●過去の夢
シャウティーの意識がまどろみの沼に沈み、底なし沼にただ沈んでいくような感覚に襲われた後、ふとシャウティーは谷底に向かって落下していることに気がつく。
そして、谷底にはおぞましい亡者の行列が並んでいた。
亡者を率いる死人使いが奇声をあげていた。
「オーホッホッホッホ、いたわいたわ、あのお方を復活させるにふさわしい生け贄が!
おいアンデットども、そこの神官の小娘を捕らえろ!」
野太い男の声が気色の悪い声色を使い生ける屍に命じる。
小さな村では、亡者たちが無力な人間たち虐殺劇を繰り広げられていた。
村の神官は村人を守るために、神の加護を使い果たし、もう祈るしかできなくなっていた。
死人使いの男は、神官の前に立ちはだかり、口紅で真赤に染めた唇を狂気の笑みにゆがめ真赤な舌で舌なめずりをする。
「う〜ん、いいわ。好みよ、あなた。あなたが改宗するなら、105人目の愛人にしてもいいわぁ」
神官は、侮蔑のまなざしで死人使いを見る。
「よっぽど死にたいらしいわねぇ」
死人使いは人差し指で神官を指さすと神官は頭を抱えて苦しみ出す。
苦痛の呪文。
この世で体験できる苦痛を、相手に錯覚させる呪文である。
肉体に実際傷を与えるわけではない魔法だが、実際に傷を与えないからこそ、普通では死んでしまうような傷の苦痛を生きながらも感じ続けなければいけないものである。
その苦痛に耐えられるものなど、人間には不可能だといえるだろう。
神に仕える神官も例外ではない。
神官は
「助けてくれ!」
「助けてくれ!」
と繰り返し叫ぶだけである。
「ああ、神官様!」
シャウティーは叫ぶ。
シャウティーは威厳のある何事にも動じない過去の神官と今そこにある神官の姿を無意識のうちに比較してしまう自分を恥じた。
そして、神官はついに拷問に屈した。
改宗するから、この呪縛から解いてくれと死人使いに哀願する。
そのとき、シャウティーの中で何かがはじけた。
この世でもっとも信頼していた存在に裏切られ、生きていることにすべての価値が失われ、その場で立っていられなくなる。
目の前の信仰を捨てた男への尊敬の念が音を立てて崩れるのが分かる。
「オーホッホッホッホ、小娘も抵抗するのをやめたようね。
素直で可愛いわよ子猫ちゃん。 でも私は雌には興味がないの。
でも、あのお方はあなたのような小娘を好むのよ」
男は妖艶な笑みを浮かべ、さっそくシャウティーを縛り、儀式の用意を村人にさせた。
村人はシャウティーに同情する者もいたのだが、それ以上に彼女への憎しみを感じる。しかし、今のシャウティーにはどうでも良いことだった。
時はただ流れ、儀式の時が近づく。
すると、シャウティーの心の奥から純粋な<悪>が浮かび上がってくる。この<悪>は紛れもなく自分の外からやってきたはずなのに、自分の内から浮かび上がるのはなぜだろう? と言う疑問に答えるように男は叫ぶ。
「おお! 我らが神が、彼女の中に!」
シャウティー何も感じなくなったはずのシャウティーなのだが、この<悪>だけは受け入れることが出来なかった。
圧倒的な嫌悪を感じる。
その瞬間、彼女の秘めた力が暴走する。
彼女が気が付くと、彼女の知る懐かしい村や美しい森はどこにもなく、ただの荒野が広がっていた。
場面は変わり、4枚の絵が飾られる白い部屋にシャウティーがいた。4枚の内の1枚が朝日をあびて燃え上がる。絵の中の彼女は苦しみよりも安堵の表情が感じられる。
彼女は救われたのだ。シャウティーはそう感じた。
そして、絵が燃えて無くなる瞬間に彼女は女性ではなく、老人の姿を見せると老人は「お主は、運命の岐路にいる。あくまで、過去にこだわるのなら北の洞窟へ! 過去を忘れ未来を選ぶなら白き雌鹿の憩いの家へ!」と叫ぶと、そのまま消えて無くなった。
呟き尾形 2006年3月26日 アップ
呟き尾形 2014年2月9日 修正
呟き尾形 2014年8月10日 修正
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