冬に花咲く寒椿
つややかな葉に、真紅の大輪の花をつける椿は、冬に花咲く花であ る。椿の葉と花には純白の雪が積もり、椿の花の魅力はいっそう際立 つ。 その日は酷い吹雪だった。 特魔官になったばかりの鏡輝は、特魔官であることを示す、手の甲 にあるタトゥをしている。このタトゥは一般には特魔官であることを 証明するための警察手帳のようなものとして認知されているが、実は、 特魔官が特殊な超能力ともいえる魔法を使うために必要なものであっ た。 鏡輝は、遭難事故に見せかけた妖魔事件の疑いのある事件を追って いた。 地の利を得ないスキー客を吹雪の時に助けるのを装って、襲いかか るのだ。現在の所、ある一定のエリアで発生しているのだが、地元の 人間は妖魔が現れると言う事実は公式には認めなかった。観光客の現 象を招くことを恐れていたのだ。 ゆえに、地元の人間は非協力的、地元の議員からの圧力も加わり未 だ妖魔事件と断定できないでいる。 いくら様々な特権を持っている特魔課と言えど、妖魔事件と断定で きない事件を表沙汰に調べることもできないでいたのだが、その日の 吹雪に遭難者が出たとの知らせがあった。 こう言った状況では遭難者の捜索に猫の手も借りたいといいたげに、 煙たがられていた特魔課が地元民から捜索の協力要請が出た。 この協力を得た特魔課はすぐさま鏡輝らを差し向け、捜索に当た らせた。捜索と同時に妖魔事件の調査を行えと言うわけだ。 そして、吹雪の中で椿の花が首から落ちた時。悲劇の幕は切って落 とされた。 鏡輝は防寒具の上からでも分かる鍛え上げられた体格の男だった。 輝のゴーグルから覗かれる視線は鋭く、獲物を探す猛禽類を思わせる。 視界の悪い中、小屋の光を見つけた鏡輝は単独でその小屋に向かっ た。もともと直情型で独断専行の色が強い性格であり、この状況で連 絡を取っていたら間に合わないかも知れないからだ。 輝が小屋にたどり着くと、案の定、遭難者と思われる女性が人魔に 襲いかかられる所だった。 人魔の足下にはすでに精気を吸われた男性の体がゴミのように転が っていた。 「まちやがれ!」 輝は視界を妨げるゴーグルとマフラーを投げ捨ると、精悍な顔つき と、右頬にある傷が現れた。輝が小屋に飛び込み人の形らしき者を取 っている人魔に殴りかかる。氣の込められた拳には人魔にかなりのダ メージを与えたようだ。 声にならぬ断末魔が上がったとき、輝は一瞬だけ気がゆるんだ。勝 負がついたと思ったのだ。 人魔は輝の背後の存在を確認し、妖艶な笑みを浮かべる。 輝はその不気味な反応に振り返った瞬間、巨大な三目の狼に襲いか かってきたのだ。 輝はとっさに身構えたものの、肩に魔獣の牙が食い込む。 「ぐおおおお」 輝は気を込めた手刀を魔獣の右目に叩き込むと魔獣は悲鳴を上げて 輝から離れる。 鏡は特魔官になることで身につけた魔法、気功法をつかったのだ。 輝はそのまま身構えるが、視界の半分以上が止みにさらされる。一 気に出血したために、意識が遠のいたのだ。輝はたまらず片膝をつく と、魔獣と人魔は、その隙に小屋から逃げ出した。 (ック、結構、傷が深いな) 輝は遠のく意識の中、一輪の椿の花をつかみ握り締めた。 (沙羅・・・ダメかもしれない・・・だ、だれだ?) 輝は、人の気配を感じつつ、そのまま意識を失った。 病院は吹き荒れる吹雪に身をさらしそびえ起っていた。 看護婦である美雲沙羅は夜勤だった。 長い黒髪は光の当たり具合で黒と言うより青く光り、指を通せば砂 のように流れてしまえそうなほどきめが細い。その黒髪に新雪よりも 白く感じさせる肌は日本人形を連想させる。 沙羅は細い両手で頬杖をついて、ぼんやり外を眺めている。 「輝、気をつけてね」沙羅はそう呟いた。 酷い吹雪だったが、入院患者の方は特に異常もなく、無事に終わる はずだった。念のため、遭難者が出た場合の緊急態勢は万事整えてい る。 「沙羅、急患だ!」 看護婦室に入ってきたのは矢吹更太郎。恋人の鏡輝の幼なじみで、 この小さな病院を継ぐことになっている男だ。この男に何度か求婚さ れたことはあったが、鏡輝という恋人がいるとつげ、その度に断って きた。 実際、更太郎はハンサムで女性に優しく、頭も良い。沙羅も更太郎 のことは尊敬すらしている。たまに、女性がらみの噂は耳にするが、 大抵は女性の方が一方的に熱を上げている場合が多かった。それは、 実際に相談相手になっている沙羅がよく知っていた。 色白で、華奢な体格と、冷静沈着で物静かな性格は輝とは正反対の 性格だった。 「はい、先生」 沙羅は急患室に向かうとそこには巨大な狼によく似た動物がいた。 白兎のような毛並みの狼のような動物は、右目に痛々しい傷から真 っ赤な血が流れていた。 「魔獣?」 最近よくマスコミが騒いでいる妖魔と呼ばれるものがあることは知 っていたし、遭難事件もそれが関わっているだろうと言う話は、輝か らも聞いていた。 だが、実際実物を目の当たりにすると、さすがにそのショックは大 きいことを自覚する。そんな沙羅に更太郎が後ろから抱きしめる。 「な、なにを!」 「沙羅、君が悪いんだ。君が僕を拒み続けるから僕は妖魔に体を貸し て、沢山の人の命を奪ってきた。 人の命を助けるはずである医者である僕がだよ・・・・。 そこの魔獣は、このままここで休めば再生するよ。 デモ、ボクハモットモット、ツヨイヨウマニナッテ、アキラヲコロ スンダ」 「何を言っているの? 先生?」 「やっと君と一つになれる。彼女は僕の精気と沙羅の精気を食べて上 級妖魔になれる」 上級妖魔。妖魔がどのように生まれてくるのかは謎に包まれ、そも そも生命体であるかどうかもわかっていなかった。 ただ、妖魔にもいくつかランクがあるらしく、下等動物のような妖 魔と呼ばれる下級妖魔、獣のような魔獣とよばれる中級妖魔、直立2 足歩行をする人をかたちどった人魔と呼ばれる上級妖魔である。 そもそも、その生態は分かっていないのだから、更太郎が言うよう に人間の精気を捕食すれば、魔獣が人魔になることも、仮説として存 在しても、所詮憶測に過ぎなかった。 そして更太郎は、沙羅の驚きように狂喜し、今にも発狂しそうな笑 みを浮かべた。 「キャハハハ、あいつは確かにそういった。 僕の更太郎の更と沙羅のサをとって更紗(サラサ) サラサ。ソレガカノジョノアタラシイナマエダ」 次の日の朝、死体は3体上がっていた。観光客のカップルの死体と、 矢吹更太郎のひからびた死体である。 そして、三雲沙羅が行方不明となった。 それ以来、その小さな町での妖魔事件の疑いのある事件はぴたりと やみ、これまでの事が嘘のような平和な村の生活が舞い戻ってきた。 輝の机の上には、自分と更太郎、そして笑顔がまぶしい沙羅写真が 置いてあった。 輝はそれを切なそうに長めていると、同僚の北条が声をかけてくる。 「よぅ、輝。なに落ち込んでいるんだ。大丈夫だよ。沙羅さんは生きてる よ」 「ああ、北条か、そうだな。沙羅は死んだと決まったわけじゃない」 「それと、吹雪の日、おまえを助けた奇特なやつももわからずじまいか」 輝は苦笑して、北条の質問に答えた。 |