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神社に咲く彼岸花

 

 

 

 

 

 

 

 


 特魔官には休みが無いといわれる。
 過酷な訓練と不眠不休を要求される過密なスケジュールを要求される特魔
官にとって、唯一安堵する時間は食事の時である。
 鏡輝は雷雷軒と言う近くのラーメン屋で食事をとっている。さほど人がいるわ
けでもないが、座席も少ないこともあり、すでに満員となり、体格の良い鏡とし
ては、文字通り、肩身の狭い思いをしている。
 こじんまりして古ぼけた店だが、どこかこぎれいで、掃除は行き届いてお
り、適度な汚れが、緊張感をやわらげさせ、来る客に安心を感じさせる。
 味の方も、全国のラーメンの店の雑誌の記者がはるばる関東から取材に来
ることも珍しくはない。
 嘘かホントか分からないが、ラーメン屋の親父は、妖魔事件が表沙汰にな
る前から、妖魔の存在を薄々感じていたと自慢げに言う。
 妖魔のことについてはそれなりに知識があるが、個人レベルで調べられる
ことなどたかが知れている。
 なにはともあれ雷雷軒の主人は特魔官を何かと優遇すると言うことでなか
なか有名である。特魔官から少しでも妖魔の情報を聞き出してやろうという
下心があるのだろうか...。

 そう言ったわけで、昼時にはすっかり特魔官でいっぱいになる。
ズル、ズルルルルルルルぅ
「うめぇ」
 輝は、ラーメンの麺を大量に流しこみ終わると、満足そうに舌鼓を打つ。
「いやー、ほんまに鏡さんはうまそうにラーメン食いなはるなぁ」
 感心したように言うのは姫ノ樹桜。
 さくらは、男性物の特魔官の制服を着こなし、猫科の動物を思わせるよう
なしなやかさを感じさせる。その中には、男性には出せない魅力がいくつも
あった。さらに、さくらを特徴づけるのは、純粋な日本人のはずだが、前髪
の1部分は銀色のメッシュでもつけたかのような色だ。しかし、本人はその
原因を明かさず、謎である。これは、様々な特権を持っている特魔官とはい
え、日本の公務員である。その公務員がメッシュを常につけている等という
ことはあり得ないので、輝はさくらがそう言った体質なのだろうと邪推して
いた。
「そだよねぇ、鏡さんって体を動かしているときと食べてる時って、何か生
き生きしてるよね?」
 さくらの言葉に同意しつつ、鋭い指摘をしたのは、一見さくらより年下で
あろう御神楽真珠である。もっとも、実年齢は真珠の方が上なのだが・・・・。
 真珠はニッコリ笑みを浮かべ、いくつも結われた三つ編みが特徴的で、可
愛らしい顔付きに初対面の人間は、つい真珠を子供扱いしてしまうが、大き
な瞳には意志の強さ、芯の強さすら感じさせる。
「そうやね」
「おいおい、それはないぜ、さくら、真珠。まるで俺が役立たずみたいじゃ
ないか」 輝が肩をすくめてそう嘆いた。
「え? ちがうの?」さくらのレスポンスは、まったく躊躇なく、あまりに
も早かった。
 特魔官とはいえ、課の違う3人がこうして知り合いなのは、決して偶然で
はないのかも知れない。
 輝、さくら、真珠は同じ日のことを思い出しはじめた。

 輝に対して、さくらと真珠が役立たずと指摘する妖魔事件の日は確かに
晴れていた。
 しかし、晴れていたとはいえ、薄い雲が張り巡り、どこか空気が重く、空
の色をくすませていた。普通の人間でも何か不吉な予感を感じさせるよう
な、そんな不可解な日だった。
 静能寺舞は舞師である。
 舞師とは、一般に雅楽寮などの指導者を指すことが多いが、静能寺家の舞
師は神にその舞を捧げる者を指している。その舞は、一種の魔術的な効果を
現す。
 舞は名もない神社の境内にある社を見る。社の周りには軽い結界は張って
あるが、物の怪のたぐいをよせつけない程度の弱いものである
「鬼門にこの神社・・・・妖魔が封印されていると言う噂は本当みたいね」
 舞は高校時代の親しい友人から親戚が不思議な病気にかかったので相談に
乗って欲しいと言われた。そして、その家の北東・・・・鬼門の方向に神社があ
ると話を聞いてその神社まで足を運んだ訳である。
 親友の親戚の名は黒鬼牛蔵。25歳、男性。フリーターで現在、運送会社
のアルバイトをしている。
 体格がよく、性格も特に変わったことがなかったが、彼の部屋は異様なほ
ど牛にこだわった装飾で、置物、ポスターすべて何かしらの形で牛が関連し
ていた。
 実際、舞に相談した友人も彼の牛フリークというより、オタクぶりには閉
口していた。従兄弟でさえもそう思うのだから、舞の心中までは言うまでも
ないだろう。
 そこまでして、牛にこだわる理由は自分の名前に「牛」の字があるからと
いう単純な回答だった。その牛蔵が病気になり、1年になる。
 病状は時折、自分の先祖が牛であると主張し、その為の儀式を行わなけれ
ばと半狂乱になって牛の物まねをするというものであった。
「そこで何をやってるんや?」
 舞に声をかけたのは特魔官の制服を着たさくらだった。さくらの隣には真
珠がいる。さくらは何日か前に妖魔による殺害事件の捜査のため、日頃から
現場近くを巡回している真珠と共に、この神社までやってきたのだ。
「え? その・・・・」突然の職務質問に、舞は思わず口ごもっている。もっと
も、一般人であれば、何をしたわけでもなく、特魔官に職務質問をされれば
舞と同じ様な態度をとるだろう。
「あ、いいんだよ。昨日、この当たりで事件があったから、その調査に来た
だけなんだ。私は神楽、こっちは姫ノ樹だよ」
 真珠は微笑みながら、身分証明書である、手の甲にある魔法陣のタトゥを
見せる。
「ちょっとした事件? どのような事件ですか?」
「それは・・・・」真珠が言いかけると、さくらがそれを遮った。
「いいえ、大したことはありません。その原因の捜査が私の仕事です」
 さくらは凛とした声で明瞭に答える。
「そうですか・・・・」
 舞は目の前の特魔官に自分がここに来ている理由を話すべきか迷っていた。
「あ、あれを見て!」
 真珠が社の扉を指さすと、その先には、扉に張られている呪符らしきもの
がはがれかけている。
(あの中に封印されていたはずの妖魔がとりついたのかしら?)
 舞は一瞬そんな考えが思いついたが、その判断をするためにはあまりにも
情報不足だった。

 しばらく眠りについていたミミズくびりは、地上の方から突然感じられた
妖気に目を覚ました。もっとも、ミミズには目がないので正しい比喩にはな
らないが・・・・。
(なんだか、地上では面白そうなことが起こっているみたいじゃのぉ・・・・3
つ、3つも妖魔が解き放たれた)
 ミミズくびりは触手と巨大な口をうごめかせ、久しぶりに日常の様子を見
に出ることにした。
 ミミズくびりは地上に上がると、鯣を噛んだ老人の姿に変身した。
「おお、あそこじゃ」
 ミミズくびりは嬉しそうに神社に向かい、木の陰から、彼女達の様子を観
察するようにのぞき込んだ。

 さくらと舞と真珠が社の扉に視線が釘付けになっていると、不意に社の扉
が開く。
 そこからは黒光りする黒牛が前歯をむき出しにして残忍な笑みを浮かべそ
の姿をゆっくりと表すと、頭から下は人間のそれで、腰に布を巻き付けたボ
ディービルダーのようだった。ここにいる3人は例外無く牛頭の怪物が妖魔
であることを確信する。
「ふもぉぉぉぉぉぉ」
 奇声と共に牛頭の妖魔は、前にある全てのものを破壊する勢いで、一番近
くにいた舞に向かって突進する。舞は、とっさのことに体が動かない。
「あぶない!」
 真珠が悲鳴に近い声を上げている間、さくらは冷静に状況を把握し、魔術
の詠唱を唱え、近くにあった狛犬に舞を助けるように命じる。
 今まで石像だった狛犬は、生きている犬のように動き出し、舞の襟首を咥
え、牛頭の妖魔の突進の進路から舞を助け出す。狛犬はさくらに対して、誇
らしげに胸を張る。
 どががががん
 牛頭の妖魔が勢い余って真赤な鳥居に衝突し、鳥居が耐えられずに倒れた
のだ。
「なんて力なんや」
「私達だけじゃどうにもならないね、応援を呼ぶね」
 真珠がそう言うと懐から紙の札を出し、魔術の詠唱を終えると、その紙は
ハトに変化する。式神である。真珠は式神の足に緊急事態を伝える赤い紐を
結びつけ、飛びたたせる。真珠の作り出した式神は他の特魔官のいる妖魔対
策本部へ飛び立ったのだ。

 輝はそのころ、平和な一時に、自分で煎れたコーヒーをすすっていた。濃
いめのコーヒーの好きな輝と同じ好みの特魔官はいない為、自分の分は自分
で煎れる事になっていたのだ。
 輝は一息付きながらハッキリしない空を何気なく眺めると、真珠の放った
ハトの式神が視界に入る。
 輝は、ハトの足には赤い紐が結んであったのを確認した。
「おい、最近おきている事件でパトロールに出ているのは例の神社だよな?」
 輝は同僚の北条に問いかけると、北条は無言でうなづく。
 輝はそれを確認すると、「緊急事態だ!」。空を舞うように上着を羽織り、
現場に直行した。

 そのころ、さくら、舞、真珠の3人は恐ろしく凶暴な牛頭の妖魔と対峙し
ていた。すでにさくらを主人と崇める狛犬は砕かれ、境内にある樹や石段は
破壊されていた。
 舞は恐怖と混乱で何もできず、さくらと真珠は応援を待ちつつ、舞を守り
ながら牛頭の妖魔と戦っていた。
「あなた。そう、あなたよ。私達が囮になるからここから逃げてーな」
「え? でも」
「『でも』じゃないよっ 妖魔からキミ達を守るのが使命なんだもん」
 と3人の乙女が話している間に、牛頭の妖魔はニヤリと笑い、思いきり大
きく息を吸い込んだ。
(まずい)
 咄嗟にさくらはそう直感すると、舞を抱えてその場に伏せ、同時に真珠に
も伏せるよう視線で合図する。真珠はさくらの合図を受け、訳も分からずそ
の場に伏せた。
 さくらの直感は的中し、牛頭の妖魔の口から放射状の火炎が吐き出さる。
3人の身代わりに社が囂々と燃え、その様子は境内に赤々と咲く巨大な彼岸
花だった。

 一方、輝はバイクのエンジンに鞭を打って現場に急行していた。
 突然、輝の進行方向に人影が立ちふさがる。
 輝はバイク急ブレーキをして、バイクを寝かせて辛うじて急停止する。
「くっくっく、美味そうな人間だ」
 輝の前に立ちはだかった人影は、すでに正気を失ったうつろな目で、よだ
れを流しそう口にする。
「オレはあの人の言う通りにしたから、もうすぐ鬼になる。黒鬼牛蔵から、
鬼になるんだ。おまえをくらってなぁ!」
 牛蔵は輝の両肩を抑え、輝の首筋に噛み付こうとする。輝はとっさに黒鬼
の口に頭突きをする。黒鬼は口を抑えておびえた目で輝を見る。
「あががが・・・」
「どうやら、痛覚はあるみてぇだな」
 輝が指をパキパキならして、黒鬼をにらみつける。うずくまる黒鬼。
「ああ、いたい。痛いよぉ。ゆるして。だって、あの人が神社の札を取れば
強くなれるっていったんだもの」
「ああ、そうか。じゃぁ、た〜んと仕置きしておこうかな」
 輝はボキボキゆびをならして、黒鬼を威圧する。
「や、や、やめて!」
 輝は恐怖で震える黒鬼に殴りかかり、寸止めする。
 しかし、黒鬼には刺激が強すぎたようだ。その場で泡を吹いて気絶してい
た。
「やべぇ。やりすぎた」
 そう、輝が独り言を呟くと、後ろから遅れてやってきた北条が車に乗って
やってきた。
「わりぃ。こいつを頼む。俺は現場に急ぐよ。なんか札がどうのこうのって
いってたから、妖魔事件に関係しているかもしれない」
 輝がバイクを立ててエンジンをかけていると、北条は呆れ顔で輝を見てい
た。
「ったく、また始末書か?」
「ばかやろう、始末書が怖くて特魔官やってられるか」
 輝の捨てセリフに北条は点を仰いだ。

 輝の目指す目的地では、3人の乙女が奮戦していた。彼岸花のようにもえ
さかる神社に照らされる乙女達は戦乙女のヴァルキリーに酷似していた。
「大丈夫?」とさくら。
「はい。何とか・・・・特魔官さん・・・・私・・・・舞師なんです。だから、私の身は
自分で何とか守れます。
 今までは、突然のことで何もできませんでしたが、今なら何とか出来ます」
「でも・・・・」
「『でも』じゃありませんよ。この状況なら・・・・」
 舞はさくらにあることを耳打ちしてからウィンクして微笑む。
「大したもんやで、実際」
「さくらさん! 危ない!」
 さくらと舞に警告したのは真珠である。さくらと舞が会話をしている間に、
牛頭の妖魔が2人を狙って再び炎を吐こうとする前兆である。
 すると、舞はその場で神楽舞を舞う。真珠は何をやっているのかと心の中
でやきもきしたが、さくらが不敵にも牛頭の妖魔に向かって走り出す。
 牛頭の妖魔は飛んで日にいる夏の虫だといいたげにニタリと笑い、そのま
ま炎をさくらに吹き付けるが、さくらは平気な顔で懐から拳銃を取り出し牛
頭の妖魔の体に鉛の玉を打ち込む。
「今や! 真珠! 妖魔相手には時間稼ぎにしかならへん」
「はい!」
 真珠は呪符を取り出すと、呪符が中華刀のような剣となり、真珠はそれで
牛頭の妖魔に斬りかかる。
 牛頭の妖魔は、目の前のさくらに気を取られ、反応がにぶった。真珠のす
ばやい斬撃は見事に牛頭の妖魔を切りつけた。
「ぶももぅぅぅぅぅぅ」

 同じ頃、燃える境内での戦いを見ていた皇牙は、馬のような下半身に上半
身は戦国時代の武者のような姿をしており、4世紀以上前の亡霊の様にも感
じられた。そんな、皇牙は芯から、あの牛頭の妖魔と戦いたいと思った。
「互角か、それ以上と見た。人間ごときに殺されるよりも、あたいと戦って
死ぬ方を選ぶだろうよ」
 そう呟くと、その場から姿を消し去った。

 崩れる牛頭の妖魔を前に舞は封印呪符を取り出した。
「用意が良いんやな。でも、あたしら、妖魔を封印する魔術を知らんのや」
「え・・・・特魔官なのにですか・・・・」
 舞は唖然としたその時、その呪符は炎に包まれた矢によって射抜かれた。
 皇牙である。
「悪いが、その牛はあたいが預かる」
 皇牙は疾風のように弱った牛頭の妖魔を抱えると、蜃気楼のように消えて
しまった。

 輝が現場に到着したのはその少し後だった。無線で消防署に連絡を入れる
など、事後処理を進めた。

 輝、さくら、真珠が同じ日の記憶をたどり終えると、一瞬、何とも言えない
間が空いたが、さくらがまっさきに口をひらいた。
「結局、あのとき輝さんは、な〜んにもやらへんかったんじゃない?」
「んぐ、そ、それは言わないでくれ」たじろぐ輝。
「そうだよぉ、私達がぐったりしている間に事後処理をしてくれたのは鏡さ
んだけど、もう少し早く来て欲しかったなぁ」
 輝にとどめを刺したのはさくらではなく、真珠だったようだ。
 輝は力無く立ち上がり、雷雷軒で食べた3人分の昼食代を出し、その場を
去ったのであった。





あ、これは読んだな、タイトルへ戻ろう(^∇^)