ホーム > 目次へ > 小説    >     鬼たちの挽歌
人魔共存の蕾

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 カーテンの隙間から差し込む朝日は、和彦の眠りを妨げる。深い眠りから徐々に意識が覚醒していく。
 和彦はまぶしそうに目を薄く開き、さっきまで夢を見ていたことを思い出す。それはどんな夢かは今となっては思い出せない。
 ただ、夢を見ていたという事実は覚えていた。
 夢とは不思議な現象だと和彦は感じずにはいられない。夢を見ている間は、その夢の中の世界が現実だと確信できるのに、目覚めたとたんに、それが幻であり、現実ではないと確信できるからだ。
 そう考えれば、今、この時だって幻だという保証は何処にも無い。そんな考えが浮かんだ和彦はそんなことはありえないと自嘲した。
 和彦はベッドから起き上がると、布団から、細身で無駄な肉の無い半裸が姿を表す。そして、テーブルに置いてあるリモコンを手にとりテレビをつけた。
 和彦はおもむろに細い指で、長い髪をかきあげ、面倒そうにテレビのニュースに耳を傾けた。
 ニュースでは、ラブホテルで男一人だけが殺されているという殺人事件がここ1年で数件あったことについて報道していた。
 そして、警察では妖魔事件の疑いがあることを表明した。
「隣町だな。やれやれ、仕事が増えそうだな」

 とあるラーメン屋、メガネにちょび髭の中年の男と20代の青年は、二人で注文したラーメンを待っていた。
「なに、人魔共存は可能じゃと?」
「ええ、ちょっとした研究テーマでしてね」
「ふむ、わしは共存する事は良いと思っておる。でなければ、ワシもここの常連になっておらんからのう」
 北方不敗は鋭い眼光で、正面にいる部下の鬼塚に言った。
「オヤジ! ラーメンはまだか!」

 そのころ、そのラーメン屋の隣にある喫茶店で、非番の姫ノ樹桜と静能寺舞が休日の余暇を楽しんでいた。
「そうそう、舞、昨日テレビ見た? 妖魔リサーチ」
 妖魔リサーチとは過去にあった妖魔事件を科学的に検証し、視聴者に妖魔について考えてもらうという番組である。妖魔への警戒心をあおる番組として一部のマスコミから非難され、政府からも何度か自主規制を要請されたのにもかかわらず、番組の内容が自主規制されることはなかった。
 それは、圧倒的な視聴率という実績のなせる業だろう。
 それが、予告もなしに昨日の夜を最後に番組の終焉を伝えた。
 最終回のテーマは妖魔と人間の共存。
 ある暴力団まがいの不動産屋がフリーランサーの魔術師を雇い、孤児院を地上げすることがきっかけだった。
 不動産屋はその孤児院を強引に買い取ろうとすると、不思議な力を持つ孤児院の一人の男の子に妨害される。その孤児院の双子は妖魔であることが発覚した。雇ったフリーランサーの魔術師でも歯が立たず、不動産屋は特魔課に被害届を出したというのが番組の流れであった。
 テレビの映像は暴走するフリーランサーの魔術師と特魔官をとらえ、私利私欲のために、孤児院すら犠牲にする人間と人間を守る妖魔というあまりにも妖魔に偏った番組編成であった。
 そして、最後に司会者兼、プロデューサーである黒輝相馬という男が、一人、暗い部屋にスポットライトを浴びて椅子に座っていた。
 相馬は丸いサングラスをかけた短い髪に無精ひげをはやした男で、髭の下に
かすかに傷らしきものが見受けられた。
「さて、なぜ、これだけ偏った視点でこの番組の最後を飾ったか、疑問に思われる視聴者の方は少なくないでしょう。
 それは、私を含めた番組のスタッフが妖魔だからです。
 しかし、その全てはいわゆる、ヤラセなどではなく、真実である事は断っておきましょう。
 妖魔である私がなぜ、このような番組を作成したか疑問に思われる方が視聴者の中に数多く居るでしょう。
 それは、あなた方人間が勝手に作り出したステレオタイプ、つまり、"妖魔らさ"がこの、妖魔リサーチに感じさせなかったからです。
 私達妖魔はまだ自分が何者かすら理解していません。なぜ自分が存在するの
か。私達スタッフはこの番組作成を通して、思考する先輩であるあなた方からそれを学ぼうと試みたのです。
 しかし、分かったことは、あなた方、人間も自分が何者か知らないのです」
相馬はサングラスをとり、鋭い眼光でブラウン管の向うにいる視聴者をにらみつけた。
「そう、その結論に達した時、私達はこの番組の終焉を決断したのです。
 あ、そうそう、私が妖魔であることに恐怖した視聴者の中にいるでしょう。
 ご安心ください。我々が食した人間は、今回の番組で紹介したようなクズばかりでしたから」
 相馬はカメラに向かって邪笑を浮かべると、そのままフェイドアウトする画面の中で、角の生えた獅子のシルエットを見せたのだ。
「それでは皆さん、新たなる共存の道をともに模索しましょう」
 と呟くように言ったまま、相馬だった妖魔は消えてしまった。

「え、ええ。見ました」舞は静かに頷く。
「どう思う?」
「あの、司会者の方には賛成できませんが、今のような並存ではなく、共存を目指す事は良いと思います」
「舞らしい答えやな。
 確かに、今は共存ちゅうより、並存やわな。さらに利害もあわへんし。でも、なんやろ、あの妖魔は高慢ちきで気に入らんけど、あんな妖魔がいるなら、可能性は見えてきたわな」
 桜はそう言って背もたれに寄りかかると背後に嫌な気配を感じた。
 桜は恐る恐る振り返ると、鷹栖和彦が面白くなさそうな顔で立っていた。
「あれ、和彦さん、どうしたん?」
「ああ、調査の命令が出たよ。なんでも、妖魔リサーチとか言うテレビ番組がらみらしい、ご存知の通り、特魔官は人手不足だ」
「へ? やっぱあの孤児院は隣の町だったん?」
 和彦は無言でうなずく。
「じゃぁ、あの派手に暴れた特魔官はやっぱり東巡士だったん」
「ああ、とにかく車を出すんだ。あれだけ視聴率の高い番組で、あんなこと言われてしまったら特魔課の面子丸つぶれだからな」
「あれ、和彦さん、面子とかそういうのこだわってはるの?」
「いや、ただ、何も知らない奴に特魔官ってだけで税金泥棒とか役立たずとののしられるのが嫌なだけだ」和彦はぶっきらぼうに応える。
「ハッ、納得。確かに一般市民様は一部だけを見て判断しはるからなぁ」
 桜は苦笑しつつ、今回の事件がたった今、最優先になったことを理解した。

 数日前。そこには獅子の頭の妖魔と30代の男がいた。妖魔の角が生え、鬼を連想させる。妖魔は嘲笑しながら30代の男を見下ろす。
「た、たすけて」
「ほう、面白い事を言う、そこの物が生きているって言っているなら、同じようにしてやろうといっているんだ」
 妖魔は、子供だった物体を指差す。あれは、1年前、孤児院から養子として引き取られた子供だった。
 子供は養子として引き取られた後、義父母に散々虐待を受け、その後、自分の信じる宗教団体に無理やり入信させ、修行をさせた。
 その儀式として、二つ以上ある臓器が抜き取られ、最後の儀式で全ての臓器が抜き取られ、今の姿に至っている。
 その夫婦がその宗教で天国に行くためには、その宗教の高僧を息子に持つことだったのだ。
「ち、違うんです。彼は然るべき儀式を施しました。ゆえに、生きているんです」
「じゃぁ、てめぇもやれよ。そこの坊やより、えらいんだろ? まったく、妖魔は人を喰らうと言いやがるが、人は人を喰らわないとはいえないな。
 そういった意味じゃ、共食いかもしれねぇが、ゆっくり喰ってやるよ」
 妖魔は犬歯を剥き出しにして邪笑を浮かべる。
「いや、た、たべないで…」
 その宗教の高僧は涙と鼻水を流し、妖魔に無駄な懇願した…。その後、骸と化した高層を背に、妖魔はサングラスをかけた妖魔リサーチのプロデューサー黒輝相馬の姿に変身した。
 黒輝相馬の背後から少年と少女が微笑を浮かべて相馬に声をかける。
「終わった?」
「ああ、次は何処の鬼退治だ?
 まったく、世の中、鬼が多すぎる。それを自覚していないだけたちが悪い」
「孤児院にいる特魔官だよ」
 相馬のぼやきなど無視して、少年は相馬の前半の質問に応えた。

 再び、とあるラーメン屋
「美味い!」
「そうですね。ところで、北方不敗様、先ほどの話の続きですが、世間は北方不敗様のような妖魔ばかりではありません。
 単純に強い者と戦うだけが目的の妖魔もおりますし、純粋に欲望に正直な妖魔もいます。中には、ただ好奇心の赴くままに行動する妖魔もいます。
 そのため、必然的に人間と敵対してしまいます。これでは共存とはいえないのではないでしょうか?」
「ふも、最もな意見じゃな。だが、安心せい。いつかきっと、ワシが妖魔どもをまとめ上げて妖魔王国を建国するのじゃ」
「なるほど。妖魔がこの社会を支配する形態になったとしたら、共存は可能だということですね」
「そういうことじゃ。
 オヤジ、塩の博多ラーメン追加じゃ」

 御神楽真珠は、物々しい事件現場である孤児院で子供達の相手をしていた。
 それは、妖魔リサーチで放映され、妖魔事件が発覚した為、真珠がここまで来たのだが、付近の住民が孤児院に嫌がらせに窓に石を投げたり、罪も無い孤児院の子供達をののしっていたりしていたのだ。
 真珠は、妖魔さえ存在しなければこんな事にはならなかったと思っている。だからこそ、妖魔をこの世から撲滅すべきだとも。
 そんな激しい怒りにも似た感情も、子供はやわらげてくれる。
「あのね、アキラくんが僕達を守ってくれたんだ」
「そう、でも、アキラくんは妖魔だったんでしょ? 怖くなかった」
「全然怖くないよ! だってアキラくんは悪い人しかいじめないもの。ね、みんな」
 子供達はいっせいに頷く。
 確かに、子供にとっては妖魔であるアキラは何の害ももたらさない。それは一見共存への道に見えなくも無い。
 しかし、他の人間が殺されてしまっては同じ事ではないだろうか? それは、妖魔が害を成さない人間と、そうでない人間を選別するという程度の差だ。そこから人間の中に封建社会にあったような、ある種の人間は人間ではないという差別が生じるのではないだろうか?
 真珠は子供の意見を笑顔で聞きながらそんな風に考えてしまうのだった。

 三度、とあるラーメン屋。
 北方不敗の前に博多ラーメンが置かれる。
「おお、美味そうじゃ、とにかくじゃ、鬼塚。強い者が弱い者を支配する。これは人間の社会のみならず、自然の法則にのっとったものじゃ。
 今の人間の社会はその法則を真っ向から否定している。
 民主主義とかいったかのう?
 なんでも、あの社会制度は力弱き者の意見でも、どんな少数意見ですら話し合いで検討するというではないか」
 と、北方不敗が軽い薀蓄を述べた後、割り箸を割る直前に、どんぶりが中に浮く。
北方不敗が眼鏡越しに殺気を丸出しにした眼光をどんぶりに合わせるころには、スルメを咥えた老人が博多ラーメンの麺とスープを一口で飲み干す。
「ミミズくびり、貴様! ワシの大切な塩の博多ラーメンを!」
「ほっほっほ、博多ラーメンと聞いて食してみたが、単なる塩ラーメンじゃったぞ。
 それはさておき、そうもいえるのう。ぢゃが、弱肉強食の法則は様々な形を変え存在している。金、権力、軍隊、学歴、情報などなど。
 結局は人間も強き者に従う仕組みを作ってしまっている」
「そう、そうなんです。人間は一見、全てを支配したがる反面、支配されたいという欲求を持っています。
 たとえば、そう、宗教」

 鷹栖和彦は姫ノ樹桜の運転する車の助手席で一人、物思いに浸っていた。
 それは、人間と妖魔の共存についてだ。和彦は、共存自体無理だと結論はすでに出している。なぜなら、人間は妖魔にとって食料であるという避け様の無い事実があるからだ。
 共存するためには妖魔が人間を食べる事をやめるか、人間が自らを食料と認め、食べられる事を受け入れるしかない。仮に妖魔が人間を襲わなくても暮らしてい
けたとして、人間の存在を放って置くだろうか?
 本来対立する二つの存在が、共に争わず存在する共存は無理である。ましてや、二つ以上の異なる存在が、互いの利益をもたらす共生など論外である。
「なぁ、姫ノ樹、本気で人間と妖魔の共存が可能だと思っているのか?」
「ああ、今は無理やけどな」
「考え直せ。その考えは、いつかきっと妖魔に付け込まれる」
「あら、和彦さん。随分な意見やねぇ。大丈夫。私は舞と似たような考えはもっているけど、舞ほど楽天家じゃないから」
 またまた、とあるラーメン屋
「なるほど、確かに、人間は万物の長と言っておきながら、それより上位の存在を信じるのう」
 北方不敗は頷く。一方、ミミズくびりはそれに対して首を振る。
「確かにそれは言えるかも知れぬ。ぢゃが、それが言えるのは、民族の無意識を根底とした土着の神を信仰する場合じゃ。それではなく、キリスト教やユダヤ教やイスラム教はたまた、仏教など、民族を超えた経典のある宗教は別じゃろう」
 ミミズくびりは応える。
「と、いいますと」鬼塚は問う。
「うむ、経典による教えは物事を客観化する。客観化できるという事は、数字に置き換えることが出来るという事じゃ。そして、数字に置き換えられる自然現象は、全て数学を礎とする科学に応用が利く」
「なるほど、論理の支配する宗教は土着の神の信仰とは質が違うというわけですね」
「けしからん!」北方不敗は机をたたく。
「どうしたのですか?」鬼塚は目を丸くする。
「理解できん」
 北方不敗はそういって腕組をして頬を膨らませた。
「ああ、つまりですね。キリスト教などの宗教は、みんなが分かるように、聖書などの解説書がついているんです。
 これを人類の宗教と呼びましょう。
 対して、日本の神道など、日本人しか信仰しないような宗教、つまり、民族の宗教があるわけです。
 民族の宗教はそもそも心の中に住まう神で、元からいる神様なんです。対して、人類の宗教はいわゆる、教えによって観念で神を作り出すのですね。
 私の言う宗教は民族の宗教をさしていて、ミミズくびりさんが言う宗教は人類の宗教となるわけです。そうですね、ミミズくびりさん」
「うむ」
「で、何が言いたい」態度を変えない北方不敗。
「人類はさっきも言ったように、支配されたがっているという隠れた欲求が存在するということです。
 夢は逆夢、なんて言葉があるように、人間は望む事と逆の行為を行う不思議な習性をもっています」
「ふむ、妖魔とは正反対じゃな」
「そこです。人間と妖魔が違うところは。私は常に疑問を持っていました。妖魔という存在が現実に実在するのか?
 ある人は妖魔とは人間以上の知性を持つ存在が創ったと主張します。また、ある人は人間に対する自然の最後の抵抗だとも主張しています。
 私の仮説はどれでもありません。人間自身が妖魔を創造したのです」
 御神楽真珠は視線を感じていた。孤児院の子供達には笑顔をみせてはいるが、内心の緊張までは隠せなかった。
 子供達は無意識のうちに、そんな真珠を恐れた。
「みんな、下がって」
 真珠の表情が天使の笑顔から戦士の表情に変わる。
 真珠の視線の向うから半人半馬の妖魔、皇牙が日本刀を片手にやってきた。
「そこの人間。今ならまだ間に合う。鬼になるな。それが、鬼切丸からの伝言だ。
もっとも、あたいは鬼になったあんたと戦いたいんだけれどね」
「何をいっているの、私は特魔官よ! あなたみたいな妖魔といっしょにしないで」
「やれやれ、鬼になりかけた人間はみんな自分が鬼になりかけているということに自覚が無い。もっとも、それだけに、あたいは鬼と戦える」
 皇牙は鬼切丸を構えると真珠に襲いかかった。

 姫ノ樹桜が運転する車はライトをつけてトンネルに入る。このトンネルを抜けると隣の街に入るのだが、少々長いトンネルになるので、事故が多く、怪談には事欠かない。
「和彦さん。結構このあたりで出るやって」
 桜はちょっとした会話のきっかけにと話すが、和彦は聞き流している。桜はいつもの事ながら、苦笑い浮かべて次の言葉をつなげないでいると、正面に一人の男が立っているのを発見た。桜はブレーキをふみ、とっさに、ハンドブレーキを引き、ハンドルを切る。
 急ブレーキをかけられたタイヤは車体を支えきれず、悲鳴をあげて、車体は傾き、スピンをしかけるが、桜は逆ハンドルを切り、体制を立て直す。車体はドリフトさせ、横滑りしながらギリギリのところで車を止めることができた。
「ふう、危機一髪や」
「いや、一難去ってまた一難だな」
 和彦は珍しく桜に言葉を返した。
 正面の男は、妖魔リサーチのプロデューサーであり、徐々に妖魔の姿をとっていたのだ。その足元には、特魔課の制服を着た特魔官が横たわっている。
 和彦は助手席から降りると、簡易詠唱で光の剣を創り出す。
「偶然か、必然か面白いところだな。和彦」
「なに、何故俺の名を」
「俺の名は阿鬼羅、かつて特魔官だった男を喰らってこの姿になった妖魔だ」
「! おまえは、どうやら何が何でも倒さなければいけない相手らしいな」
 和彦は伊達めがねを人差し指で位置を直すと剣を構えた。阿鬼羅はにやりと笑い、そのまま闇に消えた。
 不意にトンネルの中のライトが破壊され、光源は車のライトと和彦の持つ光の剣となる。「人間は闇の中じゃ何も見えないらしいな」
 トンネルの中で反響する為、声がどこから聞こえるか判断がつかない。すると、和彦の頬に痛みが走り、何かがかすめ、和彦の整った容姿に赤い線が入る。
 続いて肩、腕、背中と、何かがかすめていく。和彦は光の剣を駆使して、その攻撃を防ごうとする。しかし、攻撃のタイミングがつかみきれない上に、まるで闇の中で動きが読まれているかのように、和彦の攻撃がかわされ、傷を負わされる。
 受ける傷、一つ一つはそれほど深いものではないが、疲労と出血が続けばいかに和
彦といえども倒れてしまうだろう。
「どうだ、かわせまい」
 トンネルに阿鬼羅の声が響く。
「桜、ライトを消せ!」
 和彦が言うと同時に、手にあった剣を捨て、目を閉じる。
「音で判断しようとするなら無駄だぞ、和彦」
 和彦は妖魔の言葉を無視して、沈黙を保つ。和彦は音ではなく、動くけはいを肌で
知覚しようとしていたのだ。
(動いている気配は4つ、鳥のように飛んでいる・・・鳥のように? ・・・なるほど)
 その気配が4つ一斉に和彦に襲いかかると、和彦は簡易詠唱で呪文を唱えると、和彦
を中心に炎が巻き起こる。
 一瞬の炎は4つの気配の姿を照らすと同時に、それを焦がす。
 4つの気配の正体は、蝙蝠の形をした魔獣だった。蝙蝠型の魔獣はまだ生きていたが、和彦の魔術の炎で、皮膚の翼は焼かれ、飛ぶことができなかった。
 もちろん、炎の中心にいた和彦も無傷でいるわけもなく、その場に肩ひざをつく。
「ほう、なかなかやるが、その傷で俺と戦うつもりか?」
「あたりまえだ」
 和彦は立ち上がり、再び光の剣を創り出し、阿鬼羅に斬りかかる。阿鬼羅は和彦の剣
撃を回避しきれず、わき腹に傷を受けた。
「なかなかやるな。だが」
 阿鬼羅は和彦の腕をつかみ、トンネルの壁に投げつける。
「ぐふ」
「さて、どうやって・・・」
 阿鬼羅が言いかけると、桜の乗る車が動き出し、阿鬼羅をはねる。妖魔の巨体は車の
フロントにぶつかる。巨体はそのままフロントガラスにたたきつけられ、フロントガラスに無数のヒビが入る。
 阿鬼羅は車のフロントとフロントガラスを台にして、そのまま宙に跳ね上がると、和彦は残りの力を振り絞り、阿鬼羅に炎を浴びせ、そのまま意識を失った。

 しつこいようだが、とあるラーメン屋
「ほっほっほ、人間が妖魔を創造したとは、興味深い仮説じゃのう」
 ミミズくびりは微笑を浮かべる。
「じゃが、なんでまた?」と北方不敗。
「理由はさきほど話題になった人間の支配されたい欲求です。人間は支配されたいがた
めに、自分より大きな存在と戦ってきました。
 戦うことで、支配されようとしたのです」
「支配されたいなら最初から従えばよかろう」
 北方不敗はまたふくれっ面になる。
「いえ、人間は望む事を逆の行動を起こす習性を持っています」
「ほっほっほ、なるほど」
「それは良いが、人間がどうやって妖魔を?」
「観念です」
「観念ごときが我々を創り出せるのか?」メガネをかけなおし質問する北方不敗。
「意図的には不可能でしょう。しかし、積み重なる人間の想像力は様々なものを作ります」
「なるほど、妖怪などの空想の生物じゃな」
「そうです。想像は創造につながります。
 妖怪とは個々の観念が、複数共通するものになった現象です。妖怪は実体化できなかった」
「なるほど、つまり、妖怪は知識までは客観化されたが、われわれ妖魔はこのような実体
化ができたわけだ」
「もちろん、妖怪も短時間ですが実体化できたはずです。でなければ妖怪による奇妙な事
件などおきませんからね」
「ではなぜ我々は実体化できたのじゃろう?」
「人間を喰らうからですよ」

 静能寺舞は自宅で正座をして、じっと考えていた。
 人間と妖魔の共存は無理なのだろうか? もし、人間を殺さず、妖魔の食料である精気
を摂取できたなら共存は可能なのではないだろうか?
【それでも、不可能じゃ】
 舞の心の中に、透き通った女性の声が聞こえてくる。
「だれ、だれなの」
【わらわじゃ、般若じゃ。
 すまぬが、今一度、その体を貸してはくれぬか。わらわが眠っている間に、鬼は知恵を
つけ、人の心に隠れて住まう術を身につけたようじゃ。
 それを退治するために、妖魔がこれほどまでに力をつけたといってもよかろう】
「どういうことですか?」
【そなたら人間は人間同士で争ってきた。じゃが、理由はどうあれ、それは生き残るため
の一つの手段だったんじゃ。繁栄しすぎた種は神の怒りに触れるのじゃよ。その怒りに触
れないために、人は人同士お互いに殺しあった。
 じゃが、そなたらの戦う技術は発展しすぎ、互いに争いあう事は、絶滅につながる事態
になってしまった。皮肉にも、人間は争う事で平和を手にいれてしまったのじゃ。
 その、手に入れたかりそめの平和によって、人間という一つの種は繁栄した。そして神
の怒りに触れた。その結果が妖魔じゃ】
「そ、そんな、では妖魔が人を喰らうのはたまたまその食料である精気が必要だからでは
なく、人そのものを殺すための存在だと…」
【その通りじゃ、もっとも、妖魔にはそんな自覚が無いので、人間と仲良くしようとする
存在もでてくるであろう。
 じゃが、妖魔の本質はそうじゃ】
「申し訳ありませんが、私は信じません。たとえ、それが事実だとしても、妖魔にも意思
があります。意思があるからには、それだけの存在ではないはずです」
【…なるほど、ではわらわはそなたにかけてみよう。そなたなりの鬼退治に手を貸すとし
よう。わらわの面をかぶれば、そなたの舞師としての力は強化されるであろう】
「鬼退治? どういうことかしら?」
 舞が気が付くと、何も無かったはずの畳の上には般若の面が落ちていた。舞は、般若の面を手に取った。

 孤児院では、御神楽真珠と皇牙が死闘を繰り広げ、孤児院の子供達はそれを見守っていた。
 真珠は肩で息をして、疲労で体が思うように動かなくなってきている。対して、皇牙は
疲れなど知らぬかのように鬼切丸を振り上げる。
 真珠は頭の中で回避しようと体に命令するが、体はそれを拒否したかのように動かない。
(やられる!)
 真珠は己の死を予感した。
 しばしの沈黙のあと、真珠はまだ自分が生きている事を確信できた。
 皇牙と真珠の間に般若の面をかぶった舞師が皇牙の刀撃を鉄扇で受け止めたのだ。
「何者だ」
「わらわじゃ、鬼切丸。般若じゃ」
 般若の面をかぶる舞師は静能寺舞の声を借りて鬼切丸に語りかける。
「鬼切丸よ、おまえの使命は鬼を切る事。鬼の発生の予防ではあるまい。
 鬼はほれ、あそこにいる童共じゃ」
 般若が鉄扇で孤児院にいる子供達を指す。
 すると、子供達の無垢な表情はそこから消え去り、角をつければ鬼そのものになるような邪悪な表情を浮かべる。子供達の中からひとり前に進み出る。
「よく分かったね、そうさ、僕らは更紗母さんの子供達さ。僕は一番の息子アキラ。
「君がアキラだったの!」
 真珠は目を見開き唖然とする。
「そう、僕はアキラ。人間はちょっと姿を変えただけで、別の子供だと思ってくれるからね。
 僕らは生まれつき、不思議な力をもっているんだ。僕らの母さんは人間から精を受けて、僕らを生んだのさ。他にも普通の人間の子供がいたけれど、東という特魔官がつれていった。
そして、母さんは東という特魔官にだまされて封印されたのさ。僕らは母さんを封印から助け出して、僕らと母さんの鬼の国を作るんだ」
 真珠は自分の耳を疑った。目の前にいるのが妖魔の子供達というのだ。
 そんな真珠を背に、般若は舞をはじめる。その舞は風になびく柳のようにしなやかで、そ
れでいて節々が優雅でありながら、その中には、はっきりとした力強さを感じる。
 般若が舞い始めると、アキラをはじめとする子供達から発せられていた邪気が湯気のように蒸発し、子供達はその場に眠り込んでしまった。
 唯一フラフラになりながら立っていたのはアキラである。
「今じゃ、鬼切丸、鬼の子らを斬るがよい」
 般若の言葉に皇牙が反応し、まずは、アキラを斬り、残る無抵抗な子供達を斬っていく。
それは殺戮でしかなかった。
 鬼切丸は嬉々として子供達を切り殺していくが、皇牙の表情は苦悶に満ちていた。
 妖魔に良心というものはない。しかし、だからといってこのような殺戮は皇牙の望むもの
ではなかった。
「やめてぇー!!!」
 真珠は頭を抱え、叫んだ。
「何を言う人間よ、あの童共は鬼の子ぞ」
 その時、真珠は般若の言葉から自分が妖魔に対して行おうとした事とどう違うのか自問した。
 皇牙が子供達を斬り終えると、アキラだけが弱々しく立ち上がる。
 鬼切丸はとどめを刺そうとした時、皇牙は自らの意思で鬼切丸を投げ捨てた。
「あたいのやりたいのはこんな事じゃない。鬼切丸。あたいは強い奴と戦いたいだけだ」
 投げ出された鬼切丸は主を失い、ただ、そこに在るだけだった。
「それが良かろう、鬼の憂いは残るが、それは人の心で御するもの。
 舞殿、鬼切丸と我が面の処理は頼み申した。それと、牛鬼玉の処理もお願いしますぞ」
 般若はそういうと、舞の顔からはらりと落ちた。
 
 もうしわけないが、場面転じて、とあるラーメン屋。
「ほっほっほ、なるほど、観念は妖怪をつくりだした。人間が妖怪の事を考えなければ実
体化まではできなんだ」
「そうです。きっかけはおそらく、人間が魔術を多用する技術を得たからでしょう。
 知ってのとおり、魔術は人間の精神力を激しく消耗するといわれています」
「つまり、人間が魔術を得たという事は、より強い観念を取得したということじゃな?」
「そうです。長い間実体化できる妖魔。しかし、それもまた不安定な存在です」
「そのために、外部から観念を取得するわけか。ほっほっほ、道理ではあるな」
「まぁ、所詮、仮説ですけどね」
 鬼塚は苦笑しつつ髪をかきあげると、ポケットにある携帯電話が鳴る。
「ああ、私だ。なに、そうか。仕方が無い。証拠は全部隠滅しろ。冷凍保存しているもの
も全てだ」
「どうしたんじゃ?」
 北方不敗は不思議そうに質問した。
「いえ、ちょっとした部下の不祥事ですよ」鬼塚は些細なことだと言いたげに笑った。

 数日後、鷹栖和彦は提出する調書に目を通していた。
 その内容は、東巡視が孤児院の子供を妖魔事件に巻き込まれ殺された事にし、宗教団体に売り渡していた事実である。
 その宗教団体は教祖が原因不明の死を迎え、解散したため、調査は難航している。
 また、孤児院についても、偶然にも妖魔に襲撃され、残りの子供達も殺されてしまった。
 ただ、宗教団体の家宅捜査時に冷凍された臓器がいくつか発見されたため、臓器密売の
可能性が強いと判断された。今後、宗教団体と付近の病院などと関係があったか調べることになるといった内容だった。
 和彦はトンネルで遭遇した妖魔の事件は別件だと考えてはいる。しかし、東巡士を瀕死
の重傷に負わせた事実はまったく関係ないともいえない。もし、関係があって妖魔がそう
したのなら、その妖魔は妖魔なりにこの事件を解決しようとしている可能性が考えられた。
 ただ、和彦はそれを偶然だと考える。妖魔に動機が見受けられないからだ。
「あ、このまえの調書やね」
 姫ノ樹桜は眉間にしわを寄せている和彦に声をかける。
「ああ、結局、阿飢羅は取り逃がしたしな」
「だけど、倒した事にはかわりあらへん。そうそう、真珠から聞いたんやけど、あそこの
孤児院の子供達はみんな妖魔の子供だって言ってはんのよ。ほんとやろか」
「さぁな。それは証拠がないからな。何ともいえない。
 だが、日進月歩で妖魔も進化しているというのは考えられるな。俺達の仕事もますます
厄介になっていく」
「せやけど、妖魔も知恵をつけて、人間と上手くやってなんて…甘いかんがえやな」
 桜は自分の願望を言ったが、和彦の表情を見て結論を変えることにした。
「ああ、無理だろうな。だが、この事件を調べているとそんな風に考えるとつながる部分
があるのは認めるよ。
 あのトンネルの妖魔が事件を解決するために教祖を殺害し、東巡士を襲った。
 孤児院襲撃は…そうだな。その妖魔の反抗勢力の妖魔と考えられるな。
 だが、その可能性はかなり薄いし何の証拠も無い」
 和彦はそう断言しながらも、自分がその結論を疑っていると自覚した。
「でも、そう考えるとどっちが人間の敵かわからへんねぇ」
 和彦は桜の言葉を同意するかのように肩をすくめて、違う調書に手を掛けた。

END


 書いた人より。
 まずは、ここまで読んでいただき、ありがとうございます。いかが
だったでしょうか?
 楽しめていただければ幸いです。
えっと、実はこの小説、とある共同の同人誌のようなものに載せ
る為にかいたものでして、本当はもう少しだけ長い予定だったので
す。しかし、そこは同人誌。予定よりも回数が少なくなったので、
 鬼の宴が最終回と相成ったわけです。
 しかし、その後、打ち上げ本が出ることが決定しましたので、
改めてこれを書いたわけです。
 そんな事情があって、まとまりの無い小説になりましたが、ここ
まで読んでいただきありがとうございました。
 感想などいただけると幸いです。
 また、感想で続編を希望される声があれば、その後の話を書く
かもしれません。

 一応、アンケートなるものを書いておきましたので、レスポンス
いただければ幸いです。(あ、かけるところだけで結構です)

 アンケート
 Q1、印象に残ったシーンはどこですか?
 Q2、好きな登場人物はだれですか?
 Q3、嫌いな登場人物はだれですか?
 Q4、ここはこうしたほうが良かったというシーンはありますか?
 Q5、お気に入りの登場人物に言いたい事など・・・。。
 Q6、なにか質問、要望とかありますか?
 Q7、その他感想をお願いします。




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