンの魔力を操る闘士。
観客席はほとんど空席ではあるが、特別席には3人の審査員がいた。
「ドラグファイターは、任務を達成するためには、いかなる困難も乗り越えね
ばならぬ。基礎能力は汝に認められた。これが最後の試験だ。
成功せねば、死あるのみ。
サモン! モンスター! いでよ、ミノタウルス」
審査員の言葉は、コマンドワードといい、魔法を使うための呪文の一種であ
る。
審査員のコマンドワードは召還の魔法となり、空間が羊皮紙が引き裂かれる
ように破けた。
空間の裂け目は蜃気楼のように歪みながら、異空間の風景を映し出し、そこ
からぬぅと黒い毛だらけの巨大な猿の手が現れたかと思うと、牛の頭が飛び出
してくる。
ミノタウルス。
人間をエサとする牛頭の伝説のモンスター。全身は巨大な猿のように毛むく
じゃらで、人を連想させつつも、牛の頭であること誰しも違和感と恐怖を感じ
ずにはいられない。
「フモモモゥ!」
ミノタウルスは、両手を挙げて咆哮を上げる。
その咆哮はビリビリと物理的な力で闘技場を囲む壁をかすかに揺らす。
対峙するドラグファイターは、咆哮など気にせずに、じっとミノタウルスを
見据えた。
ミノタウルスはその様子に、エサであるドラグファイターを警戒するように
間合いをつめる。
「こいよ。うすのろ」
ドラグファイターは大胆にもミノタウルスを挑発する。
言葉の通じない種族であっても、こうした挑発と悪口だけは、奇妙に意思疎
通が可能なようである。ミノタウルスはもう一度方法を挙げると、その巨体が軽
やかに跳ぶ。
「予想通りだぜ! うすのろ。
サモン! シールド」
ドラグファイターがコマンドワードを唱えると、半透明の盾が浮かび上が
り、飛び掛るミノタウルスと衝突し、ミノタウルスを弾き飛ばす。
「まだまだ、これからだぜ。うすのろ
サモン! ソード」
ドラグファイターが再びコマンドワードを唱えると、刀身が燃え上がる剣が
召還された。
ミノタウルスは本能的に火を恐怖するかのように、じりっと後ずさる。
ドラグファイターは、余裕の表情で正面からミノタウルスに斬りかかった
が、それが致命的ともいえるミスだった。
ミノタウルスは両手の掌を正面であわせ、その間にドラグファイターがはさ
まれた。
「ぐふ・・・」
ドラグファイターの口から血が吐き出される。
その光景から、ドラグファイターのダメージが伺われる。
審査員たちの目はもう失望の色しか見えない。
「へへ、せっかく最後の試験だ。見せ場を作んないとな」減らず口を叩くと、
その唇からコマンドワードが呟かれる「サモン・・・モンスター・・・ドラゴ
ン」
審査員達は耳を疑った。
サモン モンスター。
これは高度なコマンドワードであり、正式なドラグファイターでないものが
扱えるものではない。
それを半人前の卒業試験で使用されるなどきわめて違例、いや、無謀を通り
越して、愚挙ともいえるだろう。
なぜなら、自分の力を上回る魔力を扱うことは、魔力の暴走を招くからだ。
魔力の暴走は自らの死だけではなく、多くの破壊を招く。
「やめさせろ、テンペストでないものが召還魔法を使うのは自暴自棄になった
としか思えぬ」と冷や汗を流す1人の審査員。
「もうおそい。コマンドワードは放たれた。後始末の準備をせねばならんかも
知れぬな」と、もう1人の審査員。
「いやいや、あの度胸。テンペストの称号をもつものでもそうはいまい。
案外、期待できるかも知れんぞ」と、最後の審査員。
そして、ミノタウルスが登場したときと同じように、空間が歪み、そこか
ら、炎をまとうドラゴンが飛び出してきた。
ドラゴンはその巨大なアゴでミノタウルスの胴をくわえ、闘技場を囲む壁に
たたきつけた。
「ほほう、あの者、テンペストでもないのに、ドラゴンをてなづけておるわ」
1人の審査員が好奇の声色で賞賛する。
「なんの、あれは偶然やもしれぬ。ファイナルワードがつかえねば、てなづけ
ているとはいえぬ」ともう1人の審査員。
ファイナルワードとは、召還したモンスターの全ての魔力を使った攻撃であ
り、それをつかえるということは、モンスターが召還したものに完全な服従を
していることをしめす。
「ま、まて・・・あれは・・・ファイナルワード」もう1人の審査員が唖然と
する。
「ファイナルワード ドラゴンブレス」
ドラグファイターは頭の上で両手を組み、ゆっくりと、ミノタウルスに照準
を合わせるように組んだ両手を正面まで下ろす。
召還されたドラゴンがドラグファイターの頭上で大きく口をあける。
「ファイヤー!」
ドラグファイターのコマンドワードが放たれると同時にドラゴンの口から炎
が噴火した。
しばしの沈黙。ドラグファイターの背後には闘技場。正面は焼け野原があっ
た。
その光景を見つめる3人の審査員。
そして、1人の審査員が立ち上がる。
「そこの者。合格! 見習いを卒業し、これより、ドラグファイター テンペ
ストを名乗るが良い」
ドラグファイター テンペスト。
それは、ドラグファイターとしては、最高の称号であった。
★★★
闘っているシーンの動きを感じ、観戦しているように感じていただければ成
功です。
そうでなければ失敗です。
呟き尾形 2004年12月18日 アップ