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テーマ「楽しい」

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 テーマ「楽」 

 ガチャリ。
 僕は、僕が寝泊りしている部屋のドアを開く。
 月明かりが、僕の部屋を青く照らしている。
 僕の網膜には、青のモノクロームの世界が映し出される。
 入社式も終わり、慣れないネクタイをほどき、青い光越しにスーツ姿の自分の姿を見る。
 僕が社会人・・・。
 まるで、僕が僕じゃないみたいだな。
 苦笑しながら、ふと、赤く点滅している留守番電話を通知するランプに気がついた。
 僕に電話をかけてくるのは彼女ぐらいなものである。
 だが、最近、彼女の様子がおかしく、電話をかけてくること自体が少ない。
 僕は、なにか胸につかえるような、悪い予感を振り切って、留守番電話を聞くことにした。
「ニケン、メッセージガ、アリマス・・・サイショノメッセージデス」
 無機質な音声が終わると、彼女の声が聞こえてきた。
「ごめん、あなたの他に好きな人がいたの。その人から告白されたから、終わりにしましょ。
 じゃぁ」
 留守番電話で、別れの言葉をされた。
 これまで、僕は彼女にウソをつかれていたということか・・・。
 彼女との楽しかった思い出が、すべて辛い記憶に変質していくのがわかる。
”わたしが好きなのはあなただけ”
 彼女の、あの言葉は全部ウソだったのか。
”僕はキミが好きだ”
 そう僕が言ったときの、キミのあの笑顔は全部ウソだったのか。
”ありがとう!”
 そういって、僕に抱きついた、あのぬくもりは全部ウソだったのか。
 ウソ!、ウソ!!、ウソ!!!
 僕にかぎらず、人は、ウソをつかれることを嫌がる。
 ウソをつくこと自体が悪いのか、それともウソがもたらす害悪が悪いのか。
 いや、そのウソに、害悪があろうがなかろうが、ウソをつくこと自体が悪いのだ。
 なぜなら、悪いというのは、望ましくない状態だ。そして、人は真実を語られることを望ましいと考えている。
 つまり、人が真実を語ることを望ましいと思っている限り、嘘は悪であり続けるわけだ。
 そう、多くの人は、ウソはついて欲しくないということだ。
 そして、僕は今、一番ウソをついて欲しくない人にウソをつかれた・・・。
 と、そのとき、まだ留守番電話のランプがついていた。
 僕は惰性で、もう一見のメッセージを聞いてて、気を紛らわすことにした。
「なーんちゃって、ウッソー。
 ビックリした?」
 思い切りケタケタと笑う彼女。僕は何がなんだかわからないまま、唖然とする僕をよそに、メッセージは続く。
「入社式、お疲れ様。
 二人でおいわいしょ。
 下で待ってるよ」
 僕はとっさに窓のカーテンを開けて下を見下ろした。
 そこには、ピョンピョンはねながら手を振る彼女の姿があった。
 ・・・そう、今日は入社式であり、4月1日。
 ・・・世に言うエイプリルフールだった・・・。
 悔しいが、彼女の面白がっている様子を見ていると、ついつい許せてしまう。
 ウソを疲れたときは、辛かったが、ウソがウソだとわかってしまうと、自分の滑稽さを認められれば、むしろ、愉快ですらある。
 世の中、ついていいウソもあるかもしれない。

 

 
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★★★

 喜怒哀楽をテーマとしたトレーニングの楽がテーマです。
 エイプリルフールの嘘って楽しいかなぁ。
 とおもいまして、書きました。

 ついていいウソってありますよね。
 小説だって、読者を楽しませるためのウソなわけですし。

 

 


 

 

 

 呟き尾形 2006年4月2日 アップ

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