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テーマ「呼びかけ法」

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 タイムカプセル

 田舎の成人式というものは、夏真っ盛りに行われる。
 理由は、田舎ゆえに、お盆とお正月ぐらいにしか、若者が地元に
帰省しないからだ。
 今となっては遠い昔、小学校の卒業式にタイムカプセルをうめた
のだった。
 そして、みんなで成人式の日で集まったとき、タイムカプセルを掘
り起こそう。
 そうクラスのみんなで決めたのだった。

 僕は、今の僕へのメッセージを書いた記憶があるが、具体的な内
容なんて、高校受験のころにはすっかり忘れていたし、成人式でみ
んなと再会するまでそんなことすら憶えていなかった。
 考えてみれば不思議なものだ。
 今まで頭のどこにもなかった事が、あるキッカケで、芋づる式に
思い出してくる。
 みんなでぼろぼろになったタイムカプセルを掘り起こす。
「うわ、やっぱ8年って長いんだな」
 一人の元クラスメイトが声を上げると、類似した言葉がドンドン出
てくる。
 そして、それぞれのメッセージがみんなにわたされる。

 僕に渡されたのは、わざとらしいほど、8年の月日を感じさせるほ
ど薄汚れた封筒だった。
 僕はさっそく、封をひらいた。
 雑然とした暗号のような文字がならんでいるのは、間違いなく、当
時の僕の字だ。僕は、当時の僕からの、今の僕へのメッセージを読
む事にした。
『やぁ、未来のぼく、きみは今なにをしているのかな?
 きみは、今のぼくじゃないから、ぼくの今のぎもんにこたえてくれる
かもしれない。
 だから、ここできみにしつもんする。

 きみは、死んだらどうなるとおもう?

 やっぱり、かみさまがいて、悪いことをした、ぼくを地国におとす
かなぁ

 先生は、いいことをすれば、天国に行ける。
 っていってたけれども、いいこと、ってそんなにかんたんにできる
のかなぁ。
 いいことをするのって、たいへんなことって、きみならわかるよね?
 未来のぼく。

 とにかく、ぼくは、こわいんだ。
 未来にぼくが死ぬってことが』

 そうだった。そうだった。
 地獄のことを地国と信じ込んで、高校受験のときになかなか修正
できなかったことまで思い出した。
 
 それにしても、当時の僕は、今の僕になんて難しい宿題をだした
のだろう?
 ふと、僕が頭をかしげていたら、元クラスメイトがある提案をする
「おい、せっかくだから、今度は10年後に掘り起こすタイムマシー
ンをつくろうぜ」
 お、グットアイディアだ。
 ついでに、この難問を未来の僕に・・・
 いかん、いかん、まったく、われながら無責任なことだ。

 さて、どうしたものだろう。
 なぁ、君ならどんな回答をする?
 未来の僕。


 
 10年後、それを憶えていたのは僕以外に数人いたが、みんな
いそがしく戻ってこれたのは、僕だけだった。
 寂しいことだが、30年という月日は、人を幻想から引き離す。
 結局、僕だけが、18年前の疑問を引きずっているだけなのだ
ろうか?
 いずれにしても、18年越しの回答はやっと出た。
 そもそも、神を恐れることはないんだ。
 だって、神が神である以上、至福であり完全な存在だ。
 だから、この至福な神は人間に干渉するはずもなく、まして
や、人間に害を与えるはずもないから、恐れる必要はない。
 だから、人間の善行で、神々の恩恵をつかむということもおか
しいし、善行を行わないから、神が罰するということも考えられ
ないわけだ。
 となれば、神が人を地獄に落とすというのは本末転倒になる。
 それに、僕たち人間が、生きている間、死は存在していない。
 死が存在するやいなや、それは生きている状態ではないのだ。
 つまり、私たち人間は、さみしいけれど、もう存在していない。っ
てことだ。
 そもそも、 死んでいることで苦しんでいる人なんてありえない。
 そう、当時の僕が恐かったのは、死んだらもう存在していないと
いうことだったんだ。
 でも、18年後の僕は、当時の僕のような漠然とした恐怖はない。
 僕が、何が恐いかわかっているからだ。

 それが、僕の回答だ。
 きみなら、どんな回答にする?
 未来の僕。

 
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★★★

 レトリックトレーニングということで、呼びかけ法でトレーニングしてみまし
た。
 呼びかけ法は、複数使うと読者に耳障りに感じることがあるので、多用する事
に注意とありましたが、何回つかっても自然になるように、呼びかけ法をちょっ
と工夫して使ってみました。

 で、この呼びかけ法については、

修辞法について:呼びかけ法、詠嘆法を参照してください。
 

 


 

 

 

 呟き尾形 2006年7月9日 アップ

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