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●十六夜
 十六夜は、東郷竜之介がいる部屋の前にいた。後ろに倒れている黒服の男の
懐から、通信機の呼び出し音が響く。
 十六夜は振り返りもせず、東郷の部屋の扉を開く。
 奥の部屋は、機械と資料で散らかっており、油による黒いシミが壁に染み付い
ている。部屋の奥からは溶接の音が聞こえる。
「なんだ。研究中は入るなといっただろう」
 長い研究期間でこの部屋に閉じこもっていたのだろう、髪と髭が伸び放題の男
がおくから出てきた。
「マスター」
「おお、十六夜じゃないか。よくここが分かったな。神崎博士から聞いたのか?」
「いえ、自分で調べてきました」
 十六夜の言葉に東郷は嬉しそうに目を見開いた。
「そうかそうか、オレの最高傑作はそこまで自立した判断が出来たんだな。さす
がだ」
「なぜ、いなくなってしまったのですか?」
「最初は誘拐同然にさらわれた。だが、俺の師でもある神崎…いや、大空さんに
は時間が無かったんだ。人類が進化するためにはね」
 東郷が説明していると、十六夜は玄関から熱反応を感じ、東郷をかばった。
 一瞬送れて、無数の弾丸が部屋の中に叩き込まれる。
「飛鳥か?」
東郷は玄関先の人物を確信したように言う。
「よく分かりましたね」
 そこには左腕の無い、ぼろぼろのスーツを着た美女が、片腕でガトリングガン
を持っていた。
「マスター、何者ですか? ADのようですが・・・」と十六夜。
「UNIT64が俺の技術を盗んで作成した、アシュラ搭載のADだよ。まったく、これ
で、これまでの研究がパァだ。十六夜、骨が折れるだろうが、頼む」
「了解しました」
 十六夜は玄関にいる飛鳥に突進していく。飛鳥は十六夜にガトリングガンを投
げつけ、後を追うように十六夜に突進する。
 十六夜は片腕でガトリングガンを払った瞬間、飛鳥の肘が十六夜の腹部に衝撃
を与えた。十六夜は自ら後ろに跳び、体勢を整え、真横の壁を打ち壊す。
「なにをしている!」
 飛鳥は十六夜の行為を嘲笑うかのように言い放つと、十六夜の足を払う。十六
夜はかわしきれずに、転倒した。十六夜は苦し紛れに壁からなにやら線を引っこ
抜いた。線の先端からは火花が飛び散っている。
 飛鳥はそんなことなど気にせずに、十六夜に追撃を与えた。さすがの十六夜も
ダメージは隠し切れず、キッチンまで転がり、その場にうずくまる。
「WSか。余分なものを」飛鳥は十六夜を再び嘲笑うような口調で言い放つ。
 WSとはWORRY SYSTEMの略であり、ADに疑似痛覚を与えるシス
テムである。基本的には痛覚は無い。しかし、それは、必要以上に負担がかかっ
た部位を酷使する結果になる。それを避けるために、あえて痛覚に似た機能をつ
けるADもある。それが十六夜である。飛鳥は、キッチンでうずくまる十六夜を見据
えた後で、東郷のいる部屋の方へ向き直る。
「Mr.東郷。あなたは天才です。しかし、WSなどADを人間に近づけようという思想
が間違っているのです」 
「それはどうかな? 痛みがあるからこそ、それを回避するために知恵を使う。
WSは学習促進のシステムであることを、飛鳥君。君は理解していないな」
 東郷は不敵な笑みを浮かべた瞬間、飛鳥は背後から大量の水がかけられた。
 飛鳥はいまいましそうにキッチンにいる十六夜に向きを変える。 
「何を無駄な事を」
「終わりだ」
 十六夜は言い放つと、先ほど引きちぎられた線まで水が滴り落ち、水が媒体と
なり、電流が飛鳥に向けて流れ出す。
 ADの研究のためにこの部屋には特別大量の電力が送られていたのだ。
「おまえが、オレの技術をどこまで真似て作られたかは知らないが、基本ベース
は微量の電流によって制御されているはずだ。
 その対策はキッチリされていただろうが、その腕の傷からドンドン体の内部に
流れるだろう。これだけの電流が流れれば、しばらくは思うように体が動かない
だろうな」
 今度は東郷が飛鳥に向かって嘲笑うように言い放った。飛鳥は何かを言いたか
ったのだろうが、口すら動かす事すらできなかった。
「十六夜。悪いが、おまえに頼みたい事がある。YS製薬の大空を守ってくれ。おっ
とそのまえに、秘密基地へ行って、おまえのリミッターをはずさないとな」

●小川真琴
 小川真琴は、椅子の背もたれに思い切り寄りかかり、背伸びをする。
 首をぐるりを回すと、ペキペキと首が鳴る。
「さてと・・・」
 マコトは矢島と待ち合わせをする喫茶店、喫茶ルナへ行こうとする。席を立と
うとした瞬間。メールの着信音が鳴る。
(だれだろう?
 轟丈太郎? 知らない名前だなぁ。まぁ、いいや。仕事の話か。いそぎみたい
だな)
 マコトは一時思案すると、メールにこう書いた。
『喫茶ルナで待つ』
 マコトは喫茶ルナのドアを開く。
 カランカラン
「あ、いらっしゃーい」
 愛想の良い笑顔の店員がいた。
 店員が違う。最近改装したのか、以前に来たときとは、内装がシンプルになっ
ていた。
 喫茶店には客が少なく、奥の方に、マコトへ仕事を依頼した矢島がコーヒーを
すすっていた。
「ああ、マコト君。まっていたよ」
 矢島はマコトに声をかける。マコトは矢島の向かい側の席について、紅茶をウ
ェイトレスに頼む。
「ところで・・・」矢島の声が急に小さくなる「ここは本当に君のお勧めの店なのか
い? それとも。紅茶だけが美味しい店なのかい?」
 マコトは矢島の言葉の真意がつかめず、肩をすくめた。
「これが、調査結果だよ」と言い、レポートを矢島に渡す。矢島はそのレポートの
中身を取り出し、レポートに目を通す。
 その間に、マコトの注文した紅茶がテーブルに置かれる。マコトが紅茶に口をつ
けようとしたとき、矢島は口を開いた。
「このクローン技術の話は、結構有名だな。彪雅が捜査の中止命令がでたとぼや
いていたしな。バイオソルジャーとバイオサイバーの話は知らないな。
 ヴァーチャルヒューマンの噂は聞いたことがある…」
「これらには、一つの共通点があるんだ」
「なんだ?」
「これらの事件の責任者は必ず、大空鷹衛の名前に当たる」
「大空・・・3年位前に突然YS製薬の責任者に抜擢された男だな」
「そう、その過去はまったく見当たらない。逆に神崎博史博士は3年前からぱったり、
記録を消した」
「大空と神埼博士が関係するのか?」
「二人とも、クローン技術、バイオソルジャー、バイオサイバー、ヴァーチャルヒューマ
ンのADインストールに関わっていたとしたら?」
「まさか、大空と神埼博士が同一人物だなんていわないだろう?」
「そのまさかさ。それに、あんたが今、捜査しているのは、例の連続殺人事件だろ?
 被害者の共通点、見つけたよ」
「なに?」
「DNAのあるパターンが同じだった。いや、類似していたというべきかな? 
それが、神埼博史と共通していた事もわかった。それと、神埼、恵子と耀も」
「なるほど。目的は遺伝子か。だが何故?」
「さぁ? 神埼博士か、大空が真相をしっているだろうから、直接聞くか、一砂さんなら
知ってるかも」
 マコトはそう言ってから、紅茶を口につけた。そのとき矢島のコーヒーへの評価の意
味が理解できた。
「な、何だこの紅茶は!」
 マコトの反応は、矢島を満足げに頷く。
「やっぱりな。待っているときに調べたんだが、ここは元々、神崎恵子という女性が経営
していたんだが、その女性が失踪したんだ」
「それは、マツドLDにとって大損失だ」マコトは嘆いた。
 カランカラン
「あ、いらっしゃーい」
 マコトが来た時とまったく同じセリフと愛想の良い笑顔の店員。まるで、プログラムされ
たように。
 喫茶ルナに入って来たのは轟丈太郎。
 その瞬間、正面の矢島が倒れた。そして、マコトの視界が歪む。
「だいじょうぶか?」
 ジョーが倒れる二人のところへ駆け寄る。
「アナタ、ジャマダワ、セッカク、ヨイジッケンダイヲミツケタノニ」
 ウェイトレスをしていた女性が、電子音の声でジョーを指差す。
「うるさい!!!」
 ジョーは速攻でウェイトレスを殴り倒し、カウンターまで吹き飛ばすと、ウェイトレスは「バチッ!」
とショートする音を立てて、動かない人形になってしまった。
「おい、大丈夫か? おい!」
「う、うーん」
 マコトが目を覚ます。
「大丈夫みたいだな」
「あんたは?」
「客だ。大急ぎで、神埼恵子を探し出してくれ。前金は、今助けてやったから良いな。報酬
は探し出してからだ。あと、後始末を頼む」
 ジョーはそういうと、喫茶ルナを飛び出していった。
 マコトと矢島の体はしばらく動かなかったが、徐々に動くようになった。

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