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テーマ「歩く(一人称)」

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 テーマ「歩く(一人称)」

 梅雨明け間近の、日差しの強い日。
 私は、彼に連れられて、彼の実家にやってきた。
「ジューンブライドには間に合わなかったけれど、来年まで待てない」
 それが、プロポーズの言葉。
 わたしが返事にとまどっていると、彼が私の返事を待つ顔は、本当に、少年のようだった。
 彼は、仕事では絶対見せない顔だった。
 私は、そんな彼をみて、みんなに見せてあげたいと思った。
 そして、私は彼と一緒にここにいる。
 ご両親は、素敵な人だった。
 嫁姑の不安はあるけれど、今日の印象では、やっていけそう。
 だって、私の選んだ彼のお母様は、私の理想のお母様だもの。

 彼は、両親の挨拶もそこそこに、
 ”ぐぃっ”
 と私の手を握り、仲間を秘密基地に連れて行くように、無邪気に左手を引っ張る。
 ちょっと、彼の握られた手は痛いけれど、うれしかった。
 だって、彼は、私に誰にもみせない顔を見せてくれるから。

 そして、私を小高い岩山に連れてくる。
 ほとんど草木もない小石
 私は、彼の歩幅に合わせて、坂道を歩くのは大変だけど、彼とならついていける。
 そうおもえた。
「ねぇ、どこに行くの?」
「そうだな。
 言ってしまえば、聖地さ。
 俺にとっての。そして、これからは、お前にとっての」
 そういって、彼は少し先にある、大きな大きな切り株を指差した。
「本当は、あそこにでっかい木があった。
 子供の頃だから、本当はそうでもなかったんだろうけど、でかかった。
 天まで届きそうだと思ったよ。
 だから、俺は、あの木に神様がいると思ってた。
 だけど、大人はそれを切ってしまったんだ」
「ちょっと、寂しい話だね」
「そうだな。だけど、俺は初めて一人で大人とたたかったよ。
 まぁ、結果は、親父に殴られてあっさり敗北。
 だけどさ、自分の気持ちに正直にやるってことの大切さをしったさ。
 まぁ、子供の頃のバカな話さ」
 彼は、そういって自嘲するけれど、私は、彼の正直なところがすき。
「そうね。
 でも、素敵じゃない。
 じゃぁ、あそこは、私たちにとっての聖地ね。
 やりましょう、一足先の私たちだけの結婚式」
 私の言葉に、彼は、きょとんとする。
「あの聖地に、彼と私が人生を一緒に歩くのを誓うのよ。
 結婚式って、新郎新婦がそういう約束をすることなんだから」
 私の言葉に、彼は、返事の替わりに私を”ギュッ”と暖かく包んでくれた。



 

 
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★★★

 歩く(二人称)の小説を、一人称で書いてみました。
 読み比べていただければ幸いです。

 他にも、歩く(三人称)もあります。
 

 


 

 

 

 呟き尾形 2006年6月11日 アップ

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