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白い襲撃者

●それぞれの朝 シン・イチジョウ中尉の場合
「何やってんだやろうども、MS(モビルスーツ)の搬入が遅れてんだぞ。
もたもたすんなー!」
 ベテランメカニック主任であるガンズ大尉が、ドックの中でメカニック達
に激を飛ばす。
「まったく・・・・」腕組みをして近頃の若者はと言いたげに、ため息をつく。
「あのー」間の抜けた声がガンズの後ろから聞こえてくる。
「なんだ? 新入りのメカニックかぁ?」
 ガンズは眉間にしわを寄せ、声をかけてきた青年を睨み付ける。青年
は癖のある髪型で、少年のような澄んだ瞳でガンズを見つめていた。
「いえ、その、僕はパイロットなんです。シン・イチジョウ中尉です」
 頭を軽く掻きながら、シンは呟くように言った。
「ほぅ? そのパイロット様が何か? まだ、ご覧の通り、MSは動かせま
せんよ」ガンズは皮肉をこめて丁寧に言う。その態度は仕事の邪魔をす
るなといいたげだ。
「見てみたかったんです」シンはガンズの皮肉など感じなかったのか、目
を輝かせてそう言った。
「ハッ、邪魔にならねーって、約束できるんなら好きにしな、中尉」ガンズ
はあきれ気味に、付き合いきれない。とばかりに肩をすくめて、その場を
立ち去り、部下の監視に目を光らせた。
「ありがとうございます」
 シンはさわやかな笑みを浮かべ、ガンズの背中に敬礼した。

●それぞれの朝 リュージ・サワムラ中尉の場合
「何やってんのよ。もう遅刻しちゃうわよ」
 ここはアナハイム社の女子寮・・・のはずなのであるが、ベットの上には
金髪の青年がいた。
 金髪は、寝起きのせいか、少々寝癖はついているものの、茶色の瞳は
無邪気さを感じさせるが、反面、整った容姿に、引き締まった半裸の姿は、
男の色気を感じさせる。
「あ、悪りー悪りー。
 でも、昨日のアリシアがあんまり素敵だったからさ☆」
 金髪の青年は、アリシアと呼ばれる女性の頬にキスをしてさわやかに謝
った。
「素敵って・・・・リュージ・・・・バカ・・・・」アリシアはリュージを見つめ返した後
に現実に戻る。「って、そんなことやってる暇なんか無いのよ! 入隊式か
ら遅刻じゃ、アナハイム社のテストパイロットはいい加減だって思われちゃ
うでしょ!」
「へいへい」
 リュージは不承不承ベッドから起き上がり、アリシアの作った(トースター
で焼いただけだが)トーストを口にした。

●それぞれの朝 ラグナ・バナードの場合
 ラグナ・バナードは兄弟でホワイトフェザー隊に任命された。
 おとなしげなラグナは遠慮がちに兄に朝の挨拶をする。
「おはよう、兄さん」
 黒い肌の青年はどこか内気な青年ある特有のもじもじしたような、口ごも
る挨拶だった。
「おお、ラグナ、早いじゃないか」
 ラグナの兄、ログ・バナードは、弟のラグナとは対照的に、はきはきとした
声で挨拶を返す。
 ログはすでに朝食を済ませ、アイアンホースに搬入されるMSの整備のた
め、もうすぐ家を出るところだった。
「メカニックの頃の癖が抜けなくてね」
 ラグナははにかみながら兄に言う。
「まぁ、幸い一緒の船に乗れるんだ。俺の腕を信じろ。俺はお前の腕を信じ
らからさ。
 まぁ、アナハイム社のテストパイロットって事になっているが、実戦でのデ
ータ収集だからな。・・・・どうしたラグナ」
「・・・・カバラの頃の仲間は今頃どうしてるのかなぁと思って。
 あのときは命がけだったけど、一番良かった時期だと思うんだ。
 でも・・・そもそも戦争なんてなければ、ミュティスも死なずに済んだのかも
しれない」
「ラグナ・・・・しっかりしろ。ミュティスが死んだとは決まってはいない。俺達に
は新しい仲間が待っている。過去に生きるより、未来に生きろ。ラグナ」
「・・・・うん。兄さん」

●それぞれの朝 グレイ・ルース少尉の場合
 ここは軍施設の男子寮である。
 グレイ・ルースはルームメイトにして同期であるユーロ・ヴィンセントを待っ
ていた。士官学校から2人は何かと一緒だった。
 直情的で行動派のグレイ・ルースと冷静で知性派のユーロ・ヴィンセント
は、対称的な2人だった。まわりの者は皆、2人が常に一緒にいることに
疑問を持っていたのだが、ルースはユーロのことになるといつも異常に感
情的になり、つい放っておく事ができないでいた。ユーロは特に反応は見せ
ないが、まっすぐでうそのつけないルースのことを嫌ってはいないようだっ
た。
「ユーロ! 早くしないと置いて行くぞ!」
「・・・・あ、うん」
 ユーロは手際悪く準備をした後、ルースの後を追い、外に出ると、ナナ
ミ・アンダーソンが待っていた。
「あ、ユーロ遅いじゃない。ルース、しっかりユーロをリードしなくちゃ、予備
パイロットとは言え、アイアンホースに乗るんですからね。私達の期待の星
なのよ」
 ナナミは頬を膨らませ、腰に手を当て、保護者のようにルースを叱るフリ
をする。ナナミとしてはルースもユーロも弟のようなものなのだ。
「あ、そ、そだね」ルースは口ごもり、ユーロを見る。
「・・・・じゃぁ、いこうよ。ルース、ナナミ」小さな声で2人を誘うユーロ。
「そうだな。ユーロ!」ルースはユーロとは対照的に大きな声で応えた。

●それぞれの朝 アグ・ダムス少尉の場合
 一人暮らしのアグ・ダムスは、朝のコーヒーを飲みながら、携帯用のパソコ
ンを叩き、ニュースメールを確認していた。
【平和主義ケネディ議員、コロニーに訪問】
「この世にテロリストがいなくなれば可能だろうが、夢物語だな」
 ダムスはパイロットとしては優秀な成績を収めてきた。しかし、パイロットとし
ての特性なのか、自己主張が強く、独断専行が目立つ。それは彼の鋭い洞
察力が、物事の真実を見抜く能力に長けている反面、彼はそれを言葉にする
能力は人より劣ってるが、それは口下手なのではなく、素直に他人を評価する
ということができないためだ。
 それでいて、皮肉を言う能力には長けているだけに始末が悪い。
 故に、彼の提案は口で説明して、上官に反対される。そこで行動で証明して
やると言った考えが芽生え、結果として良い結果は残せるのだが、その為に
沢山のルール違反や上官の命令無視が続くため煙たがられてきた。
 ダムスはおもむろに携帯パソコンを折り畳み、コーヒーカップをキッチンに置
くと、そのまま新しい上官の待つ港に向かった。
「次の上官は、話の分かる上官だといいな」

●それぞれの朝 ジャネット・ラス少尉の場合
「へぇ、面白いのが入ったじゃない」
 MSデッキでシンとガンズのやりとりを見ていたジャネットが眺めていた。
「おや? お目当ての戦場の王子様が見つかったのかな?」
「あら、アラン。そうね。あなたよりはいい男ね」
「当てつけはやめてくれ。それより、アキラはどうした?」
「ああ、一昨日ふってやったわ」
「だからあんなに落ち込んでいたのか」
「あら、ミラクルアキラも落ち込むことがあるのね。いいじゃない。どうでも。あ
なたに何か言われる筋合いがある?」
「んぐ」
 アラン・ホースはなぜか口ごもる。
「見て、あのパイロット。面白そうだと思わない?」
「シン・イチジョウ中尉。これまでの戦功はすさまじいものがあるな。あれでな
ぜ中尉止まりか不思議なくらいだ。まぁ、年齢のこともあるんだろうがな」
「あら、ずいぶん詳しいのね」
「信用ある情報筋から手に入れた情報だ」
「その情報筋からの回答だが、シン・イチジョウ中尉の作戦失敗、命令違反
が多いのが目立つからな。パイロットは撃墜したMSの数だけでは出世しな
いものだ」
 ジャネットとアランの背後から声をかけてきたのは、金髪のめがねをかけ
た男性だった。
「カインか。久しぶりだな」アランは何かをごまかすかのように視線をカイン
からそらす。
「何を言っている、昨日、飲んだばかりだろう」
 アランはおどけるように肩をすくめた。
「ハッ、そう言うこと。じゃぁ、アランに聞くよりあなたに聞いた方がいいのか
しら? 中尉殿」
「いや、あまり話したくない。私の知っていることは公開されている情報だ。
調べたければ自分で調べろ。少尉」
「了解しました!」
 ジャネットは背筋を伸ばし、正式な敬礼をする。カインも敬礼で応えると、
その場を立ち去った。
「あ〜あ、あんな堅物がホワイトフェザー隊に入るなんて計算外よ。もっと
私好みのアウトローな男達が集まるものだと思ったのになぁ」
 ジャネットはアランにそう愚痴を洩らす。
「そう言うな、お前の新しいおもちゃが見つかったんだろ。だったらトントン
だ。それにカインは俺の同期だ、あんまり悪くいわんでくれ。ジャネット」

●それぞれの朝 ケイス・ウインターホース大尉の場合
「よう、どうだ調子は?」
 頬に傷のある黒い肌のパイロットは、艦橋の艦長席に座るリュウ・カノ
ウに声をかける。
 艦橋にはまだ、オペレーターも操舵手もいないため、カノウ艦長と黒人
パイロットだけだ。
「ああ、ケイスか。久しぶりだな。お互い様々な戦場を駆けめぐったのに、
また再会できるとは思わなかったよ」
「いや、俺はできると思っていたぜ。俺は強いし、お前は狡猾だ。お互い
死ぬわけがない」
 ケイスの口元はシニカルな笑みが浮かんでいた。
「狡猾とはずいぶんだな。まぁ、どちらにしろ、再会できたという事は良
いことだ」
 カノウの口元は、ケイスとは対照的に苦笑していた。
「そう言うことだ。ところで、シンってパイロットの噂は本当なのか?」
「ケイス・ウインターホースとあろう男が迷信を信じるのか?」
「なに、そんなにマイナーな噂じゃないんでな。士気に関わる」
「だったら、その目で確かめればいい。私は彼に何度も助けられた。こ
れは間違いようのない事実だ」
「わかっているさ。俺には死ぬ前にあいつの父、イチジョウ大尉に返さ
なければいけない借りがある。そう、返しようのないでっかい借りがな」

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