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●真理逢
 真理逢だった女性は、天井から差し込む眩い光で、目覚める。
 黒髪の美女が真理逢を見て微笑む。
「気が付いた?」
「ここは、どこ? あなたは? 私は何故ここにいるの?」
「ここは、YS製薬の地下室。私は飛鳥、あなたは記憶処理をされてこ
こにいるの。
 でも、大丈夫。あなたは人生のやり直しをする為に、新しい記憶を植
え付けられるの」
 真理逢は、これまで従順で信仰が生活の全てであった。目の前で事実
を目撃しようとも、信仰という名のもとに、考える事を止めてしまっていた
真理逢。
 ところが、UNIT64に記憶処理をされて、教会や牧師、信仰心を始めと
する真理逢を結果的に拘束していた宗教の戒律から開放されてしまった。
「私は、私は誰なの?」
「あなたは、姫崎まりあ。これから、YS製薬をになう東郷剛いえ、姫崎剛
の妻になる女性。
 そして、あなたは、姫崎婦人としてしかるべき教育をUNIT64から受け
る事になるの」
「姫崎まりあ・・・それが私の名前・・・」
 真理逢はそう独り言を呟いた時、真理逢は見逃さなかった。飛鳥の嫉
妬に取り付かれた表情を・・・。

●轟丈太郎
 YS製薬本社ビル60階のオフィス。
 高級スーツを着こなした40代の男、大空鷹衛と、皮ジャンを着た若
い男、轟丈太郎が向き合って座っていた。
「なるほど、では、契約成立だな。
 君の存在はYS製薬の企画部が大喜びだよ」
 大空鷹衛は轟丈太郎のサインした契約書を受け取る。
「ありがとうございます。
 ところで、LDD計画ってご存知ですか?」
 ジョーは、九重神一郎から渡されたディスクの内容から知り得た、L
Dを内部から破壊するというLDD計画。
 LDD計画とは、知能を持ったバイオソルジャーが、UNIT64の支配
する支配経路、つまり、通信施設を短時間で制圧し、VNETを通して、
催眠効果のある、音楽と映像を流し、LDの一般市民にUNIT64の洗
脳を解くために現在の価値観の揺さぶりを行うというものだった。
 神崎博史はUNIT64による管理社会は人間の本質を失わせるだけ
ではなく、偽りの自由によって、人間を奴隷化させている。と考えてい
た。 
 ジンの推理では、計画を立てた神崎博史が消息を絶った後、それを待
つように現れた大空が同一人物ではないかと推測していたのだ。ジンの
データからは、大空と神崎博史が同一人物であることを裏付ける、医学
的な情報があった。
 遺伝子情報の一致・・・。
 ジンは調査中、偶然にも牧師の遺伝子パターンと東郷竜之介の遺伝子
パターンが一致していることを知った。となると、牧師の本名は東郷竜
之介だということになる。その事実を知ったとき、牧師の本名を知った
ところで、たいした価値ある情報だとは思えなかった。ジンは神崎博史
と関連が無いものと思っていた。
 だが、神崎博史と東郷竜之介は師弟関係にあり、神崎博史の信頼でき
る3人の優秀な教え子がいたという情報をつかんだのだ。
 だが、名簿には東郷竜之介、黒輝相馬の二人しか調べられなかった。
 謎の第3の男。ジンは最後までこの謎の人物については調べきれなか
ったのだが、ジンの最後の推理に、牧師が東郷竜之介ではなく、別の人
物だとしたら。という仮説を立てると、第3の人物が牧師ではないかと
考えたのである。
 もちろん、遺伝子情報が同じ他人など存在しない。遺伝子情報が同じ
別人とは、クローン人間の存在が考えられたのだ。
 となると、遺伝子情報が同じだからといって、同一人物であるとは限
らない。
 つまり、神崎博史と大空鷹衛もまた、どちらかがオリジナルで、どち
らかがクローンであるかもしれないという推測に至ったのだ。

 そこまで、ジョーがジンの資料を読み進んだとき、思い出される自分
がジンにいった言葉。
「で、前にジンさんが言ってじゃないですか、"牧師はだれをかくまって
るって"それで、思い出したんですけど、香子さんも"変な医者が「神崎
が私とルーク、そして4人のポーンを教会に出せと言って来たぞ"って。
 あんまり関係ないかもしれないんですけど、神崎って苗字が気になっ
ていたら、ドクターが神崎博史っていうサイバー工学、AD技術、遺伝
子工学、バーチャル理論の最新技術全てに精通した科学者がいるっ
て言うんですよ。
 恵子さんの父親って神崎博史・・・でしたよね」
 この情報が他人から提供されたという事実。ジンは推理から確信に変
わったのだろうと、ジョーには思えた。
「Life Dome Destroyer Projectの略でね。そのことを知っているとい
うことは、何らかの事件に巻き込まれている
ようだな」
「ええ、たっぷりと」ジョーは作り笑顔で答える。
「なるほど。スポンサーの指名は私と接触するためか」 
「そうですよ」
「ならば、忠告しよう。すぐにこのLDを逃げ出すんだ。LDD計画は
90%失敗だ」
「失敗したんだったら危険はないでしょう」
「甘いぞ。ジョー君。UNIT64はLDD計画を徹底的に証拠隠滅を
謀るだろう。LDD計画を少しでも知る存在は消される」
「少しでもって、たとえば、LDD計画に関するファイルを新聞社や警
察に渡したとしたらどうなるの、まさか・・・」
 ジョーは、この場に来る前に、警察と新聞社にジンの情報ファイルを
宅急便を利用して送るようにしていたのだ。さすがに、警察や新聞社ま
ではとジョーは考えたのだが、大空は静かに首を横に振る。
「ジョー君。君は、UNIT64を甘く見すぎている。
 既に、YS製薬の支店長である私や私の部下は、ある組織から狙われ
ている。
 警察や新聞社もまた例外ではない。
 そうだな。警察は犯罪者の暴動でつぶされるし、新聞社に恨みをもっ
ている人間は腐るほどいる。UNIT64はそんな存在を利用するのが
得意だ」
「じゃぁ、帰る前に2つ確認させてくれ。
 あなたは、神崎博史なのか? そして、なぜ、LDD計画なんてもの
を・・・」
「私は神崎博史だ。3年前に死んだのは私のクローン。そして、LDD
計画については、今のコンピュータによって管理される社会は本来、人
間があるべき姿ではないことを確信しているからだ。それ以上でもそれ
以下でもない」
「ありがとう。それじゃ」
「まて」
 大空が呼び止める。
「なんだい」
 ジョーが振り向くと、ICチップの入った小石ぐらいの大きさの箱が
投げられ、ジョーはそれを受け取る。
「それは、私が逃亡用に用意していた偽造ICチップだ。逃げるならヨ
コハマLDに行くといい。あそこはUNIT64の影響力は比較的少な
い。そこで、龍(ロン)老子と会えばよくしてくれるだろう」
 ジョーは大空に微笑むと、その部屋を後にした。

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