ホーム > 目次 > 小説 > トレーニング 


テーマ「怒り」

-----------------------------

 あるオフィスビル。
 日曜日の昼下がりは、当然のことながら人気はないはずである。
 が、ABEサポートセンターの電話のベルは鳴り続ける。
「はい、こちら、サポートセンターです」
 あちこちで、繰り返される綺麗で優しげなサポートセンター嬢の声。
 その上、丁寧で、清潔感のある声は、受話器の先の顧客は、大抵、怒りの気
持ちをやわらげてくれる。
 栄子もその一人である。
 今日は、上司の命令で、急な休日出勤となった。
 理不尽さを感じつつも、恋人の静夫とのデートはやむなく、キャンセルとあ
いなった。
 静夫は、ぼやきながらも、ABE製のパソコンでもいじっているよと、すね
つつも了解はしてくれた。
 日曜日ということもあって、出社している人数は少ないため、電話はなりっ
ぱなしだ。
 電話の数に対して人数が足りないのだから当たり前と言えば当たり前だ。
 たいていは、10回なれば、切れるものだが、今回は違う。
 サービスコールセンターの女性人の中では、それをババと呼んで忌み嫌って
いる。
 電話のなるベルの数だけ怒りが積み重なるからである。
(あちゃ、わたししかあいてないじゃん。ババかぁ・・・やだなぁ)
 栄子はしぶしぶ、八つ当たりされるのを覚悟で受話器をとる。
「はい、大変おまたせいたしました。こちら、サポートセンターです」
 栄子は、内心とはうって変わって、誠意をもって申し分けなさそうな声で応
える。
「あ、ずいぶん、またせてくれたね」
「大変、もうしわけございません」
(ふん、こっちだっていそがしいのよ)と栄子は思いながらも、必死にその気
持ちをおさえた。
「まぁ、いいや、
 ABEのパソコン、動かなくなったんだけど・・・・」
 そこから、どんどん、嫌味をふくめて、故障の状況を伝えられてくる。
(うわ、そんなサポートセンター嬢に、そんな専門用語使うなよ。
 わかんねぇって)
 栄子は、相槌をうちながら、心の中でそうぼやいたそのとき、「ねぇ、おま
え、わかってん?」と不意をうたれた。
 栄子は、一瞬言葉を失った。
(ちくしょう、こっちが下出にでれば、おまえ呼ばわりかよ!)
 だが、相手は客である。それだけが、栄子の堪忍袋の尾を切らずにいさせ
た。栄子は、真っ白になりかけた頭の中から、マニュアルの一部を思い出した。
”自分の手に負えないと思ったら、担当者に替わること”
 栄子は、かろうじてそれを実行することができた。
「はい。担当の者にかわり・・・」
 が、しかし、栄子の必死の努力の言葉をさえぎる。
「だいたいさ、20回以上、電話のベルを鳴らさせるのは非常識だよね。あん
た」
(うるせぇ。20回以上鳴らすほうも非常識だろうが!)
 栄子も心の中では負けていない。
 が、それを口にすることは厳禁である。
 どんなに、理不尽で、むかっ腹が立とうとも、笑顔で接する。
 それがサポートセンター嬢である。
 なにせ、相手は、自社製品に、立腹しているからこそサポートセンターにか
けてきているのだ。
 たとえば、せっかくの日曜日なのに、人手不足を理由に休日出勤を強いられ
ても、笑顔でいなければいけない。
 なぜなら、笑顔こそが、怒りを静める武器であるからだ。
 しかし、読者諸君は電話で笑顔である必要はないと思われるかもしれないだ
ろう。
 それは、甘いのである。
 電話と言えども、電話口の態度や行為は声となって伝わってしまうものなの
だ。
 それは、「声」の微妙な響きの変化でそれが伝わってしまう不思議なところ
ではあるが、声は喉の振動から発する音に過ぎない。
 ならば、表情のこわばりだけでも、喉の振動に少なからず影響するというの
は道理だし、ましてや、人は怒りを抑えるとき、肩に力が入り体もこわばる。
 体もこわばれば、とうぜん声にだって影響するものだ。
 だからこそ、笑顔で誠意をこめて言った場合と、口だけで言った場合とでは、
相手の感じ方もちがうし、実は、選ぶ言葉も自然と違ってくるものなのだ。
 さらにいえば、サポートセンターにクレームをつける顧客は、自社製品に何
らかの理由で腹が立っているわけである。
 となれば、とにかく、難癖をつけて八つ当たりをする対象になるのがサポー
トセンター嬢なのである。
 サポートセンター嬢としては、たまったものではない。
 大体、自分以外のミスで怒られるのだ。
 理不尽極まりないというものだ。
 が、癇癪は、サポートセンター嬢にとって、致命的なミスである。
「じゃぁ、対処法を教えて」
「は・・・いえ、担当者に替わりますので、少々おまち・・・」
「ち、たらいまわしかよ。
 そういえば、思い出したよ。
 前も、パソコンを買って、メモリを最初から増設しようとしたとき、マニュ
アルをみたら、マニュアルにまったく記載されていなかんだよね」
「それは、当社の方針でして、ペーパーレスで、環境保全・・・」
「あのさ、知ってる?
 ペーパーレスになったとたんに、印刷する紙の量が増えて、逆に紙の消費量
がふえたってぇの」
(んなことしらねぇよ!)栄子は心の中で毒づいた。
「まぁ、大体、メモリの増設は電源を切って作業するんだぜ。
 電子データにするということは、一度印刷するか、手順を覚えて作業するの
が必要になるよな。
 だけどさ、プリンターもってない人は、メモリを増設するなってこと?」
「大変申し訳ありません」
(なんで、自分のミスでもないのに、あたしがあやまんなきゃいけないのさ)
 栄子は理不尽さに、口元がゆがんだ。
「あ、今の謝りかた、自分のせいじゃないとおもったね」
(なんで、そういうところだけ、勘が鋭いんだよこのクレーマー)
「まぁ、いいさ。
 あ、それとも、自分のメーカーの経費節減で、その経費は買ったユーザーに
負担させるというつもりかな」
「いえ、そのようなことは決してございません」
(そんなものは、上がきめんだ! 下っ端にんなことをいってどうする!)
「ふ〜ん、まぁ、いいや、担当者に替わって。
 おまえじゃ話になんないものね」
(だったら、最初から話すな!
 ・・・って、まてよ。
 この声、聞き覚えがある・・・ようし、かまかけてやろーじゃん)
「あ、お客様、大変申し訳ありません。
 担当者が、現在電話中ですので、電話を折り返しかけなおしますので、お電
話番号をおききしてもよろしいでしょうか?」
「あ、いいよ。03-●●●●-××××・・・」
(ビンゴ!)
「03-●●●●-××××ですね・・・
 って、てめぇ、静夫だろ!」
「え? 栄子さん・・・」
「さっきっから、てめぇ、おまえ呼ばわりしやがって!
 なに? ”たらいまわし?”
 こちとら、ここで、電話受ける前のおまえのことなんかしらねぇんだよ。
 だいたい、自分のミスでもねぇのに、頭下げているこっちの身になれよ。
 客だからって、ちょうしこいて、でけぇ面してんじゃねぇぞコラ!
 いいか! かくごしとけ! 首洗ってまってろ!」
「ご、ごめんなさ〜い!」

-----------------------------







★★★

 喜怒哀楽の怒をテーマにしたトレーニングです。

 今回は、タテマエとホンネの表現に挑戦してみました。
 ()の中がホンネなわけで、タテマエとのギャップを楽しんでいただきつつ、共感いただければ幸いです。



 


 

 

 

 呟き尾形 2005年9月11日 アップ

タイトルへ戻る