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人の生くるはパンのみによるにあらず

●朝
 薄暗い青い時間。廃墟の町の真中にそびえるLDの上には、ぼやけた月が
浮かぶ。
不夜城であるLDでさえ、この時間は静けさを感じさせる。
 マツドLDの地下に、タクは昨夜から「リリト」について調査していた。
(よし、これでハッキング完了。ふふ、アイスウォールなんて俺の手にかかれ
ば・・・)
 タクは満身の笑みを浮かべ、実行キーを叩き付けるように押した。ディスプ
レイの画面は静止したまま、ハードディスクが頻繁にアクセスを始める。
 タクはそわそわしながら、手元にある水の入った2リットルのペットボトルを
手にしてグビグビと飲みはじめる。
 すると、タクの予想より早くアクセスが終了し、タクの求める情報がディスプ
レイに白い文字とともに流れはじめる。
「何ってこったい。本当にこんなことがありえるのか? いや、SFじゃあるまい
し、正気のさたじゃない」
 タクはつぶやき、飲みかけた2リットルのペットボトルを落とす。ペットボトル
から水がドクドクとこぼれる。
 タクはペットボトルなど気にもかけず、リリトに興味を持っているであろうマコ
トに警告のメールを送信した。

 30分後、タクは焦点の定まらない視線で「ボクハアキラ」と無機的な台詞を
機械のように繰り返していた。
 そこへ、数人の黒服にサングラスをかけた男達が入って、タクの部屋を勝手
に荒らしまわる。その中を、悠々と入ってきたのはYS製薬のマツドLD支店店
長の秘書、飛鳥である。
 飛鳥は、変わり果てたタクを観察する。
「失敗ね。リリトも焦っていると言うことかしら」飛鳥は静かに微笑み、黒服の
男達に「 調査終了」と指示を出した。黒服の男達は飛鳥の指示に速やかに従
う。
「さよなら、失敗作さん」
 飛鳥はそうつぶやくと、懐から注射器を取り出し、タクの腕にそれを刺した。
 その後、タクは、薬物中毒患者としてYS製薬関連の病院へ連れ込まれ、死亡
が確認された。


●神崎恵子(かんざき・けいこ)
 神崎恵子が気が付くと、そこは、何も無い無機的な白い前後左右にある4面
の壁と上下にある天井と床に包まれた空間だった。その部屋にあるのは、恵
子自身が横たわるベッドと部屋を照らす蛍光燈、そして向かい側の壁にある
入り口であろうドア以外なにも見当たらなかった。
 恵子はこれまでの記憶を整理してみる。
 喫茶ルナでいつも通りすごしていたら、急に襲われて、車に連れ込まれ、スプ
レーをかけられ、それからの記憶はない。
 恵子が必死に記憶の紐をたどっていると、入り口のドアが開く。
 恵子は、訪問者を見ると、声にならない悲鳴を上げた。訪問者は神崎恵子だった
のだ。

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