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その名はAGA

航海日誌
宇宙世紀0092 ×月×日
 本日、AE社(アナハイム・エレクトロニクス社)より、テスト用の新型の
MS(モビルスーツ)が搬入された。
 書類に目を通す限りでは、量産機としてはかなりの高性能なMSであ
る。
 ZAIR(ゼアー) ブルーヴァージョン、形式番号MSZ-007 B-3。
 性能はリュージ・サワムラ中尉やラグナ・バナード中尉の専用MS、Z
AIRと比較すると、ブルーヴァージョンの方が回避力や機動性が若干高
いようだ。
 この機体が量産されるなら、連邦軍の戦力もかなり充実するだろう。
 このように民間企業にMSの開発を委託することは珍しくない。連邦が
負担する開発経費の軽減につながること。また、既成の概念を打ち破る
自由な発想と自由競争の原理を用いた革新的な技術力の発展が見込
まれ、現実にこの短期間にMSの進化は日進月歩の勢いだった。
 ちょうど、旧世紀末にコンピュータによるIT(Information Technology)
が飛躍的に発展したように…。
 装備はレッドヴァージョン、グリーンヴァージョンのZAIRと同様であるが、
資料上、意図的に修正された後が残っていた。これは、添削中に発見され
たミスだと思われるが、本来ついている装備を隠すためであるのなら、資料
の改竄である。とはいえ、私には他の資料に目を通さなければいけない。と
りあえず、AE社に後で確認をとることにした。
 他に気になる点は、ZAIRはテストパイロットが一緒に来るという点だ。
 確かに、ウィンターホース大尉はパイロット技術が高い反面、MSの使い方
が荒い。イチジョウ中尉はZRF(ゼルファー)という専用機があるし、サワムラ
中尉、バナード中尉も同様である。
 残るはジュゼッペ中尉、ダムス中尉、ルース准尉、それに私、といるが、ジュ
ゼッペ中尉はそのZAIRの加速力など体力面が心配され、ルース准尉はまだ
まだ新米パイロットである。私はそんな柄ではない。しいて言うならダムス中尉
ではあるが、推薦したくは無い。まさしく、虎に翼をつけるようなものだからだ。
ラス少尉もパイロットではあるが、個人的には女性はそういった危険にはさら
したくは無いものである。
 しかし、ZAIRのテストパイロットはエリザ・マーカサス。性別は女性。それも若
干19歳である。驚くべきはそのパイロットとしての能力である。この資料を見る
限り、シュミレーションではエースパイロット並みのデータを残している。
 彼女はニュータイプというものだろうか?
 そんな、疑問が頭をよぎった。

●それぞれの朝 シン・イチジョウ中尉の場合
 ピピッピピッピピッ、ピピピピピピピピピ。
 ベットの上にあるボールのような置物が、電子音で熟睡しているシン・イチジョ
ウを起こす。
「ああ、マル、もう少し寝かせてくれない?」
 シンは布団を頭からかぶり丸くなる。
「ハロ、オキロ、シン」
「オ」
「キ」
「ロ」
 マルと呼ばれたボール型のロボットは布団の塊の上にジャンプして、シンに直撃
した。このボール型ロボットは1年戦争と呼ばれる戦争に現れた天才パイロット、ア
ムロ・レイが開発したという、ロボットである。
「いてて、わかったよ。マル。おきるよ」
 シンは眠い目をこすりながらベットから這い降りた。

●それぞれの朝 リュージ・サワムラ中尉の場合
 カップに注がれた琥珀色の液体は、白い湯気を上げ、高貴な香を香らせる。
 金髪の美男子、リュージ・サワムラは、取って置きのブランデーをカップにたらした。
リュージは満足げに微笑むと、ベッドまで、カップを持っていく。
 寝室にあるベッドには、毛布をかぶった長い黒髪の女性が白い肌を少しだけさら
け出していた。
「眠り姫、白馬の王子のキスだよ」
 そういって、ブランデーの入った琥珀色の紅茶を少しだけ口に含んで、黒髪の女性
にキスをした。女性はこくりと紅茶を口にした。
「あ…」
 黒髪の女性は閉ざされた瞼を開き、まどろみの中でリュージを確認する。
「昨日の夜は夢じゃなかったのね」
「そう、夢じゃ無かったよ。ハニー。悪いけど、部屋に帰るね。また何処か出会えたら
いいね」
「あ、まって」
 リュージはそのまま女性の部屋を出て、ばたんとドアを閉めると舌をだした。
「やっべぇ。昨日は飲みすぎてなんにもおぼえてねぇや。彼女、名前はなんてんだろ。
アリシアには黙っておこう。うん。ああ、今日も遅刻だな」
 などと、独り言を言って、いったん自宅へ帰るリュージであった。

●それぞれの朝 ラグナ・バナードの場合
 ラグナ・バナードは兄のログ・バナードとともにMSのデッキにいた。
 ラグナはもともと、メカニックよりMSパイロットに転向したという異色のパイロットであ
る。メカニックとしての気質が抜けきっていないのも事実である。
「やっぱりZAIRはすごいや。兄さん」
「ああ、90年からスタートしたMS開発計画のなかで、NT対応を目的とした『α計画』と
現行主力機の上位機種開発の『β計画』とあるが、その中でもZAIRは傑作だからな」
 バナード兄弟はラグナの登場するMS、ZAIR グリーンバージョンを満足そうに見上
げる。白と緑のカラーリングのガンダムは、かつて量産型Zガンダムを開発したチーム
の手によるもので、量産とは言えど、そのクオリティーは惚れ惚れするものである。
 実際、メカニックを担当するログはその事実を実感している。
「おい、朝っぱらから兄弟して仲良くしてんのもいいが、やる事やってからにしろや」
「あ、ガンズ大尉」
 ラグナとログは、ホワイトフェザー隊、MSメカニックの総責任者を目の前にして、慌
てて敬礼をしつつそれぞれの持ち場に戻った。

●それぞれの朝 グレイ・ルース少尉の場合
 サーディガンは赤い光に貫かれ、エネルギーに耐えきれずMSの体の中にあるエネ
ルギーを暴発させる。一時の沈黙は光の爆音に変わり、その姿を保つことできず、針
に刺された風船のようにサーディガンがこなごなに爆発する。
「うわーーー!」
 グレイ・ルースは叫び声を上げてベットの上から飛び起きる。ルースの額には無数の
汗の玉が浮かんでいる。
「ルース、また例の夢かい?」
 ルームメイトにして同期であるユーロ・ヴィンセントがルースに声をかける。
「ああ」
 ルースは静かに頷いた。初めて目の当たりにする戦場での仲間の死の夢を毎晩見る。
そこが戦場である限り、特別な事ではない。頭の中では分かっていた。しかし、ルースの
中で割り切れない何かがあった。
グレイ・ルースという青年にとって、ホンロンの死という現実は衝撃が大きすぎたのだ。
 ユーロはそんなルースにかける言葉等無く、悲しげにルースを見詰める。
 ルースは力なく起き上がり、そのままシャワールームへ向かった。

●それぞれの朝 アグ・ダムス少尉の場合
 一人暮らしのアグ・ダムスは、朝のコーヒーを飲みながら、携帯用のパソコンを叩き、ニ
ュースメールを確認していた。
 ニュースメールでは、自分たちの部隊がジョージ・ケネディー氏を救出した記事が大きく
載っている。だが、その戦死者のことは一言も触れていなかった。
 ダムスはこの記事を、軍需拡大をPRする連邦政府の宣伝だと考えている。実際、連邦
政府が保持している軍事力は、敵のいない現代において、無用の長物と報道する新聞社
もあるくらいだ。
 軍隊には生産性のかけらなど無く、ただ消費をするだけの存在である。軍事にかけてい
る数パーセントの予算を福祉にかけるだけで、一般市民が潤う事はいつの時代でも同じこ
とである。
 ダムスはそんなことを考えながら、MSのパイロットらしからぬ発想だな。と苦笑する。
「なに、矛盾してこそ人間さ」
 ダムスはそう呟いて、ハンガーにある軍服に手を掛けた。

●それぞれの朝 ジャネット・ラス少尉の場合
「ねぇねぇ、アラン。新しいMSが来るってほんと?」
 ジャネット・ラスはアラン・ホールズに声をかけた。
「相変わらず、耳が早いな」
「へへん、地獄耳が特技でして」
 ジャネットは胸を張って、鼻を高くする。
 アランはあまり感心できんな。と呟きながら口元をゆがめる。
「あ、ジャネット少尉、どうされたんですか?」
 ジャネットとアランの会話に入ってくるのはナナミ准尉である。その後ろに隠れるように気
弱な青年、ユーロ・ビンセント准尉もいる。
「はは、アナハイム社からテスト用MSが搬入されるの」
 ジャネットは、ふたたび鼻を高くする。
「新型がさらに追加されるんですか? パイロットはだれなんです?」
 ナナミの問いに、ジャネットは肩をすくめる。すると、ユーロがビクッとして、後ろを振り返る。
ジャネット、ナナミ、アランはユーロが見た方向をいっせいに見ると、一般人のような一人の
女性が歩いてきた。
「艦長室はどこかしら?」
 ジャネットは突然の無愛想な訪問者に唖然とした。
 彼女の名札には、エリザ・マーカサスと記されていた。

●それぞれの朝 ケイス・ウインターホース大尉の場合
 一方、その艦長室では、リュウ・カノウ少佐とケイス・ウィンターホース大尉とカイン・アベル
中尉、が話していた。
「はぁ? おい、艦長、本当か?」
 ケイス・ウィンターホースは、眉間に皺を寄せて不満な表情を相手に見せつける。隣にいる
アベルも無言で同意している。
「ああ、アナハイム社からの強い要望だ。仕方あるまい」
 AE社第13開発局局長、ローザ・プロテールからの強い依頼により、ホワイトフェザー隊に
新たに新型機「ZAIR・ブルーバージョン」とテストパイロット一名を加える事となったことにつ
いて伝え、現状ホワイトフェザーのMSを調達できたのはローザ女史の力が大きい以上、断
る事は出来ないことをその一言にまとめていた。
「決定には従いますが、テストパイロットは一般人です。模擬戦ぐらいの参加は認めても、実
戦は認められませんね」
 アベルはメガネをかけなおし、生真面目に艦長に主張する。
「正論だが、実戦もあれば起用するようにとの、上からの命令だ」
「ばかいえ、シロートなんかに出られた日には、命がいくつあっても足りないぜ。おい、艦長、
しってるだろ。ション便漏らしのケネディーが実戦に出たときの話を」
「ああ、知っている。だた、実戦テストをしたいから、ホワイトフェザー隊にMSが搬入したん
だろう」
 カノウは固有名詞を出すことを避けながら、自分たちの微妙な境遇を嘆くように言う。
 たしかに、 「アイアンホース」はAE社において、建造途中で保留となっていたネェル・アー
ガマ級の3番艦であり、突貫作業による建造の艦であった。
 その為、何ら新規装備は無く、1番艦とほぼ同様の仕様となっている。
 搭載機に関しても、ジェガン等の新型機の配備が望められず、かといってグリプス戦役時
代の一部の高性能機も既にその大半が廃棄され、残った物も他部隊に配備済みであった。
その為「実戦テスト」を名目にAE社より試作機、先行量産機を無償貸与された形をとり、何
とか定数を合わせている始末だった。
 その上、人材面においても、カノウ自身を含め、似たようなものであることは、考えないよう
にしていた。
「オレは責任もてねぇぜ」
 たまらん。いいかげんにしてくれ。という言葉を使わないだケイスは我慢した。と評価すべき
だろう。
「それでも、責任者は大尉ですよ」
 皮肉を言うでもなく、アベルの冷静な指摘に、ケイスは苦虫をかんだような顔をした。

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