●ホーロスコプス・テッセラの塔
「ここが僕の家さ。
正確に言うとお師さんの塔かな。
今はお師さんの弟子達が住んでて僕の部屋があるの
さ。
さぁ、行こう」
パッセルの人差し指の先には、空を突き刺すように突
き出た尖塔がある。パッセルはティアの手を引っ張って
部屋まで案内する。
「へぇ、沢山本もあるけど、いろんな装飾品があるねぇ。
この前の黒曜石のブローチは?」
「ああ、これだよね」
パッセルはニコニコしながら、ティアに黒曜石のブロー
チを手渡す。間違いなくデミナスの作品だとティアは確
信した。
「ねぇ、どうしてパッセル君。きみはこんなすごいものを
持ってるの?」
「えっへん! それは僕のお師さんにして祖父の大魔
術師フォルスの形見なのさ。
お師さんはね、今から10年前の悪魔退治をした勇者
バハトゥーンのお手伝いをしたのさ。
でもそのときに、悪魔の呪いを受けてしまったんだ。
それから病気になって、去年死んじゃったんだ
・・・・あ、いいよ、気にしなくて。
ティアはここに来たばかりだから知らないんだよね。
今から10年前にここに悪魔が取り付いたんだけど、
勇者様がやってきて、北の洞窟で悪魔を退治してくれた
んだ。正確に言うと封印だけどね。
え? 何でそんなことを知ってるかって? 悪魔を封印
したのは僕のお師さんなんだよ。でも、信用できない人
には言うなって言われてる。良く分からないけど、お師さ
んはそう言ってるから、このブローチを造った人の弟のア
ルクィンおじさんとジョアンナさんと白き雌鹿亭のお頭に
しか話してないんだ」
ティアはおしゃべりなパッセルの話を聞きながら、デミナ
スの造ったブローチを握りしめていた。
人魚のティアが陸地に上がろうと決意したきっかけに
なった男の名、それがデミナスという名だ。
ティアは、デミナスの作品に触れるとなぜか、次第に
目頭が熱くなる。
パッセルはそんなティアの様子には気が付いておらず、
師の武勇伝を話していた。
「・・・・それでね。悪魔退治はお師さんがいなかったら
できなかったことだったんだよ。
なぜかって?
簡単さ、悪魔は人間の欲望を突いて来るんだ。
たとえば、逢いたい人の幻を見せたり、後悔していた
出来事を思い出させたりして・・・・
さすがの勇者様もその罠にかかってしまったんだけど、
お師さんは日頃の節制から悪魔の誘惑に勝ったんだ・・・・」
ティアは、夢中になって話をしているパッセルに心配を
かけないためにも涙をせき止めていたのだが、ついにティアの
瞳から涙の洪水は瞼の堤防を破り、頬を流れる。
「ああ、どうしたんだい?」
パッセルがあたふたして自分を心配してくれているのが
良く分かる。
パッセルは自分と同じだ。
何だかんだ言いながら結局独りぼっちなのだ。
ティアはシンと旅をして寂しさを感じることはあまりない
のだが、それとは違う心の空白を感じることがある。
それが一体何なのかは分からないけれど、とにかく自分
は独りぼっちなのだと感じさせられるのだ。
それは、自分を愛してくれる人の愛が深ければ深いほど
その度合いが強いように思えた。
「何でもないよ。パッセル」
「そうだ、ティア、もっと楽しいことをしよう! ほら!」
パッセルはハンカチの裏表を見せてハンカチの裏側から
異国の旗を次々と出す手品を披露する。
「あはは、それって、袖から旗を出してるんだね!」
ティアの種明かしは図星のようで、ばつの悪い顔をする。
「ごめん、ごめん」と笑いながらティアは謝罪した。
「ねぇ、今晩泊まっていかない? ティア、君といるととっ
ても楽しいんだ」
突然のパッセルの申し出に一瞬戸惑ったが、パッセルの
申し出を断れなかった。
ティアはちょっとうつむきながらこくんと頷く。
「やったぁ! 本当はね、ティアがこのまま帰ってしまうの
がいやだったんだ。よし、今度は違う手品だ!」
その日、パッセルの部屋から笑い声が絶えるのは、夜
の星たちも眠るころだった。
呟き尾形 2005年5月29日 アップ
呟き尾形 2012年11月11日 修正
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