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鬼の宴

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 闇に紛れ、一人倒れる人間がいた。
 その脇には、半人半馬の妖魔、皇牙が立っている。皇牙は鬼切丸に切られた右手の回復の具合を測るかのように薙刀を握り、近くの木の枝を切りつけ試し切りをする。
 バサリと木の枝が落ちると、皇牙は大きな気がぶつかり合うのを感じ、不適に笑うと姿を消した。

 北方不敗の足元には無数の骨が落ちていた。その骨は今、北方不敗が貪り食べているフライドチキンの骨である。
 先日、禿鷲と遭遇して以来、鳥類に過敏に敵意を感じていたのだ。
 最近の北方不敗の主食はフライドチキンやチキンナゲット。酒の肴には焼き鳥を食べている。
 北方不敗は自分が妖魔であるだけに、禿ワシに対抗できるような身体の変化を期待しているのかもしれない。
「うぉぉ、オヤジ! ドンドン持って来い! ネギだネギ!!!」
 本来なら北京ダックを頼みたい所だが、生憎、懐にそのような経済的な余裕は無い。
 そもそも、路地裏の焼き鳥屋に、北京ダックなどある訳が無い…。
 「ふっ、誰が何と言おうと最後に笑うのはこのワシ! この北方不敗の
『伝笑妖魔列伝』のトリを勤めるのはこのわしなのだ!」

 海水浴場から離れた波止場。
 荒波の海が真っ赤に染まる。
 その海から濡れた手が出てくると、そのまま、日本刀を咥えた男が波止場に這い上がる。
 男は刀を鞘に納め、波止場を立ち去ろうとした時、目の前に半人半馬の皇牙が立ちはだかる。
「大きな気の一つはお前か」
 皇牙は男に言い放つ。
「お前は妖魔だな? 俺は鬼しか相手にしない。すぐに立ち去れ」
男は皇牙に警告する。
「問答無用!」
 皇牙は薙刀を振り上げ、男の面を打つ。男は刀を居合抜きで、薙刀を撃ち返し、火花を起こす。
 皇牙は想像以上の反撃に、舌打ちを打つ。男はそのまま刃を切り返し、皇牙に斬撃をあたえる。
「ぐわ」
 皇牙は傷口から妖気が漏れるような感覚に襲われるが、歯を食いしばり薙刀の柄で男の足を払った。男はバランスを崩しつつも、なんとか持ちなおし、転倒は免れる。
 しかし、皇牙の戦闘のセンスはその隙を見逃すわけが無かった。皇牙の薙刀は男に垂直に振り下ろされ、右肩から左わき腹にかけて、斬りつけた。
 男は片膝を尽き、刀を杖代わりに立ちあがろうとするが、男の息は荒く、傷口から大量の鮮血が流れ落ちていた。
「俺が鬼以外の者に敗れるのは不本意だが、仕方が無い」
 この時、皇牙は不意に目の前の強者がなぜ鬼にこだわるか気になった。
そして、鬼とはそれほどに強いモノなのか…。
「なぜ、鬼にこだわる? 鬼とは一体何者なのだ?」
「知りたいか? ならばこの鬼切丸をお前にたくそう」
 男は最後の言葉のあと、自らの体を鮮血の絨毯に身を沈めた。
 皇牙はたくされた鬼切丸を受け取る。すると、皇牙は前足を尽き、さまざまな鬼切丸の記憶が皇牙を駆け巡る。
「なるほど。鬼とは妖魔の天敵だな。鬼よ、待っていろ。この皇牙と鬼切丸が貴様らを狩ってやる」
 皇牙はその場を立ち去った。
 その後、一部始終を空から観ていた禿鷲は、白衣を着た男に姿を変えて、鮮血の絨毯に眠る男を抱き上げた。

 数日後の昼下がり、鏡輝は職場でふてくされていた。
 悪友で親友。
 そして、なによりも、好敵手だった北条を失い何をする気も起きなかったのだ。
 輝は机の上に足を乗せ、背もたれによりかかり、顔に週刊誌を乗せてあからさまに居眠りしているフリをしていた。
 特別防犯課の人間はそんな輝を腫れ物を扱うように触れようとはしない。
 触らぬ神に祟り無しというところだろうが、神、いや悪鬼羅刹の怒りを畏れぬ特魔官がいた。
 前の一房の髪が白いのが印象的な女性。姫ノ樹桜と、よく言えば物静かないい男。悪く言えば無愛想なお兄ちゃんの鷹栖和彦である。
 さくらはふてくされた輝の顔の上にある雑誌を取り上げる。
「んだよ。俺は休憩中なの!」
「ふ〜ん。北条が保護されたって聞いてもそんな風に言ってられる?」
「なんだと? どこの病院だ?」
 輝は席から飛ぶように立ち上がる。
「茨城病院。送っていくけど」
「いらねぇ。パトカーなんかじゃ遅すぎる」
 輝は窓から外に飛び出て、バイクにエンジンをかけ、風のように茨城病院に向かった。

 静能寺舞は鬼怒川清美という、同い年の友人が殺人の容疑がかけられたことを知ったのは数日前のテレビの報道番組だった。彼女の事は知ってはいても、幼いころ、何度か会っただけなのだが、知り合いが妖魔にかかわる事件に巻き込まれたのだということを知ると、いてもたってもいられなくなった。もちろん、自分が捜査したからどうなる訳でもない。ただ、友人のことが心配だった。
 静能寺舞は、少しでも手がかりを探すために、事件の現場近くで、聞き込みをしていると、白衣を着たオーバーなディスチャーで話す男が話かけてきた。
 彼は鬼塚という、自称酒天学園の不良教師である。鬼塚はなかば舞をナンパするような形で、近くの喫茶店で話すことになった。
「でね、結局、あの事件についてはあまり触れられたくないんだ。これから聞き込みをしないという条件で、こっちで知っている情報は全部、君に教えるよ。
 あ、この前、特魔官にも似たようなことを言ったんだけどね。
 あ、でも、舞ちゃんは俺好みだからもっといいこと教えてあげる。
 あれは鬼の仕業だよ。だからかかわらない方がいいよ」
「鬼ですか」
「うん。鬼というのは妖魔とまた違うんだ」
「と、いいますと?」
「そうだね。妖魔ってほら、いわゆる怨念から段々下級妖魔から上級妖魔に変わっていくじゃない。
 それで、俺の知っている限りだと、あれは不老不死だよね。
 でも、鬼は違う。ちゃんと老いるし、ちゃんと死ぬ。
 鬼はもともと人間だったからね」
「はぁ…わかったような、わからないような」首をかしげる舞。
「まぁ、そうだろうね。もうちょっと違う言い方をすると、妖魔は生命ではないんだ。生命の定義はなかなか難しいけれど、生命が絶えず行っていることは種の繁栄、つまり、子孫の増殖なんだ。その点、妖魔は子孫を増やさない。でも、鬼は子孫を増やす」
「それはわかりました。でも、妖魔だとかかわってよくて、鬼はかかわってはいけないというのがよくわかりません」
「それはね…」
 舞には鬼塚の視線がキラリと無気味に光ったように思えた。

  舞と鬼塚の向かい側のテーブルには次女子高生と北方不敗という異様な組み合わせが座っていた。
 どうしてそんな状況になったのかはナゾに包まれているのだが、北方不敗は自らのカリスマ性だと信じきっている。もっとも、女子高生の方は一風変わった趣味を持っているだけのようだ。
 つまり、利害は一致もとい、とりあえず相思相愛になっているのだろうか?
 何はともあれ、目の前の女子高生が、被害を受けた同級生の見舞いに行
くというところまで聞きつけた。
 北方不敗はメガネをニヒル(のつもり)にツイとあげる。
「そうか。特魔官も動き出しおったか…」
 ならばアヤツの始末を手伝ってもらおうかのう」
 北方不敗は、女子高生に名札を渡す。
「これはなんですか? 私はおじ様の名詞がほしいわ」
「いや、そんな野暮なことは言わないものだよ。それが大人の女というものだ。
明子ちゃん。
 それよりも頼みというのは、これを首塚山で拾ったとつたえてもらいたい」
「わかったわ。おじ様。でも、おじ様はいったい…
あ、わかった。きっと探偵かスパイのどっちかでしょう!」
 ズテン。
 北方不敗はその場でこけるが、何とか体制を立て直す。まぁ、探偵という発想より、スパイという発想がぶっ飛んでいる女子高生の発想にはついていけないと心底感じだのだろう。
「どうしたの? おじ様」
「ま、まぁ。そんなところだ。じゃ、よろしく」
 北方不敗は伝票も持たずに、喫茶店を出た…二人分の勘定を払わずに…。

「鬼と妖魔の違いとは、人間が鬼になりえるところにある。いってしまえば、人間の究極の進化形態が鬼ということだ」
 ここは茨城医院の霊安室。
 霊安室の中は暗い。中には一人の白衣を着た医者と患者がいる。
「そして、妖魔は人間の精気を喰らい、より純度の高い精気を集め、鬼が妖魔の精気を鬼が喰らうわけだ」
 医者の頭には、2本の角がある。医者は懐から丸い玉を取り出した。
 そして、その玉から青白い光の玉を取り出し、それを美味そうに飲み込んだ。
 男は邪笑を鬼瓦祥子に見せた。
 祥子は後づさると、不意に背中に何かがぶつかる。祥子が振り向くと、そこには犬の耳をもった女性型妖魔がいた。
「ヒッ!」
 祥子は驚きと恐怖に短い悲鳴しかあげられなかった。声が出ないのである。
「あら、人を化け物みたいに。失礼ね。ねぇ、茨木童子。この娘、食べてしまっていいの?」
「だめだ。その娘は…」
 茨木童子が言いかけると、暗闇に四角い光の穴があく。
「その娘がどうしたんだ? 化け物め!」鏡輝が霊安室の中に入ってくる。
「ほう、恐れを知らぬ人間だ。私に従えばよい鬼になれるだろうが、必要以上の有能な鬼を作れば私の地位も危うくする。酒天童子の例もあるしな。
 更紗、祥子を連れて首塚山へ行け」
 茨木童子が言うと、祥子の額に手を当て、祥子を眠らせる。
 更紗はすばやい身のこなしで、魔獣のラサラとともに祥子を連れて、別の出入り口から霊安室を出た。
「さぁ、人間よ楽しませてくれ。かつて火を与え、そして、魔石といくつかの魔術を教えた時のように」
「なにをわけのわからないことを言っている」
「そうか、知らぬのか。われわれ鬼がより快適に暮らすために猿だった人間に火を与えたのだよ。
 それだけではない。魔力のない人間に魔力を与えるために魔石を与え、まざまな魔術もおまえたちに伝授したのだぞ。
 他にも、いろいろ応用ができるように、DNAをいじらせてもらったようだしな。もっとも、魔術は長い間一部の人間が独占していたようだが」
「何をわけのわからないことを言っている」
「ふん。馬の耳に念仏というところだな。人間も美味いことを言う」
 茨木童子の嘲笑に、輝は額に血管を浮かべるほど憤り、茨木童子を殴りつける。
「ほう、気功か。なかなか楽しませてくれる。 ん? この氣は? やつが近づいているな。急がねば。
 じっくり楽しむつもりだったが悪いが勝負は今すぐにつけさせてもらう」
 茨木童子がいい終えると、輝は氣の力で吹き飛ばされ、部屋の壁に打ち付けられる。
 輝は一度だけ茨木童子をにらみつけると、そのまま、電源の切れたテレビのように意識が消えてしまった。
 不意に茨木童子は膝まづく。
「ふん。年甲斐もなく張りきりすぎたな。鬼といえど老いには勝てぬというところか」
 茨木童子は自嘲すると、おもむろに小さな球を取り出す。魔獣封印球だ。
 魔獣封印球に封印された魔獣を解き放つ。
 獅子のような魔獣が現れる。
「魔獣よ、この病院の人間を喰らい尽くすがよい。この男と、鬼切丸を使っていた男を喰らえば上級妖魔になるだろう」
 魔獣は満足げに頷いた。

「そ、そんな。それは本当ですか?」静能寺舞は、思わず声をあげた。
 鬼塚はそんな舞の声の音量を下げるために人差し指を立てて、自分の唇に当てて、ウインクした。
 舞は顔を赤らめ、下を向いた。
「本当だよ。鬼は人間に自分の情報、つまり、DNA情報を与え、人間を進化させた。人間だけじゃない。いわゆる進化している生物はすべてそうさ」
「まってください。進化は生まれ育った環境に適応して…」
「ふん。そんな3歳児でも理解できるような理屈で生命の進化を説明できるなんて本気で考えるなんて日本の将来も危ういね。
 もしそうなら、昔ながらの形をした種と共存しているのはなぜ? そして、うめることのできない、種の壁はどう説明する?
 たとえば猿は人間の祖先だといわれているが、まったく違う種だ。それに、その中間種の類猿人、類人猿でもいいがこの世の中に繁栄していないのはなぜ?
 彼らは進化したはずなのに猿に劣るとでもいうの?」
「それは…」
「説明できないだろう? だから進化については、進化論ではなく、進化説なんだよ。進化に付いて語られることはすべて論理ではなく、仮説なんだ。
 だから、何が正しいなんて、今の時点では誰にも言えない。
 だから、神様が人間を創ったといっても誰にも否定はできないし、鬼が人間を造ったといっても当然否定できない。神や鬼の存在を否定する? 妖怪なんていないとか魔術なんて迷信だといわれていたのはそんな昔じゃないんだよ。一応、この白衣は生物の教師だから着ているんだけどね」
「でも」困惑気味の声を漏らす舞。
「そう、信じられないね。僕もそう。信じられなかった。僕が鬼になる前ま
では…
 ねえ、舞。君は鬼になれる素質がある。清純でやさしそうな性格のその裏にうごめいている闇は何? それが鬼になれる素質だよ」
 鬼塚は蛇のような静かな笑みを舞に見せた。舞の顔が蒼白になる。
「ハハハハ、冗談だよ。冗談」
 鬼塚は笑ってごまかしたが、舞にはとても冗談には聞こえなかった。
「じゃ、僕はここで失礼するよ。くれぐれも他言無用だよ。
 あ、そうそう、鬼に着いて興味をもったら首塚山の首塚に言ってみると良いよ。部屋に閉じこもって本を読むより、フィールドワークはより多くの情報が体験できる。体験に勝る知識はないからね」
 鬼塚はテーブルに立てられた伝票を取るとそのまま、レジに向かった。

 姫ノ樹桜と鷹栖和彦と神楽真珠は特魔課の会議室を借りて打ち合わせをしていた。
「というわけで、北条巡士は無事、茨木病院に意識不明で入院中。
 興味深いのは、私と和彦さんが捜査している事件で出てきた鬼首塚で北条巡士が真珠に目撃されているということ。
 でも、その事件は妖魔がかかわっていると見せかけた刑事事件ということで、私たちが手出しできなくなってしまった」
「でも、首塚山の件は…」
「あれは、北条が保護されたから、一応俺たちの仕事しては終わりだよ」
 和彦が冷静に指摘する。
「と・こ・ろ・が、その首塚山で拾われたという鬼怒川清美の名札が拾われたんや」
「ということは、脱走事件と鬼切丸窃盗事件は無関係じゃない」
「ま、そういうこっちゃ。その切り口で私らの介入は可能なんや。
 でも、輝のやつは遅いなぁ」
「た、大変です。茨城医院で妖魔事件です」
 西宮巡士が会議室に飛び込んできた。その報告を聞いた3人の特魔官は現場に急行した。

 更紗は茨木童子のいい付けを守らず、屋上に祥子を連れて行った。
「ねぇ、あなた。あの茨木童子のお嫁さんになる気はあるの?」
「え?」
「あなたは、茨木童子の花嫁になるためにさらわれたのよ」
「私もあんな化け物になるなんて死んでもイヤ!」
「そうよね。だったら今、食べてあげる」
 更紗は妖艶な笑みを浮かべ、祥子は恐怖に悲鳴を上げたが、だれも助けには着てくれなかった。更紗は祥子の精気を喰らい終わると、恍惚の笑みを浮かべた。
「なんておいしい精気なの。私が私だって気が付いたときみたいにいい気持ち。
!!! お、お腹がイタイ!!」
 更紗はその場にうずくまり、頭から角が生えはじめ、それと同時に下腹部から血が滴り落ちる。
 そこへ病院の人間を喰らい尽くした上級妖魔化した獅子型の魔獣が現れる。
獅子の頭には角が生え、鬼を連想させる。
 獅子型の妖魔は更紗を抱え、その場を去ろうとしたが、酒天童子が立ちはだかった。
「なるほど。これが茨木童子の目的か。俺と清美で失敗したから、次の手というわけか。抜け目がない」
 獅子型の妖魔は酒天童子に牙をつきたて、襲い掛かるが、酒天童子は獅子の両あごをつかみ、獅子型の妖魔を引きちぎる。獅子型の妖魔はそのまま霧散化し、酒天童子の前から消えうせた。
「ふん。他愛のない」
 酒天童子がもう一人の妖魔にとどめを刺そうとした時、後ろから殺気を感知する。
「見つけたぞ。酒天童子」
 そこには、鬼切丸を持つ皇牙がいた。

 静能寺舞は首塚山の山道を歩いていた。
 鬼塚の言葉が妙に気になったのだ。舞は息を切らして首塚につくと、そこには一人の老人が横たわっていた。
「大丈夫ですか?」
「おお、更紗か?」
「いえ、違います」
 舞の言葉は老人には届いていなかった。老人は、録音されたテープの内容を再生するように、その口から言葉が発せられた。
「更紗よ。私を喰らうがよい。そして、私の子を宿せ。そうして、鬼は増えてきた。
 妖魔を食料とし、自分が老いれば、子孫を残すために、母体を作り出す。
それが、母星を失いしわれらが種族の生き延びる方法。われわれは人間にわれわれのDNAを加え、われわれの亜種をつくったのだ。他に、段階を追ってわれわれの母性に近い生命に進化するように、地球の生命のDNAに手を加えたのだ。
 本来なら、妖魔ではなく、鬼と化した人間を母体にする予定だったが、それも鬼切丸によって妨害された。
 鬼切丸。同じ過ちを犯さぬために、必要以上に繁殖しないために作られた擬似生命体。自分の種を滅ぼさぬために作り出したものに今、滅ぼされようとしているのは、やはり、われら鬼の業深きゆえだろうか? それとも、これもシステムのうちなのか、今となってはわからない。
 この茨木童子が、1つの固体の生命が、500年という時をすごしたこと自体間違いかも知れぬな」
老人はそのまま息を引き取った。
「鬼塚先生の言ったことは本当だったの?」
 舞はただ戸惑うばかりだった。

「な、なんてこと。」
 その声を発したのは御神楽真珠だった。
 真珠の後ろには、鷹栖和彦、姫ノ樹桜、西宮信二と続く。
 彼らの視界に入ったのは、ケンタウロスと戦うヘラクレスというような光景だった。もっとも、ヘラクレスの頭には二本の角が生えていた。酒天童子である。
もちろん、ケンタウロスとは皇牙のことである。
 酒天童子と皇牙は特魔官が訪れたことなど気にせず、一騎打ちを繰り広げている。
 酒天童子の所々には口をあけた傷口がいくつか確認できたが、そこから血は流れ落ちることはなかった。一方、皇牙の鎧は酒天童子の剛撃によっていくつかの部分が破壊されていた。
 酒天童子と皇牙は一瞬、にらみ合うと、酒天童子は短い助走で跳び、皇牙の顔面に蹴りを加える。皇牙は反応しきれず酒天童子の蹴りを受けると、よろめく酒天童子はその隙を逃さず、皇牙の後ろ下半身を足場に皇牙の後頭部に回し蹴りを与える。
 皇牙はそのまま前のめりに倒れようとしたとき、酒天童子は皇牙の首を後ろから絞め、そのままコンクリートに叩き付けた。
 ゴリ。
 という、鈍い音の後、一切の音は失われたかのように沈黙が訪れる。
 倒れる二人を見守るように黙り込む特魔官。特魔官たちが見たものは、自らの
刀で腹を突き刺し、敵を貫く皇牙の姿だった。
 皇牙は刀を引き抜き、倒れる酒天童子を見る。
「今まで戦った奴の中で一番強かったぞ」
 皇牙はその一言を残してその場から転移した。特魔官たちは戦場に駆け寄ると、そこには鬼羅相馬の死体が横たわっていた。

 鬼瓦刑事は人気のない公園で、血を吐いて倒れていた。
「まったく、物分りが悪く上に無能な鬼は困るなぁ。
 僕はちょっと、茨木童子を裏切っただけなのに。変な忠義心みせて、僕に戦いを挑むからこんなことになるんですよ」
 そこには、鬼塚はにっこり微笑む。
「茨木童子は老衰しちゃうし、鬼怒川と酒天童子は血の気が多すぎて、鬼切丸にやられちゃったみたいだしなぁ。あんまり仲間を増やすのも面倒だしなぁ」
 鬼塚は面倒そうに頭を掻いていた。
「ふっふっふ、見たぞ。おぬしが鬼ハゲワシだったのだな」
 そういいつつ鳥の着ぐるみが草むらから登場する。
「そういうあなたはどなたです?」
「わしか? 良くぞ聞いた。わしの名は、未来の妖魔の国の王、北方不敗なるぞ」
「妖魔の国?」
「あ、馬鹿にしているな! その目は」
「いえいえ、北方不敗様。僕は新しい主を探していたのです。
なんというか、NO2主義なんです。僕って。だから、あなたがNO1、それで僕
がNO2。なんかよくありません」
「それは、ワシの家臣になるということか」
 北方不敗はメガネ越しに、目をパチクリさせてキョトンとする。
「はい。ぜひ!」
 
 昼休み。姫ノ樹桜と御神楽真珠、そして鷹栖和彦がカフェテリアで昼食を済ませていた。
「結局、なんやったんやろ」
「ええ、北条さんと輝さんは生死不明。鬼羅容疑者は死亡、鬼怒川容疑者は海でばらばら死体になって発見されてしまったようですしね」と真珠。
「そういえば、鬼瓦刑事が殺害されたそうだ。それと、茨木病院は酒天学園の元教師が経営を引き継ぐそうだ。
 鬼塚とかいったかな」
「え? あのナンパ教師が? 世も末や」
「どうしてですか?」
 桜の後ろから静能寺舞が声をかける。
「そりゃ、あんなナンパ教師がえらい医者になるんだから、看護婦たぶらかしてって、舞、なんでこんなところにいるんや?」
「いえ、その相談が」
 もじもじする舞を見て、桜は意地悪い笑みを浮かべる。
「男だな」
「そ、そんな違います! 鬼塚先生からプロポーズされたので、どうやってお断りするか…」
「なに、医者にプロポーズされたん? そりゃ、すぐにOKださないと後悔………
あ、でも、鬼塚ってあの鬼塚やろ。やめとき」
「そんな、もう少しは考えてくださいよ」
 舞は桜に相談したことを半分だけ後悔していたが、こういったことを話せる仲間がいることに安心もしていた。

 うわさの鬼塚は特注の鳥の着ぐるみを着て北方不敗とエンディングの練習をして
いた。
「あ、本番のようじゃ。1カメさん、こっちこっち。そう。ワシはこの角度が一番いい男なのじゃ。
 よし、いくぞ、鬼塚」
「はは、北方様」
「でゅわははははあ、トリを勤めるのはこのワシなのだ!」
 後ろで、鬼塚が手を打ちせりふを読み上げる。
「そうか! 焼き鳥を食っていたのはこの複線だったのかぁ!」
 ある意味、北方不敗がいるかぎり、平和は保たれているのかもしれない…



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