ホーム > 目次へ > 小説    >     鬼たちの挽歌

月夜に香る月下香

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森の中。少しだけ厚みの帯びた白い花びらの水仙の花に似た花がある。その
花は昼の太陽の光をまぶしそうに空を見上げていた。
 その花の名をチューベローズと言う。チューベローズは茂みの影から妖魔達
を覗いていた。
「勝負して貰おう」
 半身半馬の妖魔。皇牙は目の前の牛頭の妖魔に言う。
「ぶふーぅぅぅ」
 牛頭の妖魔は皇牙など眼中など無いように、自分の閉じこめられていた神社
に足を向けた。
「き、貴様!」
「ホッホッホ、その妖魔は自分の使命を良く心得ているようじゃの」
 カッカする皇牙に言葉をかけるのは、ミミズくびりだった。ミミズくびりは
ミミズの名に恥じぬ無数の節をくねらせる巨大なミミズだった。その体は地中
から飛び出しており、全ての大きさなど予測は出来なかったが、今、ミミズく
びりが口だけのある頭(とはいっても何処までが頭かは明確な区別は付かない
が・・・・)だけでも、かなりの大きさである。
 さらに、ミミズくびりの体の所々には様々な形をした触手が無規則に生えて
いるところでその異形さを強調している。
「どういうことだ!」
 皇牙が叫ぶと、ミミズくびりはやれやれといいたげに、鯣を咥えた老人に変
化する。
「あの神社には牛鬼玉、鬼切丸、般若鏡の3つの祭器の一つである牛鬼玉が祭
ってあったんじゃよ。牛鬼玉は人の魂を吸い取り、鬼切丸は人の心に住み着く
鬼を斬り殺し、般若鏡は人の中の魂を覗き、操ることが出来るという」
「それがどうしたんだ!」と皇牙。
「やれ、せっかちな妖魔じゃ・・・・手短に話せば、その祭器そのものがあの獣頭
鬼の本体なんじゃ。
 まぁ、何者かがこれら祭器に瘴気を集めて妖魔に仕立て上げたというのが正
確なところじゃな」
 ミミズくびりはそう言い終えると、咥えていた鯣が落ちそうになり、鯣を咥
えなおす。
「って、ことは、その玉を奴に渡せば、あたいと勝負してくれるんだな?」
「ま、まぁ、そう言うことかの・・・・」
 ミミズくびりは白い髭を撫でながら曖昧な口調で明後日の方向を見てごまか
していると、皇牙はすでに牛頭の妖魔の後を追いかけていた。
「しかし、せっかちな事じゃ・・・・」
「ねぇ・・・・今の話、ホント?」
 ミミズくびりの頭上から甘い女性の声がする。ミミズくびりが見上げると、
木の枝に三目の犬型の魔獣とその上に横たわる、人型妖魔がいた。彼女は頭の
上には犬のような耳があり、体にはきわどい水着のようなラインで犬の毛が生
え、その素肌を隠していた。
「ああ、この土地のガイドにそう載っていたから、本当の所はしらん。じゃが、
牛鬼玉で狩りを楽にしようと思っているなら甘い考えじゃぞ。
 もう一度言うが、あの牛鬼玉があの牛頭の獣頭鬼なんじゃからな」
「ふ〜ん・・・・じゃぁ、あれを倒せば良いんだ!」
「・・・・簡単に言うがお主」
「私、更紗っていう名前があるのよ、ね、羅更」
 更紗がそう言って、下にいる魔獣に同意を求めると、魔獣は「バウ」と一言
返事をした。
 ミミズくびりには、それが肯定か否定か判断が付かなかったが、昼間の日差
しはまぶしいので地中でまた休むことにした。
 そこに残されたのは蝋細工のような乳白色の花びらをもったチューベローズ
だった。

 夜。牛切若神社に訪問者がやってくる。既に白髪交じりの神主は20代の若
い訪問者を怪訝そうにみる。
「こんな月夜は月下香が似合いますよねぇ。そうそう、月下香は、神器を守護
する鬼達の力を衰えさせます。鬼達がいなくなれば、神器は思いのままに使え
ますよ。
 なに、他意はありません。玉手箱をお渡しにきました。この玉手箱をあける
と、あなたの願いがかないますよ」
「なんだと?」
「年は取りたくない。そうでしょう? 神器が扱えないのは、守護する鬼達が
いるからです。神器を思うように使ってみたい。そう思いませんか?
 まぁ、気が向いたら開けてみてください。この玉手箱には月下香の香とあな
たの協力者が眠っています」

 御神楽真珠は女性用の特魔官の制服に、マリーゴールドのような満身の笑み
を浮かべる真珠は6房の三つ編みも手伝って、実際の年齢よりも幼く見られが
ちだ。
 そんな真珠の日常はパトロール中、任務でもないのに、小学生が小遣いの入
った財布を落としたのを見つけると一緒に探したり、大きな荷物をもった老婆
を見つければもってあげたりしていた。
「いやー、とくまかんというのは最近のお巡りさんより親切だねぇ」
「いやー、それほどでも・・・・」
 真珠は照れながら頭の後ろを掻こうとしたが、沢山の三つ編みが邪魔して掻
けない。
「そうそう、おじょうちゃんは、牛切若神社の般若様の昼の顔みたいだねぇ」
「般若ってこーんな顔のおっかない顔の人でしょ?」
 真珠は両手で目と口をつり上げた顔を作る。
「ああ、それは月下香の香が薫る夜の顔じゃ。昼の顔は、お嬢ちゃんの顔みた
いに優しくて美人なんじゃよ」
「え? そうなの?」うれしそうに言う真珠。
「ああ、般若様は鬼切丸様がずうっと守っとうた牛鬼玉という祭器を鬼切丸様
が死んだ後も守るために鬼にでも何でもなるんじゃ」
「へぇ・・・・鬼切丸様ってだれなの?」
「この世にはびこる鬼を斬る神様じゃ」
「鬼って妖魔?」
「いんや。鬼はほら、ここにもいるんじゃよ」
 そう言って老婆は真珠の胸と自分の胸を指さす。そして、老婆はきょとんと
する真珠を見て満足そうに頷くと、そのまま腰を曲げて、自分の体ほどの大き
さの荷物を背負い、真珠に「ありがと」と一言言って、目の前の自宅へ帰って
いった。
 真珠は老婆を見送ると、額の汗を拭う。一息着いた真珠の視界に清楚な女性
の代名詞である静能寺舞を見かける。
 真珠と舞は、大和武尊学園の卒業生でもあり、いろいろな事情も重なって顔
見知りでもある。
「あ、舞ちゃん、どうしたの?」
「いえ、ちょっと牛切若神社へ」
「そうなの。気をつけてね」
 真珠の言葉に、舞は笑みで答え、神社に足を向けた。
(牛切若神社かぁ・・・・あそこの神主さんは気むずかしいお爺さんなんだよなぁ
・・・・まぁ、舞ちゃんなら大丈夫だよね。そういえば、月下香って何のことだろう?)

 静能寺舞は神社に納められていた牛鬼玉が封印されているという箱を目の
前にしていた。30代ぐらいの神主と舞のいる部屋の中の奥には水墨画の掛
け軸と、水仙のような乳白色の花が甘い香りを放ち花瓶の中でじっとしてた。
 神社の神主はは無表情のままその箱の蓋を開ける。
 箱から姿を現したのは、昔は鮮やかであったであろう赤い古ぼけた重箱。
 その蓋が開けられると、メロンのような編み目が彫られた石が姿を現す。
 先日、舞は獣頭鬼に襲われたのだが、なぜ、あの神社にあのような妖魔が
封印されていたのか、気になってしょうがなかったのだ。そこで、図書館でそ
のことについて調べていると、この牛鬼若神社に代々伝えられている祭器の
守護神とよく類似していた。
 そこで、神社に奉納されている祭器の一つである牛鬼玉を見せて貰うことに
なった。
「これが牛鬼玉ですか」
「はい。言い伝えではこれで人の精気を少しづつ吸い取り、様々な祭事の儀
式に使ったと伝えられています。
 なに。
 これは、魔法とかそんな不思議な力などありはしません。
 昔は他に鬼切丸、般若鏡がこの神社にあったのですが。鬼切丸と般若鏡
は、はずかしながら先代が質屋に売ってしまったのです」
「し、質屋に?」舞はあまりの非常識さに絶句する。
「はい。まったくもって情けない話ですが、こちらにもいろいろと事情があった
のです」
 神主がそう言うとちょうど、振り子の時計の鐘が5回なった。舞が外を見れば、
空は赤く染まり、月もうっすら円を描いていた。
「あ、私、もう帰らないと・・・・」
 そう言って舞は帰ろうと立ち上がると、突然めまいを起こす。体中の力がどこ
かに抜けていくようだ。
(え? なに、力が抜ける・・・・牛鬼玉のせいなの?)
 舞がそう神主に問いかけようとしたが、声にはならなかった。
「そうですよ」神主は舞の表情からその問いを察したように答え、言葉を続ける
「そして、あなたは般若様復活の生け贄となるのです・・・・」
 舞は神主の顔を見ることなくその場に倒れ込んでしまった。
 神主はその場でほくそ笑みながら、立ち上がる。全てが計画通りだといいたげ
だった。
「フフフフ、あの奇妙な男の言った通りだ。この祭器には力が宿っている。
おかげで若かりしこののあの時のワシに戻っている」
 その一部始終を天井裏で覗いていた妖魔がいた。一足先に先回りした更紗
である。
(へぇ・・・・あれが牛鬼玉・・・・。別にあの男の精気を今吸っても良いけれど、何か
むかつくのよね。
 そうだ。良いこと思いついた)
 更紗はなにか妙案が思いついたとばかりに会心の笑みを浮かべた。

 鷹栖和彦と姫ノ樹桜の前には電話が置いてある。何の変哲もない電話なの
だが、これには市民の通報が入って来るという大事な電話である。
 和彦は男ではあるが、髪が長く、伊達眼鏡の手入れをしている。見るからに
暇そうである。
「ひまやねぇ」
 さくらは溜息混じりに和彦に声をかける。これだけ暇だと居眠りしかねない
からだ。
 ピロロロロ。ピロロロロ。ピロロロロ。
 特魔課の電話がなる。さくらと和彦は一瞬目を合わせた後、さくらは3回目
のベルト同時にすばやくその電話を取る。
(やっぱ、電話のベルは3回やわ。1、2回じゃ早すぎて相手があわてるし、
4回以上は、相手がイライラがしてしまう。3回なら早すぎず遅すぎずベスト
の気持ちで応対できるんや)
 などと心の中で悦に浸っているさくらの心中など察する者などここの捜査課
にはいない。
「はい、特魔課です。え? 行方不明?
 申し訳ありませんが、捜索願は警察の方へ・・・・。」さくらは内心ため息をつ
いていた。一般市民の中には、未だに警察と特魔課の管轄の違いの区別が
理解できない者が意外と多くいるのだ。この電話の先の女性もおそらくそうな
のだろう。
「は? 妖魔に拉致された可能性があるですって? 詳しくお聞かせいただけ
ませんか? はい。牛切若神社の周りに牛頭の妖魔を見かけて調べに行った
きり帰ってこない? それで、行方不明者の名前は?」
 電話に無関心だった捜査課の特魔官がさくらに注目する「・・・・行方不明なの
は静能寺・・・・舞」
 捜査課の人間はその名前に心当たりなど無いのだが、さくらにとっては、同
じ学園の卒業生でもあり、先日、牛頭の妖魔と共に戦った仲間である。完全に
冷静を保てずにいたのは仕方がないだろう。
 そして、さくらが、通報者の名前を聞くと電話が一方的に切られる。
 電話の先では、テレホンカードが取り口から行きおいよく飛び出して、電子
音をまき散らしている。そのカードを取るのは更紗だった。更紗の足下には男
性が蒼白の顔をして倒れていた。
「あら? 綺麗な花ね。良い香り」
 更紗は茂みの中にあるチューベローズを見つけその甘い香りにうっとりする。
空の上には月が顔を出していた。
 その後、牛頭の妖魔の目撃が過去何回か通報があったことを含めて、妖魔
の関連した事件と判断され、特魔官達は総出で静能寺舞の捜索することに
なった。

 鏡輝は退屈だった。特魔官は有事が無ければ仕事がないようなものだ。
「ああ、つまらん。事件がないか、聞いてくる」
「とか何とか言って、姫ノ樹に会いに行くんだろ」
 同僚の北条が日本刀の手入れをしながら、輝をからかう様な口調で言う。
「バカいえ、だれがあんなじゃじゃ馬を」
「へぇ、ずいぶん大きい口をたたくようになったんやなぁ、鏡巡士」
 ひきつるような声は、輝の背中を寒くする。桜が両腕を組んで右眉がかす
かにつり上がり、薄く片目を開けて輝を睨み付ける。目の前でじゃじゃ馬呼
ばわりされてはさすがのさくらも腹を立てるというものだ。
「いや、なんだ。桜、何でここに?」
「行方不明者の通報があったんや。それが、妖魔が関連しているようで、特魔
課へ捜索依頼に来たんや。それで行方不明になったのは静能寺舞。どや、す
ぐにでも探しに行きたくなったやろ」桜は輝を見透かすように言う。
「ああ、だが、探すって言っても当たりは付いているのか?」
「それが、通報者に詳しいことを聞いているうちに電話が切られてな。なんでも
舞が牛切若神社に向かったところでさらわれたらしいんや」
「そうか。だったら、とりあえず、神社に急行だな。さくら、行くか?」
「当然」桜の小脇にはヘルメットがあった。

 その頃、牛切若神社の近くをパトロールしていた御神楽真珠は、桜から通信が
入る。
「え? 舞ちゃんが行方不明? でも、夕方ぐらいに舞ちゃんとあったよ・・・・
神社の神主さんのところに聞きに行ってみる」
 そう言ってから真珠は神社のある場所を見上げ、神社に向かった。神社に着く
と、神主の住む家の方をみる。神社からは少しだけ離れており、木々に隠れるよ
うにきわめて普通の家があり、神社のイメージを思いきり壊してしまうほどだ。
もっとも、真珠はこの辺りのパトロールが仕事であるため、そんなことにいちい
ちショックなど受けて入られないのだ。そして、真珠は家のベルを鳴らす。
「はい。何でしょう?」
 扉をあけて出てきたのは神主である。姿を現した神主は真珠の知っている神
主ではない。初老の白髪混じりの気むずかしい神主のはずである。だが、その
面影がある所を見ると、息子か誰かなのだろうと判断した。
 神主は不審げに真珠を見ている。真珠は神主に警戒されているのを見てあわ
てて口を開く。
「あ、私、特魔官の御神楽真珠と申します」真珠は手の甲にある魔方陣のタトゥ
を見せて身分証明をした後に、言葉を続ける「こちらに静能寺舞さんと言う方が
来られませんでしたか?」
「静能寺? さぁ? 誰です?」
 真珠は神主の反応に直感的に嘘をついていると感じた。直感であるから何の
根拠があるわけではない。ただ、妖魔がからんだ事件に関わっているとそのた
ぐいの直感が発達してくるのだ。
 理屈ではない。
「はい。実は、彼女の行方が分からず、捜索願いがでてその聞き込みに訪問した
のです。
 それで、報告によるとこの神社に来る途中のことだったらしいのです。最近妖
魔による犯罪が多くなっていますので」
「ほう・・・・妖魔。ですか・・・・」
 一瞬、神主の声に殺気を感じた真珠は身構えると、神主の手には日本刀が握られ
て振り上げられている。
(え? いつの間に!?)
 戸惑う真珠だが、訓練された体はすでに回避体勢になっている。真珠は神主の振
り落とす斬撃をかわすと、手元にあったほうきを掴む。特魔官は妖魔犯罪による被
害の回避の為に魔術を使うことを許可されている。
 この場合、目の前の神主は妖魔犯罪である確証が持てず、非魔術師に対する魔術
の行使は違法行為となる。
 正当防衛とはいえ、魔術では過剰防衛として扱われる可能性が大変高い。
「クックック、この場に牛鬼玉があれば、お前も、お前の知り合いの静能寺舞とや
らと同じように精気を吸い取ってやるのになぁ。この場にないのが残念残念。だが、
この鬼切丸でお前の精気を吸い取るのも悪くなかろう」
「鬼切丸? それは牛鬼玉を守ってくれる人じゃないの?」
「鬼切丸はこの刀に封印された妖魔なのだよ」
 神主は自分に陶酔しきっており、狂気じみた眼光で真珠を睨みつけた。そして、
神主が一文字に鬼切丸が走と、何かがまっぷたつに切断され、入り口の扉すらも切
り裂いた。
「そんなものを振り回しちゃ危ないよ」
 真珠は、時間稼ぎをして式神を作り出し、式神を身代わりに切らせて、自分は外
に飛んだのだ。
「キミが妖魔だって事が分かれば、魔術だって使っちゃうんだから!
 えい! 影覇七死点!!!」
 真珠は7つの印の名を叫びながら使った魔術は、妖魔や魔術師に重傷を与える魔
術であるから、万が一、神主が操られたとしても致命的な傷を負わすことがない。
「ぎゃぁぁぁぁぁ」
 一瞬、神主の背中から邪気の塊が逃げるように去っていく。
「あ、まてー!!!」
 真珠は夢中で神主の体から逃げ出した妖魔を追跡する。
(あー、面白かった。ね。ラサラ)
(バウ)
 その光景をチュベローズの香りを嗅ぎながら鳥居の上から一部始終見ていたのは
更紗である。更紗はふと、犬の耳をそばだてるとなにか聞き覚えのある音を近くし
たようだ。
「さ、行くよ。ラサラ。これを取りにあの牛頭の化け物が追ってくるから、馬足の
おねーさんにあの牛頭を倒して貰うんだ」
「バウ」
 そうして、更紗とラサラは鳥居から飛び降りた。

「おい、待て。勝負をするのだ!」
 皇牙はそのセリフを何度も繰り返しつつ牛頭の妖魔を追っていた。しかし、牛頭
の妖魔はピクリともせず一心不乱にある一定の方向に向かって歩いている。
 突然、牛頭の妖魔の足がピタリと止まる。木彫となるものが移動しているかのよ
うに、その大きな鼻をひくつかせる。
「ど、どうしたんだ?」皇牙がなぜか心配する。
「ふもももぉぉぉぉぉぉぉ」
 牛頭の妖魔が突然雄叫びを上げると、木の枝を指さす。その先には、更紗とラサ
ラがいた。
「ねぇ、あなた。その牛頭の妖魔と戦いたいんでしょ? だったら、これを貸した
げる。これ、もう空っぽだけど、その牛さんこれが欲しいみたいよ。
でも貸すのよ、その牛さんを倒したら返してね」
 更紗は一方的な約束をすると、皇牙に牛鬼玉を投げつける。皇牙はそれを受け取
ると、牛頭の妖魔はニヤリと笑みを浮かべる。
「ふももももも、やっと見つけたぞ。おい、そこの馬よ、殺さないでやるからそれ
をよこせ」
「な、何を言うんだ・・・・いや、欲しければ、私を倒して奪い取れ!!」
 皇牙が宣戦布告すると同時に、その巨体では信じられないほどのスピードで皇牙
に近づき腕を鷲掴みにして皇牙を巨木に投げつける。皇牙は巨木にたたきつけられ
ながらも受け身を取り、体勢を整えつつすばやく火弩弾を牛頭の妖魔に投げつける。
 牛頭の妖魔は両腕で身を隠し、炎の矢から身を守る。牛頭の妖魔が防御している
間に、皇牙は走り牛頭の妖魔の背後に回り込み、長刀を牛頭の妖魔の方に振り落と
すと、刃は牛頭の妖魔の体に食い込む。
 が、これが牛頭の妖魔の罠であることを知ったのは牛頭の妖魔の拳を喰らってか
らである。
「ぐが!!」拳をまともに喰らった皇牙は、腹の底から全てが吐き出されそうな気
分になる。
「その程度で俺様に勝とうなんて1000年早いな」
 牛頭の妖魔は指を突き立て皇牙を挑発するように人差し指を振り子のように降る。
「なめるなぁ!!」
 皇牙は叫びと同時にその姿を消すと、牛頭の妖魔の背後に転移する。牛頭の妖魔
は皇牙の気配にとっさに振り向くが遅かった。皇牙は半身半馬である下半身の前足
で地面を蹴り、前足が浮いたところで牛頭の妖魔の頭上から皇牙の前足の蹴りを加
える。
 振り向きざまの皇牙の攻撃は牛頭の妖魔の片膝をつかせるに十分なダメージを与
えた。皇牙はそのまま牛頭の妖魔の両肩をつかみ、今度は皇牙が牛頭の妖魔を投げ
つけようとするが、その両腕は牛頭の妖魔の両腕によってがっちり掴まれ、ちょう
どレスリングの力比べのような体勢になる。皇牙は上から体重をかけるように牛頭
の妖魔を押しつぶそうとするが、牛頭の妖魔の力は尋常ではなく皇牙を押し返す。
 それはケンタウロスとミノタウロスの力比べであり、ギリシア神話でも見受けら
れない光景となった。
「ああ、もう何やってんのよ!」皇牙を罵倒するのは更紗である。
「まったく、情けないのう」不意に鯣を加えた老人が呟いた。
「あ、みみずくびりのお爺さん。どうしたの?」
「いや、こんな面白い戦い、なかなか見れんからのう」
 2人の無責任な観戦者をよそに、皇牙と牛頭の妖魔は力比べが続いている。

 ちょうどその頃。
 静能寺舞の捜索に無理矢理参加した姫ノ樹桜は鏡輝と牛鬼若神社へ向かう途中
だった。
 その捜索部隊の中になぜか特魔課の鷹栖和彦がいた。さくらに強引にかり出さ
れたのだ。
 フレームのないだて眼鏡をかけ直して一つ溜息をついた和彦は、輝より10pぐ
らい低い。肩より下にいる同僚のさくらは和彦の肩ぐらいの位置にいる。
「しかし、さっきの音は何だ?」
 和彦がさくらに回答を求めるわけでもなく、呟くように聞く。
「さぁ、なんやろね。ちょっと確認をした方がいいと思わへん?」
 さくらは首を上げて輝に提案する。輝は無言で頷く。輝はその方向から何
やら感じられるピリピリした緊張感を感じとっていたのだ。
「あれはなんや」
 さくらが指さした方向には、能楽の時に見るような恰好の長い黒髪の般若の面
を被った舞師が浮かぶように、大きな音のした方向に向かっていた。
 さくらは一瞬、その舞師が舞と似ているように感じたが、この暗がりとこう離
れていては確認のしようがない。 その後ろには、特魔官らしき人影が見え、そ
の舞師を追っているようだ。
「あれ、真珠じゃない?」
 さくらは唖然として言ったのは、能楽の舞師を追っている特魔官のシルエット
が真珠の特徴である6房の三つ編みをなびかせているためである。
「とにかく行くしかないね」
 和彦の言葉に輝は頷く。
「俺は回り道をして回り込む。わなとも限らない」
 今度は和彦が頷いた。

「ん? なんか人間がやってきたようじゃの。こんな所に来るのは、特魔官ぐら
いかの。わしは一旦退散するか」
「あ、まって。あ〜ん。いいわ。ラサラ! あそこに落ちている牛鬼玉、持って
きて。たぶんあの牛頭の妖魔が追ってくるだろうけど、その前に特魔官が封印し
てくれるでしょ」
 更紗が無責任な台詞を言うと、ラサラは「バウ」と吠えると更紗の命令を遂行
する。
「まちな! やっぱりうようよ妖魔がいやがったか」
 気功法で氣を纏っている輝が更紗の前に立ちはだかる。
「あら、私達は無関係よ。アレを感染していただけだもの」
 更紗がそういってのけると、輝は唖然とした。
「沙羅? 沙羅じゃないか」
「沙羅? 失礼ね。私は更紗よ。まぁ、私みたいな美女にお近づきになりたいの
は分からないでもないわ。でも、今はあなたには用がないの。それじゃ」
 更紗は微笑んで、輝の目を見詰める。更紗の視線は呪縛の魔力が宿っている。
(まて!)
 輝はそう叫びたかった。しかし、体が思うように動かなかった。
 牛頭の妖魔は、牛鬼玉を持っていく更紗に気を取られる。皇牙はその隙を見逃
さない。至近距離からの火弩弾を牛頭の妖魔に喰らわせた。
「ぐほ!」
 さすがの牛頭の妖魔もその場に倒れこむ。皇牙はそれに満足げにみて頷くと
「この妖魔、想像以上に手強かったぞ。また機会があれば戦おう」と言い放つと、
文字どおりその場から消えてしまった。
・・・・そして、牛頭の妖魔は力つきて倒れていると、般若の面を被った舞師が牛頭
の妖魔に手をかざす。
「牛頭鬼よ、しばしわらわの中で休むがよい。この娘の精気は質が良い」
「まて!」
 すでに聖なる剣を手にした和彦がいた。
「はぁ、はぁ、あれ? なんでさくらとかがいるの?」
 ついに追いついたのは真珠である。真珠は神主に取り付いた妖魔を追ってここ
まで着いたのである。
「おい、般若の面、お前の移動を見てれば、妖魔だってことはお見通しや」
「多勢に無勢と言うところか・・・・。だが、この体は人間だと言うことは知っ
ているのか?」
「ま、まさか・・・・舞?」
 さくらは見覚えのあるシルエットだとは感じていたが、それを感じがいたと自
分に言い聞かせていた自分を再確認する。
「で、なにがご要望だ? ここで、人質を殺してもお互い利益がないだろう。そ
れに俺はその時は容赦しないぜ」
 和彦は伊達眼鏡を外しながら冷静に言う。
「・・・・よかろう。そこの妖魔を封印しないこと。そうすれば身を引こう」
「・・・・何が目的だ?」
「わらわは祭器の守護する妖魔。祭器を守るために存在するいわば、汝らが祭器
を悪用しようとしなければ汝らなど相手にせぬ」
「じゃぁ、なんで舞さんを・・・・」
「祭器を見せろと来たのだ。祭器を狙っていると考えてもおかしくあるまい。も
っとも、この娘にそのような考えなど無いことは良く分かった。
 牛鬼玉さえ再び取り戻せば・・・・な、なんじゃ、小娘、こしゃくな」
 般若は頭を抱え片膝をつく。
「般若さん。私達が牛鬼玉を取り返します。ですから、いちどあの牛頭鬼を封印
させて下さい。妖魔が人間と同じ時間を過ごすには私達と対立しなければいけま
せん。ですから、牛鬼玉を取り戻したらかならず、あの神社に奉納します」
「鬼切丸もじゃ」
「え?」
「鬼切丸もとりもどせ。それがわらわの汝を解き放ち、牛頭鬼の封印を許す条件
じゃ」
「分かりました」
 舞が般若の面を外したその時、舞の背後に正体不明の邪気が浮かび上がる。神
主に取り付いていた妖魔が、舞の背後で隙をうかがって隠れていたのだ。
「!」
 和彦が聖なる剣を舞の背後に投げつける。
「!!!!!!!」
 妖魔は声にならない断末魔を上げると、真珠はその邪気を銀の板に封印すると、
般若の面を外した舞が封印呪符を作り出し、それを張り付け封印を終了させる。
「任務完了やな」
 さくらは安堵のため息を付きながら呟いた。
 舞は内心安堵した。目の前の特魔官たちは、自分が支配していた妖魔が自分の
背後にいた妖魔だと判断したのだ。どうやら、般若のことは気がついていないら
しい。
「あー! 今回も何もやってない・・・・」何時の間にか合流している輝。
「雷雷軒に直行ですね」と真珠。
「あ、俺、甘い物好きなんだ」と和彦。
「私、チャーシュー麺。お腹減ったんです・・・・って、私も行ってよろしいんです
か」最後の一言は意外にも舞だった。
「い、いやぁ、大丈夫、大丈夫」
 実は給料日前で彼らにごちそうするのですっからかんになる輝の声はひきつっ
ていた。
 そんなことは無関係にチューベローズは月の下で甘い香りを漂わせていた。

 






 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ、これは読んだな、タイトルへ戻ろう(^∇^)