ホーム > 目次へ > 小説  > Sun Of Night

タイトルへ戻る 次へ 戻る

●矢島智樹
 矢島智樹は警察署の自分の席の引き出しに閉まっておいた白い封筒を取
り出す。珍しく、それは矢島の直筆の字であり、それには「辞表」と書いてあっ
た。
 YS製薬のことを本格的に調べるのであれば、警察という足かせは邪魔にし
かならない。矢島自身、YS製薬が絡んだというだけで迷宮入りになった事件
は何件かあり、そのたびに、署長になだめられた。
 だが、もううんざりだった。LDはYS製薬の私物では無い事を、示すため、何
よりも、真実を知るために警察を辞める決心をしたのだった。
「矢島さん! それ!」
 矢島の背後から聞こえてきたのは神崎彪雅である。
「ああ、わるい。ちょっと出てくるから。あと頼む」
 矢島は一言そういい、署長室へ行き、辞表を出す。署長は細身だが、威厳の
有りそうな髭をはやした制服姿の人物で、矢島を見上げる。
「どういうつもりかね?」
「野暮用が出来まして」
「例の連続殺人事件の事で・・・」
「もう、決めたことです」
「そうか…、それはそれで仕方が無いな。ならば、私はこれを明日受け取る事
にしよう。君は今日まで警察官であり、全力を尽くして、君の職務をはたした
まえ。責任は全て私が取る」
「ありがとうございます」
 矢島は低い声で署長に言うと警察署を出て行った。

 矢島は駐車場に停めてあった車に乗り込み、カーナビゲーションシステムを
実行させ、ディスプレイに映し出されている小川真琴とかかれているボタンを
押した。
 呼び出し音が何度か鳴ると、ナビゲーションシステムのディスプレイに眠そうな
マコトの顔が映し出される。
「矢島だ・・・」
「ああ、例の仕事ね。調べておいたよ。おかげで、他の仕事が遅れてね。このあ
りさまだよ」
 なかば矢島への抗議を含んだ口調だ。
「すまなかった。報酬を払いたい」
「え? 口座に振込みで良いよ」
「たった今、明日付けで失業が決まった。金銭的報酬は、退職金が出た後にしか
払えん。そこでだ。失業記念と結果報告を兼ねて、ファミリーレストランでコーヒー
を飲みながら食事をしないか?」
「まぁ、仕事も一段落ついたからね。紅茶の美味しい喫茶店を知っているからそこ
に来てよ。喫茶ルナって言うんだ」
 矢島は不満そうに眉間に皺を寄せて苦笑してから、ゆっくりと頷いた。

●九重神一郎
 九重神一郎は事務所にいると、轟丈太郎が訪問してきた。
「こんちわ。ちょっと面白い情報を聞いたんで役に立てばと思いまして・・・」
「なんだ?」
「恵子さんによく似たサイバーが、オレの行きつけのドクターの所に現われた
らしいんです」
「・・・・」
「で、前にジンさんが言ってじゃないですか、"牧師はだれをかくまってるって"それで、
思い出したんですけど、香子さんも"変な医者が「神崎が私とルーク、そして4人のポー
ンを教会に出せと言って来たぞ"って。
 あんまり関係ないかもしれないんですけど、神崎って苗字が気になっていたら、ドク
ターが神崎博史っていうサイバー工学、AD技術、遺伝子工学、バーチャル理論の最
新技術全てに精通した科学者がいるって言うんですよ。
 恵子さんの父親って神崎博史・・・でしたよね」
「そうだ。なるほど。これでつながったよ。奴の考えている事が・・・。ジョー悪いが、恵子
さんの捜索をしてくれないか?」
「ま、まぁ、探すのを頼むツテはありますからいいですけど・・・」
「それと、事務所の方は全て任せた」
「え? いつものことじゃないッスか・・・」
 ジョーはそういいかけたが、いつものジンではないことに気がついた。
「ジョー、俺にもしものことがあったら、このディスクを警察に送ってくれ。
これには、3年前のLD間シャトル爆破事件について俺の調査結果が入っている。俺は、
3年前の真相を知っている人間とコンタクトしに行く」
「まってくださいよ。ジンさん。俺、協会に行くようになったんですけど、あれじゃないです
よね。ほら、聖書の中にある”人、その友のために己の命を棄つる”あれは、その気になっ
て仲間を助け合うってことで・・・」
「はは、そんなのは俺のガラじゃないさ。じゃぁな」
 ジンはそのまま出て行くと、十六夜と約束した場所へ向かう。
 十六夜はADだけあって時間にぴったりにやってくる。
「それではマスターのいるところへ案内していただきましょうか」
「案内もなにも、すぐ目の前だよ」ジンはマンションの1室を指差す。そのマンションの周り
には、黒服を着たいかにもボディーガードらしき男達がいた。
そして、ジンは言葉を続ける「俺がいきなり行っても、東郷博士は俺を疑う可能性がある。
十六夜。おまえが行ってくれ。俺はおとりになる」
 十六夜の頭部にある、MCTU(Main Center Thinking Unit)の思考プロセスは、ジ
ンの作戦が有効である事を算出する。
「分かりました。しかし、あなたが生き残れる可能性はかなり少ないとおもわれますが・・・」
「おまえのMCTUのパラメータに、このデータは入っているか?」
 ジンは十六夜に右手義椀を見せ、掌にあるレーザー発振装置を十六夜に見せた。
「いいえ、これで、無事に合流する確立は100%に近づきました」
 十六夜は頷く。
 そうして、ジンは十六夜といったん別れ、黒服の男に声をかけた。
「あそこにいるのは東郷竜之介だろう?」
「おまえは何者だ?」
 黒服の男は、ジンを威圧する。
 バキ!
 ジンは問答無用に黒服の男を右腕で殴りつける。
「貴様!」
 近くにいた黒服の男は拳銃を抜き、ジンに弾丸を数発放つ。
 ジンは、義眼のカメラで弾道を予測し、右手義腕の掌にあるレーザー発振装置を発動させ、
弾丸をレーザー振動で破壊した。
 さすがに驚きを隠せない、黒服の男にジンは容赦なく飛び掛り、拳銃を右手で握りつぶし、そ
のまま塀に投げ飛ばした。
 そうして、ジンは獲物を見つけたピラニアの如く集まってくる黒服をなぎ倒していった。
「なかなかやりますね。私、大空の秘書を勤める飛鳥と申します」
 何人目の黒服を倒した時だろう、目の前にOLの姿をした美女が現われた。
 飛鳥は不敵にも、静かに微笑みながら、右手首からナイフが飛び出す。
 神一郎はミラーシェイドのサングラス越しに飛鳥を観察する。一見、オフィスの受け付けや秘
書をやっているようなスーツを着こなした美女である。戦闘力はそれほど高いようには見えない
が、右手首からナイフを飛び出すと言う事は、戦闘能力はあると考えてよい。それも、神一郎自
身が黒服達を倒した後に対峙して戦おうとしているこの状況でこの落ち着きは、場慣れしている
事を予測させた。
(サイバーかADか?)
 神一郎は飛鳥を警戒しつつ、懐にある投擲用ナイフを飛鳥に投げる。神一郎の放ったナイフ
は弾丸よりも早く、飛鳥の視覚を司る目を正確に捉えたように見えた。
 しかし、飛鳥は右手首から飛び出したナイフでそれを弾き、身を低くして神一郎の正面に駆け
寄り、左手より拳が飛び出す。神一郎は右腕の義手で飛鳥の拳をガードするが、衝撃が体に伝
わる。
 神一郎は辛うじてその場にとどまるが、下方から飛鳥の前蹴りが飛び出す。
「ぐふ」
 神一郎の190cmの巨体は、170cmに満たない華奢な美女の前蹴りに宙を舞った。
 飛鳥は機械のように神一郎の落下地点にすばやく移動し、神一郎が地面と激突する前に掌打
を加え、神一郎は地面と並行に吹き飛ばされ、塀に激突する。
塀はその衝撃に耐え切れず崩れ落ち、瓦礫は神一郎の上に降りそそぐ。
(な、何が起こったんだ?)
 神一郎は自分の状況が把握しきれず、体が思うように動かない。
 飛鳥は倒れこむ神一郎の前に立ち、首筋にナイフを当てる。
「まだ生きているのね。何者?」
「ただの・・・探偵さ」
 神一郎は右腕で飛鳥の右手首を掴む。
「何のつもりかしら?」
 飛鳥の言葉には油断が伺えた。
「こういうつもりさ!」
 一瞬、神一郎のサングラスが光った。
 神一郎の義手が光だし、サングラスがその光を反射したのだ。飛鳥はすばやく状況判断し、飛鳥
自身の右腕を切り離す。飛鳥はそのまま後ろに片手でバク転する。その後、神一郎の義手が暴発し、
飛鳥の右腕もその爆発に巻き込まれる。
「っく・・・人、その友のために己の命を棄つる・・・か、自分で言ったはいいがやっぱり、ガラじゃない
な・・・ジョー、十六夜。後は頼んだぞ・・・」
 神一郎は、その言葉を最後に永遠に動く事は無かった。
「レーザー発振装置を暴走させたか。だが、侵入者が1人だとは考えにくい。
 ポイントA、状況はどうか?」
 飛鳥は内蔵された通信機で、東郷の護衛をしているポイントに連絡を取る。しかし、返信は沈黙だっ
た。飛鳥はこの沈黙による結果を予測し、東郷のいる部屋へ走り出した。

タイトルへ戻る 次へ 戻る