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生ける犬は死せる獅子より勝れり

●マツドLD
 戦争は何よりも愚かしいことである。その愚かしさは冷静になれば誰にでも
分かることである。
 しかし、それは客観的な立場にいる時のみである。自らがその現場の人間
になれば、その冷静さなど全て失い、目の前の争いの狂宴に身を任せ、憎し
みと、怒りの舞を踊り、信念の美酒に酔う。
 まるで戦うことが自分の存在意義であるかのように。
 そうやって人間は、さまざまな戦う術を考え出し、無数の兵器を造り出した。
その無数の兵器のひとつにAD、オートドールというアンドロイド兵器がある。
 ADは超人的な戦闘能力はもとより、あらゆる毒物、細菌に影響されず、あ
らゆる悪条件の中でもその戦闘能力を発揮できる。
 もちろん、万能なADにも弱点はある。その体が金属であることから、金属
反応を示すこと。水中では自力で浮かび上がることが出来ないこと。精密機
械であるがゆえに、3ヶ月に1度はオーバーホールしてメンテナンスを受けな
ければいけないことである。
 YS製薬のマツドLD支店長の秘書である飛鳥はADである。YS製薬の息
のかかった病院で、メンテナンスを行っていた。
 飛鳥は、ベッドに座り、うなじから背中にかけてさまざまな色の線がつなが
れていた。
 つながれた飛鳥の体には精密機械が剥き出しになり、飛鳥の美しい白い
肌と精密機械のミスマッチが違和感を感じさせる。
「あなたが、ビショップだったとはね。YS製薬の情報網もたいした事がない
ということかしら?」
 飛鳥をメンテナンスしている白衣を着た男は振り返る。
「いや、私の正体を突き止めた君のシステム、センジュが優秀だというべき
だろうな」
 センジュとはADの制御ソフトである。もともと、ADの制御ソフトはアシュラ、
ラセツ、シュテンなどに代表される戦闘システムであったのだが、ADが一般
化されるようになり、様々な制御用ソフトが開発されるようになった。
 その中でも最新ソフトがセンジュだった。
 飛鳥とビショップはたがいに苦笑しつつ、そのままメンテナンスを続けた。

●矢島智樹(やじまともき)
 矢島智樹は非番だというのに、警察署のコンピュータルームにいた。眉間
にしわを寄せ、ディスプレイをにらみつける。
 一般家庭の端末はヴァーチャルタウンによって買い物が出来るように、警
察署では犯罪に関するあらゆるデータ、それに携わった人物の詳細な個人
情報を情報化し、データベースをビジュアル化されている。
 もちろん、LDを制御するUNIT64によってセキュリティーは万全で、額にある
チップにより、情報の参照権のある人物を判断する。
 さらに、刑事というだけではなく、担当以外の情報でその必要性の有無も判
断され、刑事といえど無関係の事件を調べる事は出来ない仕組みになってい
る。
 矢島は胸ポケットからタバコを取り出すと、ディスプレイに警告のメッセージが
流れる。
「アラームメッセージ。ノースモーキング」
「やれやれ。ここは禁煙だったな」
 矢島は眉間にしわを寄せて独り言を呟くと喫煙室へ向かう。
(さて、分かっている事は、現場付近の牧師が元YS製薬の技術者だって事。
そして、マツドLDのYS製薬支店の支店長の3年前以前の経歴が追えない事
だ。問題はこれをどうみるべきかだ)
「あ、矢島さん。今日は非番じゃぁ・・・?」
 喫煙室には神崎彪雅がいた。
「ああ、気にするな。プライベートな調査だ」
「プライベートな調査って・・・警察のコンピュータルームで調べるものって、
いったいなんですか?」
彪雅は言外に公私混同を指摘しつつ、あきれ気味に質問する。
「なんだ? 神崎は他人のプライベートに首を突っ込む趣味があったのか?」
 矢島はタバコを口にくわえ、火をつける。
「いや、そんなんじゃなくてですね」
 彪雅は顔をしかめながら、意地の悪い先輩の冗談に肩をすくめる。
「なら、口出しするな。
そうだ、おまえ、幼児誘拐のヤマ追ってたがどうなった?」
「へ? ああ、あれは上からの命令で迷宮入りです」
「迷宮入り?」
「ええ、裏でYS製薬が関係しているところでアウトですよ…。それより、今は東
郷竜之介の捜査に専念中であります」
 彪雅はわざとまじめに敬礼した。
「そうか…」
 矢島は彪雅の言葉にうなずきつつ、正規のルートでは、YS製薬を追えないだ
ろうと言う考えが頭をよぎった。

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