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●リリス
 牧師は服を脱がされ、白衣を着せられ、記憶処理マシーンの椅子に座
らされていた。
「記憶処理される前の気持ちはどう?
 東郷剛、いえ、姫崎剛だったかしら?」
「どっちでも同じだよ。
 父親が東郷で、母親が姫崎。ただそれだけの事」
「あなたの弟は? 東郷の姓を名乗っているわ」
「そんなのは、竜之介の勝手だ」
「いいえ、あなたと竜之介は神崎に肉親だと悟られたくなかった」
「なぜ?」
「東郷竜之介に兄も姉も妹も弟も存在しなかったから。あなたが東郷竜
之介のクローン人間だとは悟られたくなかったから・・・」
「どこまでUNIT64は知っている?」
 飛鳥は肩をすくめる。
「UNIT64は全てを知っているわ」
「UNIT64は全知と言いたげだな。だが、デカルトは不完全な存在
から完全な存在は作れないと言った」
「そして、UNIT64は人間によってつくられた。そういいたいんだ
ね。姫崎さん」
 そこには全身が返り血にまみれた神崎耀が現れた。
「リリスね。それも完成体
 大空・・・いえ、神崎は成功した。と言うわけね」
 飛鳥は獲物を見つけた豹のように微笑む。
「悪いけど、飛鳥さん。俺は完全体なんだ」
 耀と飛鳥は対峙する。
「悪いね。勝負はお預けだ。たった今、あんたのブレーンから命令が下
ったんだろう。
 俺はUNIT64と直接会って話をする様に。そして、あんたは、あ
んたが送った兵隊が全部やられて、あんたが直接親父を殺せと命令され
たな」
「な、なぜそれを・・・」
 飛鳥の表情が一瞬恐怖に変わった。

●十六夜
 十六夜は弾切れとなったマシンガンを片手に、ボロボロの戦闘用の装
甲を身にまとい、YS製薬本社ビルの60階にある大空鷹衛の部屋の前
にいた。
 十六夜の背後は、戦場の跡地のように荒廃していた。
「さすがだな」
 ドア越しから、声が聞こえてくる。十六夜に記憶されている声紋と一
致した。彼こそが大空鷹衛だ。十六夜はボロボロの戦闘用の装甲を外
し、ドアノブをひねる。
 部屋には、侵入者に臆することなく堂々として椅子に座る大空鷹衛が
いた。
「マスターの依頼で、あなたを守ります」
「マスター? 君のマスターは誰かね?」
「東郷竜之介です」
「東郷・・・どういう風の吹き回しか知らないが、礼を言わないとな。
おかげでUNIT64の監視の目から逃れられる。

 だが、残念だが君は、東郷の依頼は守れない」
「いいえ、私は必ずあなたを守ります」
「・・・おそらく、刺客は2人、いや、最悪3人来る。飛鳥ともうひと
リ・・・。二人とも強敵だが君は勝てるというのかね?」
「私はマスターの最高傑作です。飛鳥のデータはすでにあり、勝算はあ
ります。
 あなたの想定する刺客二人は飛鳥の戦闘力を上回っていると言うので
すか?」
 大空は無言で頷いた。
「・・・予想外でした・・・しかし、私は与えられた使命は遂行します」
「悪い事は言わない。東郷と一緒にこのLDから逃げるんだ。
 LDD計画は失敗した。ハヌマーンは暴走し、私の計算外の結果がお
こった。
 だが、失敗は成功の母。
 よく言ったものだよ。人類の可能性はハヌマーンにあるかもしれない」
「なるほど。それで、神崎耀があんな行動をしたのですか。
 UNIT64が話したがるわけです」
 会話に割り込んできたのは、紺色のスーツに身を包む飛鳥だった。
「黒服が十六夜にやられて、君が出てきたわけだな」
 大空は自分の計算どおりと言いたげに満足そうに頷いた。
 飛鳥の前に十六夜が立ちはだかる。
「大空博士。私の使命はあなたを守る事」
「警告はした。東郷の最高傑作が破壊されるのは忍びないが、東郷も覚
悟の上だろう。
 東郷め、姫崎のこともそうだが、計算外のことばかりしてくれる」
 大空の呟きが戦いの始まりであるかのように、十六夜と飛鳥は同時に
踏み込んだ。
 十六夜と飛鳥は激しい金属音と共に、お互いに拳を突き出し、互いの
拳を逆手で受け止める。
 一瞬速く、飛鳥が十六夜の足を踏み台にしてサマーソルトキックを浴
びせようと後ろへ跳ぶ。だが、十六夜はその行動を予測して、蹴り足を
つかみ、アキレス腱固めをきめ、そのまま飛鳥の足をもぎ取る。
「甘い。私はあなたのようなWS(WORRY SYSTEM)は無
いのよ」
 飛鳥はもぎ取られた左足首などものともせずに、左足を軸足にして後
ろ回し蹴りを十六夜に浴びせた。十六夜は両腕で蹴りをガードしつつ、
飛鳥の後ろ回し蹴りにあわせて後方に跳び、壁に衝突する瞬間は受身を
とり、最低限の衝撃で抑えた。
 飛鳥は自らのスーツを破り、乳房をあらわにする。
 すると、胸の中央の皮膚が破け、銃身が剥き出しになる。
「中性粒子ビーム砲? 馬鹿な、大気圏外ならともかく、大気圏内でそ
んなものが使い物になるか!!」
 中性粒子ビーム砲。それは、加速された水素イオンを利用した、放射
を誘導放出による光の増幅エネルギー砲、つまり、レーザー兵器である。
 レーザー兵器は、大気圏内では大気中の空気の粒子と衝突し、せっか
く収束したエネルギーも拡散してしまう為、直接使用する事では有効な
兵器ではありえなかったのだ。
 むしろ、策敵、照準などの低出力レーザーの利用が現実的であった。
 だが、飛鳥の胸に埋め込まれている兵器は、中性粒子ビーム砲であっ
た。
「UNIT64はそれを可能にしたのです。拡散するのなら、2重にし
て外側だけ拡散させればいいのです」
「そうか、中性粒子を2重にする・・・」
 大空がそういうと、飛鳥の胸から中性粒子ビームが光と共に放たれ、
十六夜を襲う。だが、十六夜は飛鳥の中性粒子ビームをすでに予測し、
飛鳥がビームを放つ前にすでに跳んでいた。
 中性粒子ビームは標的を失い、直進した先にある壁と衝突する。壁は
爆風と共に、蒸発した。
「全て計算済みというわけか・・・。だが、その位置に逃れたのはミス
だったな」
 飛鳥が不適な笑みを浮かべるのは、十六夜のたっている位置は、飛鳥
と大空を結ぶ中間点にいたのだ。もし、飛鳥がこのまま中性粒子ビーム
を放てば、十六夜もろとも大空を、蒸発した壁のようにする事が出来る。
「悪いが計算済みだ」
 十六夜は息を吐き、足のスタンスを大きく開け、左手を前に出し、右
腕を引き手にする構えをとる。
「素手で中性粒子ビームと対抗すると言うのですか?」
「十六夜、私のことは気にせず、ビームを回避するんだ。ビームは直線
だ。軌道さえ予測できれば」
「いいえ、大空博士。私は回避しません」
「虚勢もそこまでくれば、大したものね」
 飛鳥はそういうと、中性粒子ビームを発射しようとした瞬間、十六夜
の右腕が10本となり、衝撃波が飛鳥に襲い掛かる。
 飛鳥はその衝撃波に切り刻まれ後ろに吹き飛ばされた。
 ゴワン。
 轟音が部屋の中に響く。
「飛鳥が吹き飛んだ後に、音が・・・そうか、ソニックブームか」
 十六夜は大空に振り返り無言で頷くが、十六夜の右腕はすでにショー
トして使い物にならない事は目に見えて明らかだった。
「十六夜。君はなんて・・・」
「私はマスターの最高傑作です」
 十六夜はそういうと、倒れる十六夜のところまで歩み寄る。
「あなたを殺しても、もう神一郎様は帰ってこないんです。
 それに・・・あなたは悔しくないんですか?」
十六夜は悲しそうに飛鳥に問う。同じ技術で造られた、ある意味"妹"と
も言えるADに対して、十六夜に憎しみは無く、あるのは悲しみだけだ
った。
「UNIT64に良いように使われて、そんなにボロボロになって」
「私は・・・ADだ。ADとはマシーンだ」
「その思想の違いが私と貴方の差です」
 と、そのとき、十六夜は部屋に侵入してくる生命反応を探知した。

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