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SUN OF NIGHT
人、その友のために己の命を棄つる

●教会
 教会はあふれんばかりの人でにぎわっていた。教会で行われるチャリティー
ライブの観客達である。
 特別に作られたステージには幕がおりており、観客達はその幕が上がるのを
待っていた。
 その幕の裏では緊張した面持ちの5人がいた。
 なかば、ぶっつけ本番のライヴである。5人の気持ちがばらばらであること
は5人とも感覚的に感じ取り、それが焦りとなっていた。
 そんな中、真理逢が幕を背に振り返り他の4人に語りかける。
「みなさん。行きましょう。失敗を恐れず、お互いを助け合いがんばりましょ
う。”人、その友のために己の命を棄つる”というくらいの気持ちで」
 真理逢はそれこそ、天使のような笑みで言葉で区切るとさっきまでのギクシ
ャクした緊張の糸が切れ、5人の心が一つになったような感覚を感じ取れた。
(案外、あのお惚けシスターはリーダー向きなのかもしれないな)
 轟丈太郎はそんなことを思い浮かべていた。
「オーケー、思い切ってやろうぜ! みんな」ジョーが声をあげると、予定の
時間が1分過ぎてから特別ステージの幕が上がり、5人の男女にスポットライ
トが当てられた。
 突如、後ろからパワフルなドラムが叩かれる音が響く。
 観客は、期待通りのオープニングに歓声を上げる。
 先頭には二人の黒髪の女性、エレンと真理逢である。二人はマイクを持って、
無表情でドラムから歌い出しを待っている。
 彼女達の後ろで歌のリズムを取っている特大のドラムに座るのは、身長、2
メートルほどの赤いモヒカンのサングラスをかけた男。チキンと呼ばれる男だ。
 右側には身長180ぐらいの弾痕がついたリードギターを背負った、左手がサイ
バーもろだしのハンサムな男性だった。イーグルと呼ばれる男がリードギター
で新曲の始まりを告げる。
 チキンの左側には、元、バイクのレーサーであり、ベーシストであったジョ
ーこと、轟丈太郎がいた。

 そして、新曲が始まった。
 エレンの声帯からなんともいえない甘い旋律が聞こえてくる。エレンの歌声
は船乗り達を惑わしてしまうセイレーンの歌声を連想させた。
 対して真理逢はエレンの静かな盲目の誘惑の歌声とは対照的に、聞く人間に
希望を沸き起こさせる力強さを感じさせる。これだけ対照的な声が上手くかみ
合う歌声に観客は陶酔した。

 わたしはいつ、どこにいるの?
 あなたはいつ、どこにいるの?
 壊れた時計を与えられ、嘘の虚像に魅入るわたし。
 あなたはどう? 何が本当か知っている?
 嘘を真実と思い込み、真実に目を閉じていない?
 私は何も知らないけれど、何も知らない事は知っている。
 あなたは、すべてを知っているとおもいこまされていない?
 硬い卵の殻を与えられ、孵化する事が許されない卵たち。
 外は危険かもしれないけれど、
 出る価値の無い外かもしれないけれど、
 孵化しない卵に何の意味があるのだろう。
 みんなで孵化して、まだ見ぬ、父を知ろう。母を感じよう。
 自分の殻を破って。
 最初は傷つくかもしれないけれど、
 心が痛いかもしれないけれど、
 生きているからいたいんじゃないんじゃないかな?
 そう、生きているすばらしさを感じ取ろう。
 孵化するすばらしさを体験しよう。
 心の殻を破って。思い込みの殻を破って。

 そして、チャリティーライブが終わった。
 観客はみな満足げな表情をして、口々に、ライブの感想を語った。
「久しぶりのイーグルすごかったよな」
「いや、やっぱ、パワフルなチキンのドラムだよ」
「甘いな。通はジョーのベースだぜ」
「それより、あの二人のボーカル。迫力あったよな。新人?」
「たぶんな・・・」
「新曲もよかったしなぁ。孵化しない卵に何の意味があるのだろう。・・・か、
考えてみりゃ、俺たちはLDの中で、大人に言われたまま、孵化しないままか
もしれないよな」
「おい! いま、ジョーが、バイクレーサーとして復帰するって!」
「マジかよ?」
「マジも大マジ、で、そのスポンサーをYS製薬に指名したんだよ」
「すっげぇ」
「なんだよ、なんだよ。いったいなにがおこってんだぁ?」

●神崎恵子
そこは、何も無い無機的な白い前後左右にある4面の壁と上下にある天井と
床に包まれた空間だった。その部屋にあるのは、恵子自身が横たわるベットと
部屋を照らす蛍光燈、そして向かい側の壁にある入り口であろうドア以外なに
もみあたらなかった。
 神崎恵子は定期的に来る食事で、3日その部屋に閉じ込められている。
 これだけ何も無い空間に閉じ込められると、次第に時間の感覚がなくなり、
やがて、自分というものに対して自信がなくなってくる。
 元来、自分が自分であるという確信は他者とは異なることで、初めて自覚で
きる。だが、自分と比較するべき他者がいない空間に閉じ込められるという孤
独な72時間という時間は、今までの自我を自己否定させるのには十分な時間
である。
 始めは自答自問によって自我に確実性をもたせるが、次第に問は、自己否定
する内容に変わってくる。これは、自問自答によって引き出される答えに確実
性がかけるためである。
 疑心暗鬼を生ず。
 疑念より生まれし暗鬼は、次第にその問いの質を変質させていく。
 今、ここにいる自分自身は本当に自分自身なのだろうか?
 だいたい、3日前、自分と思っていた姿が別人として現れたではないか?
 本当は、自分は神崎恵子だと思い込んでいただけではないだろうか?
 「私」は神崎恵子であっていいのだろうか?
 恵子は頭を抱え、何度も何度もこの問いを行っている。それは、コンピュー
タのプログラムのようなルーチン思考しか出来なくなっている。ルーチン思考
は人間的な思考を一掃させる。そうして、恵子だった女性は誰でもない女性と
なった。
 人間は他者と外部の刺激によってしか、自己の存在の確実性を立証できない
存在なのである。自己の存在の確実性を立証できない人間は、誰でもないので
ある。
 そんな時、扉が開き、一人の女性が入ってくる。呆然としている女性はその
女性が誰か知っていた。最近・・・まだ、自分が恵子だと思い込んでいた頃、
恵子の弟だと思い込んでいた耀がつれてきた女性。
「あなたは、花岬明子・・・」
「いいえ、私はリリト。あなたは私、私はあなたよ・・・」
 花岬明子と呼ばれた女性は、リリトと名乗った。
「私はリリト・・・あなたは私・・・私はあなた・・・」
 誰でもない女性はリリトの言葉を繰り返した。
  

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