ホーム > 目次へ > 小説    >     鬼たちの挽歌


向日葵の浜辺

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 太陽が爛々と輝く夏。
 ギリシア神話のアポロンはその太陽をチャリオットに乗せて天空を駆けめぐると言われている。
 アポロンに恋する乙女が愛しのアポロンを見つめ、ついには向日葵になってしまったと言う伝説も残っている。
 そんな向日葵が浜辺に向かう道沿いに並ぶように植えられ、向日葵並木と呼ばれている。
 これは、近くの中学のボランティアクラブに所属する中学生が春先に種をまき、その花を力強く咲かせている。旅行ガイドの片隅に載る程度の海水浴場に訪れる観光客は、そんなことも知らず、予定外の観光地に感嘆の声を上げる。
 しかし、彼らは知らない。その向日葵を植えられた理由を。

 北条明子は普通の女子中学生だった。光輝という双子の弟がいるという事と従兄弟に特魔官を持つ以外はこれと言った特徴のない普通の女の子だった。
 明子の隣にはいつも光輝と幼なじみの鬼瓦祥子がいた。
 祥子はどちらかというと儚げな印象の美少女だった。祥子と近づきたいが為にボランティアクラブに入った男子学生も数人いる。
 明子、光輝、祥子の3人はボランティアクラブに所属しており、海水浴場のゴミ拾いに向日葵並木を歩いていた。
「ねー、ねー、祥子、知ってる? この向日葵並木って、ホントは鬼よけなんだって」
「鬼?」
「そう、鬼。向日葵って、お日様をずっと見つめているでしょ。それでお日様のエネルギーで魔除けになっているんだって」
「そう。知らなかったわ。でも、どうして?」
 祥子の疑問に答えられないと明子は首をかしげた。
 その時、明子は異様な気配を上から感じた。明子は空を見上げると、禿ワシが翼を広げていた。
「光輝、祥子、あれ、何かしら?」
 明子は禿ワシを指さすと、光輝と祥子は空を見上げる。2人は、その禿ワシに魅入られるように、ただ空を見上げていた。他のボランティアクラブの面々も空を見上げる。
 明子は後ろにいた祥子と光輝に声をかけようと、振り向くと、祥子と光輝は禿ワシに魅せられたように呆然としている。明子は主人に従順な奴隷のような印象を受けた。
「祥子、光輝、どうしたの?」
 明子が声をかけても2人の反応はない。明子はもう一度禿ワシの方を見上げると、禿ワシと目があったような錯覚に落ちる。確かに禿ワシはニヤリと明子に向かって笑った。
 明子は、恐くなって視線をずらし地上に戻すと、物々しい鉄板で囲まれた護送車が走ってくる。
 不意に護送車は子供のおもちゃのように転がり出し、向日葵並木から脱線する。犯人は2mはあろうかと言う角の生えた禿ワシだった。禿ワシは護送車の扉の錠を器用についばみ、翼を羽ばたかせ、突風を巻き起こし飛び去った。

 時を同じくして、鏡輝を先頭に西宮信士、姫ノ樹桜、御神楽真珠、静能寺舞、鷹栖和彦ら鬼切丸追撃隊のメンバーは、紫陽花の見守る道を進んでいた。
「強い妖気です。少なくとも5つ」と西宮。
「この前の奴等にプラス1ってとこだな」

 その先には、ボコボコにされた北方不敗、ミミズクビリと、彼らをボコボコにした皇牙、更紗がいた。
 そこに、新たな妖魔、鬼切丸を持つ北条がその場にやって来た。
「あら? いい男じゃない? 強そうで野生味があるわ」と更紗。
「確かに強そうだな。おい、お前! 腕が治ったら勝負しろ」
 元々妖魔に羞恥心など無いのだろう、同じ恰好を見られても殴りかかるわけでもない。
 皇牙と更紗はスケベなじいさんとHな中年のおっさんの視線に嫌悪を感じただけに違いない。
「貴様ら、鬼では無いな、なら興味はない」
「どっこい、こっちには用があるんだ。北条」
 なぜか、北条よりも高いところから登場したのは鏡輝である。
「悪いが、相手にしている暇は無い」
 北条は冷たく言い放つ。
 その言葉が終わらないうちに、輝は岩場から飛び降りざまに北条に飛び蹴りを食らわそうとする。が、北条は左回りに一回転し、着地する輝を横一文字に切りつける。輝は後ろ宙返りで北条の攻撃を回避、しかし、着地後、足場が崩れ、輝は温泉の中に落下した。
 温泉の湯煙の中に水しぶきが舞い上がる。

「更紗、皇牙! いったん引くのだ。他にも魔術を使う人間がいる」
と北方不敗。
「あ〜ん、もうチョットだけ見てみたいわ。イイ男が二人戦っているのよ」
と更紗。
「っく、右腕があれば」と皇牙。
(とりあえず、この場は紛れたのう)とミミズくびりの心の声。
 と、4体の妖魔は四散した。

「悪いが付き合っている暇は無い」
 北条はもう一度同じセリフを繰り返すと、水柱が温泉から北条に向けてほとばしる。
「ぐわわわぁぁぁぁぁ!」
 人間のものとは思えぬ悲鳴は鬼切丸から発せられ、北条はその場に倒れる。
「ふぅ、舞、お前の言う通り、鬼切丸はこの温泉のお湯が弱点だったみたいだな」
 輝は舞に親指を立ててウィンクする。舞ははにかむように笑って答える。
「まぁ、これで一見落着やな」と姫ノ樹桜。
「4体の妖魔は逃したがな」と鷹栖和彦が一人ごとのように指摘した。

 姫ノ樹桜ら特魔官は北条を保護し、鬼切丸を封印後、特魔課に帰ると、新たな妖魔事件が向日葵浜辺で発生した事が分かった。鷹栖和彦と姫ノ樹桜は人手不足もあって早速、明日の朝から現場の聞きこみ要員に当てられた。
「わりぃな、さくら、和彦」
 鏡輝はイヤミなほどさわやかな笑みを見せて、持ち場に戻る。北条の一件に決着がついたことでさっきまでの輝とは別人のようである。
「さくらさん。頑張ってくださいね」
 御神楽真珠は本気でそう言ってくれているのだが、輝の後に言われると、何とも複雑な気分である。

 そして次の日の朝。
「ああ、なんや、ごつう損しているような気分や」
 さくらは心で涙を流しながら嘆いた。
「いくぞ」
 和彦はそんなさくらの気持ちなど知らずにさくらに現場に急ぐように促し、何のためらいも無くパトカーの助手席に乗りこむ。
「なんで、男のあんたが助手席何や?」
「運転はお前の方が上手いし、俺はどうも右ハンドルが苦手だ」
 和彦の後半のセリフは何とも帰国子女らしいようならしくないような言葉だった。
「ところで、和彦さん。事件ってどんな事件だったんや?」
 さくらはパトカーを運転しながら、和彦に聞いた。和彦はおもむろにパトカーに添えつけてあるカーナビのモード変換をする。すると、事件の概要が液晶ディスプレイに映し出される。
 事件は、先日、犯罪者護送車が鳥型の妖魔によって襲われたというものである。目撃者は私立酒天学園の中学生らで、証言によると、鳥型妖魔は、いきなり護送車に襲いかかり、護送車の錠を破壊すると、運転手2名を殺害、そのまま飛び去ったとのことである。
「へぇ、で、その犯罪者は?」
 さくらは運転しながら、そう呟くように言うと、和彦は無言でカーナビを操作する。

 鬼羅相馬 20歳
 暴走族の乱闘で1人殺害、20人を重傷に負わせる。現場に駆けつけた警官を殺害。その後、取調室にて、犯行を自供。 懲役刑の判決が下る。
 また、護送車が襲われた際に、警備員を殺害したものと思われる。

 鬼怒川清美 20歳
 神社の巫女を行っていたが、ある漁村を燃えつくすほどの火を放った。
清美は放火の容疑にかけられ、容疑を認めた。動機等については不明確だったものの、証拠はそろい、本人も容疑を認めたため、懲役刑が下る。

 この2人に共通していることは、魔術が使用された容疑はかけられたこと。
犯行後、現場で呆然としており、「鬼になった」と言った言動があったことだ。

「で、妖魔は?」

 未確認の鳥型の妖魔、あるいは魔獣と判定される。目撃者の証言より、全長2m、頭に角がある禿ワシのような姿をしており、飛行する。
「現場の状況」
 さくらはちょっとイライラ気味に言い放つ。

 現場は通称向日葵並木の真ん中辺りに、犯罪者護送車が並木道より5、6m吹き飛ばされている。錠が強引に破壊されており、鳥型妖魔のものと思われる爪の後が護送車に残っていたことが確認。
 また、向日葵並木は予定された道ではなかったことが確認された。内部による犯行も考えられる。
 護送車の運転手はすでに妖魔によって殺害されているようだ。1人は精気が吸い取られ、もう1人は禿ワシの妖魔の嘴によって殺害されたようだ。
 一人が禿ワシの妖魔によって殺害されたものは、中学生の目撃者による証言と一致するが、運転手の方は、おそらく妖魔が憑衣する事によって精気が吸い取られたものだと思われる。

「なぁ、和彦さん、会話せんへん? うんとかすんとか」
「別に言う必要は無いだろう?」
「あちゃー、まぁ、いいんやけどね。それより、犯人の二人は「妖気」「魔力」の反応はあったんやろか? だって、状況から魔術使用の可能性があったんやろ? その検査とかしたんやろか」
「さぁ? とりあえず、調べてみよう。そういった捜査や検査はしている記録は残って無いな。二人の事件は警察の管轄にしたいんだろうな」
「う〜ん。それもあるかも知れへんねぇ。
 そういえば、護送車以外に護衛してたのはいなかったんか?」
「それもない」
「犯人のもっと詳しい情報を知りたいなぁ」
 和彦はさくらの人使いの荒さに閉口したが、操作をする。
 鬼羅相馬
 鬼羅は大学生で、大学では大人しく無口で友達を作るタイプではないらしかった。家族構成は母一人子一人の母子家庭で、母親は現在病気で入院している。

 鬼怒川清美
 出火原因は神社の社に放火したためで、火事の当日は村全体で祭りがあった為、村人の殆どが神社に集っていたと言う事まで確認できた。
 鬼怒川は神社の巫女をやっており、その動機は不明だが、放火は自分であると自白している。

「ふ〜ん、ということは、警察とか関わってくる可能性はあるんやな。面倒な
事になりそうやわ」
「いや、その線は薄いだろう。もう、既に妖魔事件だから俺達が現場に向かっているわけだからな」
「そやけど、逃がされた犯人は普通の事件の犯人やろ。偶然かもしれんし。あ、あそこや」
 さくらは現場を指す。
 現場には既に到着している何人かの特魔官がおり、向日葵並木の壁を破って横転している護送車が一台あった。到着して間も無いさくらと和彦は、早速、聞きこみ調査の指示を受けた。
 さっそく、さくらと和彦は近くにあるという酒天学園まで向かう。
 時間帯的に、登校の学生が多く、背の高い和彦は女子学生の注目の的で、黄色い声を上げて走り出したり、聞こえるような声で和彦のことを好みだ、好みで無いと好き勝手な事を話している。そして、その隣にいるさくらの髪の事も話題になっているようだ。
「はぁ、どうも中学生というのは苦手やわ〜」
「とにかく聞き込みだ」
 和彦は自分のペースを乱すことなく、聞き込みを始める。
-----向日葵並木? 何かあったんですか?
-----ボランティアクラブ? ああ、北条さんのいるクラブですね。一回入ったんですけどつまらなくて
-----あ、祥子ちゃんのいるとこね。
-----そう言えばなんか凄い音がしたけれど、あれってなにかあったの?
-----俺見たんだよね、首塚山からおっきい鳥が飛んで行くの。
 学校の付近で聞きこみ調査をしていると、若い教師がさくら達に声をかけてきた。
「ちょっとゴメンネ。特魔課の人…だよね?」
 教師らしき男はさくらと和彦と初対面であるのにもかかわらずなれなれしい口調で話しかけてくる。
「ええ、そうですが」
「なんか、申し訳無いんだけど、このあたりで聞き込みとか避けてくれる?」
男は手のひらを合わせて、さくらに拝むように頭を下げる
「ほら、あんまり、色々と特魔課の人が動くと妖魔がこの当りに出たって、生徒達が動揺するじゃない?」
 そして男はわざとらしく苦笑して学校の校舎を親指で指す。
「色々と噂が流れるんだよね。
 情報は学校から提供するからさ。生徒達とはあまり関わらないで欲しいんだ。
 いや、ほら、面倒な時期じゃない?
 そんな時期あったでしょ、あんた達にも…
 まぁ、悪いんだけど、私立の学校って信用とネームバリューが第1でちょっとでも悪い噂が流れると、経営が傾いちゃうんだ。学校って」
 男は右手を正面に立てて、それをゆっくりピサの斜塔ぐらいの角度でゆっくりと傾けさせて言った「俺もこんな事言いたくないんだけどね、上がうるさくて」男は上を指差しながら苦笑する「あ、ごめん。俺、あそこで不良教師やってる鬼塚って言う言うんだヨロシク」
 鬼塚はさくらに握手を求める。自分で不良教師という教師も珍しいが、愛嬌のある笑顔と、少し大げさなディスチャーの入った話し方は、なんとなく憎めない男である。
「まぁ、時と場所を変えて欲しいってことやね」
「ビンゴ! いや、実際上の方は非公式にしたいのよ。俺が窓口になるからさ。大丈夫、上と違って流す情報は選んだりしないからさ。俺が個人的に特魔官と話しするなら『鬼塚先生、また変な事たくらんでるよ』で、すんじゃうからさ。
 これ、俺の携帯の電話番号。君ならプライベートな用件でも構わないよ。
 ええっと、名前聞いてなかったね」
「姫ノ樹桜です」
 特魔官である以上、自分の身分は明確にすることは、一般市民に協力を得るための義務でもある。
「さくらちゃんね。よろしく、あ、あんたはいいよ」
 鬼塚は横柄な口調で和彦に言った。和彦も望む所とばかりに鬼塚の存在は無視していた。
「そうそう、もう知っていると思うけど、目撃した祥子ちゃんは警察の取調べ中に具合悪くなったみたいで茨木病院に入院する事になったよ。なんかものすごく怖がっていたしね。その点、光輝と明子は落ち着いていたから、寮に返したよ」
「何で知ってはるん?」
「身柄を引き取ったの。3人みんな寮に住んでて、担任やってるし。だけど、取調室に入た鬼瓦っていう髭親父、気にいらなかったなぁ。
 あ、祥子ちゃんの伯父さんらしいんだけどね。まぁ、そんなところで、じゃ」
 鬼塚はそのまま逃げるようにその場から去って行った。
「なんやったんやろ、あれ」
 さくらの問いに、和彦は肩をすくめた。

 北方不敗は猫のぬいぐるみを着て首塚山の当りをうろついていた。そんなものを何処から調達してきたのかはナゾではあるのだが、これから妖魔の国を建国しようと言う志を持つものに、そんな問いは無意味なのだ。
 それはさておき、猫のぬいぐるみはなかなか可愛いのだが、顔の部分だけがそっくり見える、記念撮影の時に使われるようなものなので、猫の顔はおっさんである。不細工を通り越して不気味である。
(今朝見かけた、あの禿鷲、動物愛好家のワシとしては見逃せんのぅ)
 そう、北方不敗は、巨大なワシを逃亡中に発見し、それを捕まえ、精気をふんだんに悔い尽くした後に。剥製にして飾ってやろう考えたのだ。
 そのためには、自らが猫のぬいぐるみを着て、えさだと思わせ、おとりとなって、禿鷲を誘い出そうとしているのだ。
「ん? あれはなんだ?」
 北方不敗の鋭い眼光は、山の中を歩く囚人服を着た女性の方へ向けられた。
囚人服を着た女性は、首塚山へ上ろうとしている。
 その時、北方不敗の真上から一瞬だけ太陽の光が閉ざされた。思わず上を見ると、あの禿鷲が、上空を旋回している。
「おお、禿鷲よ、ワシはここだ!」
 北方不敗はそう叫びながら、禿鷲に向かって大きく手を振る。対する禿鷲は、そんな北方不敗を鼻で笑うかのように一瞥し、囚人服を着た女性の方へ舞い降りた。
「ぐぬぬぬ、猛禽類の分際で、このワシを無視し,あまつさえ、やつめワシよりもニヒルでダンディな笑みをするとはコシャクな奴よ!ならば」
 北方不敗は、お昼の「おもいっきりテレビ」の中年熟女の視聴者がメロメロになるような笑みを返した。
 だが、読者みなさんもお忘れでは無いだろう、現在の北方不敗の格好を…。
 禿鷲は、「ヤレヤレ」と言いたげに肩をすくめる。
「ええい! 建国の暁には、王の間に飾ってやろう思ったが、今ここでその曲がったクチバシをそぎ落としてくれるわぁ」
 怒れる北方不敗の魔爪はうなりを上げ、禿鷲に襲いかかる。
 しかし、北方不敗は当然、猫のぬいぐるみを着たままである。殺傷能力などたかが知れている。
 禿鷲はかわそうともせずに、北方不敗の魔爪を受ける。
 ポカ。
「な、なにぃ。このワシの攻撃が聞かないだとう?!」
 叫ぶ北方不敗を無視して、禿鷲は囚人服を着た女性に話しかける。
「ヨクゾマイッタ、キコクヲケンコクスルドウシヨ。ワシハシュテンドウジノツカイ。クビヅカマデアンナイシヨウ」
 禿鷲はその爪で囚人服を着た女性をつかむと、大きく翼を広げ、空に飛び立った。
「おのれぇ、おのれぇ」
 悔しがる北方不敗の足元には、囚人服の胸についていたであろうネームプレートが落ちていた。それには、鬼怒川清美と記されていた。

 さくらと和彦は茨木病院に向かう事にした。しかし、茨木病院の医者にはさくら達は招かざる客だったようだ。
 さくらと和彦が祥子の病室へ訪れると、めがねをかけた30ぐらいの医者が出てきた。男は、髪をオールバックにし、広い額が印象的だった。医者の胸には茨木医院長という名札が自己主張している。医者は不機嫌そうにさくらと和彦を見る。
「また、聞きこみですか? もっと患者が落ち着いてからにしてください。
警察も特魔官も常識の無さでは大差がありませんな」
 医者の言葉も最もかもしれない。
「わるいな。もっとたくさんの命を救うためだ」
 和彦はそう言いながら伊達メガネを外して医者に冷たい視線を投げつける。
医者は唇を少しかむと、和彦と同様に、冷たい眼光でにらみつける。非人間的な視線は一瞬だけ和彦の背筋を冷たくさせた。
「まぁ、良いでしょう。出来るだけ早くしてください」医者はそう言い放つと、その場を立ち去った。
 鬼瓦祥子の病室へ行くと、そこには2人の酒天学園の制服を着た男女が見舞いに来て、何かに怯えるように、小さく震えている祥子を優しく見守っていた。
「あ、鬼瓦祥子さん?」
「そうです。特魔課の方ですね」
 見舞いに来ていた女の子は、祥子に変わって答える。
「俺達、見たこと全部話したぜ」
 見舞いに来ていた男がさくら達を弾劾する。
 女の子が明子で、男が光輝なのだろう。
「でも、祥子ちゃんは違うんやろ。大丈夫、落ち着かせるためにきたんや」
 さくらはそう言うと、祥子に心層治療をかける。祥子はさっきまでこわばっていた顔から恐怖の色が落ちて行く。
「あ…私…」
 祥子はさっきまでの怯えは消え去り震えも止まったようだ。
「これで、協力してもらえる?」
 3人はいっせいに頷いた。
「護送車の中の人と鳥型妖魔は協力したようだった?」
「いいえ、鍵を破ったら、そのまま飛んで行きました」と祥子。

 祥子の証言からすれば犯人と妖魔の協力は無いようだ。
「逃走は、誰がどんな風に?」
「俺達もすぐに逃げ出したから…禿鷲は多分首塚山だと思う」と光輝。
「首塚山?」と和彦。
「たしか、鬼の首があるっていう塚があるかそんな風に呼ばれているみたい」
と明子。
「君達は襲われそうになった?」
「ニヤリって笑ったわ。…怖かった…。なんか、見つけたぞって感じがして」
と祥子。
 犯人と祥子らの接触はなかったが、妖魔は祥子達を認識しているにもかかわらず、襲わなかった。妖魔の目的が単なる捕食ではないのだろう。妖魔の目的が見えない。ただ、祥子の証言から目撃者がいると困る訳ではないのは、妖魔が祥子らをすぐに襲わなかったことからあきらかだ。
 ただ、今後彼らが妖魔に襲われる可能性はゼロではないことも示唆しているように感じさせた。
「そこには、他に誰もいなかった?」
「ああ、向日葵浜辺には海水浴客がいただろうけどな」と光輝。
「でも、誰かに見られていたようなそんな気もしたわよ。さっきのお医者さんみたいな冷たい感じの」と明子。
「そう言われるとそんな気もするわ」祥子も同意する。
 祥子と明子の証言を聞くと、さくらと和彦は顔を見合わせた。その証言はとても興味深いものであった。医者のようなという表現は比喩だとしても、自分達が認識している他の関係者の存在を匂わせるからだ。
「ありがとう」さくらは微笑みながら証言者達に礼を言った。
 光輝は照れ隠しに窓の外を見たが、明子と祥子は丁寧にお辞儀をした。
 さくらと和彦はパトカーに乗りこみ対策本部に戻ることにした。
「なぁ、和彦さん。どう思いはる?」
「結構、根が深そうだな。鳥型妖魔が捕食に護送車を襲った。と言うのは考えにくい」
「そやね。鬼切丸の事件の調書も舞からとらなあかんし、人手が足りへんねぇ。護送車襲撃の証言者3人の調書は、真珠に頼もうかなぁ。
 でも、なんでこの事件はこんなにも、鬼にとりつかれているような事件なんやろうか…」
 さくらの嘆きを和彦が沈黙で答える。さくらと和彦は対策本部に到着すると、入り口付近で髭をはやした中年の刑事らしき男と特魔官が口論していた。
「どうしたんや?」
「どうもこうもありません。あの刑事がこの事件そのものが妖魔事件じゃないって言い出しているんです」特魔官はへの字に口を曲げる。
「どう言う事ですか? 証言を聞く限りだと…」
「刑事課の鬼瓦だ。証言と言っても子供の言う事だろう? それに妖魔ごときがあんな計画的な犯行はできん。護送車運転手が買収されている形跡が確認できた。つまり、妖魔事件に見せかけた脱走事件なんだよ」

 どのくらい時間がたったのだろう?
 鬼羅相馬はベットの上で目を覚ました。
「ああ、起きたか。鬼羅相馬」
 闇の中で白くぼやける像がある。
「お前は誰だ」
「首塚に行って見ろ。全てが分かる。鬼怒川はそうして鬼になった」
 白い影の気配はそのまま消えた。
「待て! お前はだれだ?! 質問に答えろ!
 …畜生。わけがわからん」

 鬼怒川清美は海を泳いでいた。
 魚になったように、水の中でも息苦しくない。今思うと、人間社会の方が息苦しかった。村の人々に大切に育てられた理由を知ったとき、全てに絶望したあの日。何度海に身を投げ様と思った事か。しかし、その前に村人達に復讐したかった。だから火を神社に投げたのだ。それだけ。そう、それだけの事。
 そう言えば、自分の仲間と名乗る男がいた。
 男は首塚山に行けば分かると言ったけれど、行ったところまで覚えていたけれど、気がつけば私はここにいた。でも、私は一体誰だろう?

 次の日、首塚山では更紗はラサラと食事を済ませた所だった。
「美味しかったね、ラサラ。でも、北方不敗とかみみずくびりのおじいさんに、皇牙、一体どうしたのかしら?
 あら、あの洞窟なにかしら? やーん。カッコイイ若い男! でも、特魔官の服を来てるわ。あ〜ん、どうしよう? あ、他に誰かつけているわ。あれも特魔官みたい。気になるけど仕方ないわね。行きましょう、ラサラ」
 特魔官の制服を着た男をつけているのは御神楽真珠である。
 真珠は首塚山の周りをパトロールしていると、北条の姿を見たのだ。真珠が声をかけようとした時、北条の左手には、封印したはずの鬼切丸が手にされているではないか。
 真珠は、本部に連絡をとって、救援を求めた後、尾行を続けてここまできた。
 真珠は洞窟に入った北条の後を追って行くと、北条は、洞窟の突き当たりにある小さな社を見た。
「俺と戦え、酒天童子」
「お前は鬼ではない。立ち去らねば命は無いものと思え」
 社から白い煙が黙々と上がり、日本酒の匂いが洞窟を満たす。
 真珠は徐々に意識が朦朧として、視界がゆがんで、ついには意識が消えて飛んだ。
「おい、真珠。どうした?」
 遠い声が何度か繰り返すと、そこには鏡と西宮らがかけつけていた。
「北条さんが…」
「ああ、ヤツは鬼切丸を持って何処かに行きやがったよ」



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