ホーム > 目次 > 小説 > トレーニング 


トレーニング あざけり法

---------------

闇砂
 2050年。
 日本。
 晩冬から初春にかけて、黄砂ならぬ闇砂が舞う。
 闇砂。 
 中国大陸の黄土地帯の細かい砂が強風で吹き上げられ、しだいに降下してく
る現象で、20世紀までは、黄砂と呼ばれていた。
 それが、2040年ごろから、砂の色が暗黒を思わせる闇色の砂となり、闇
砂と呼ばれるようになった。
 
 異常気象。まさに異常気象だった。

 異常気象といえば、気候の変化といった自然現象だと思われがちだ。
 だが、この異常気象は、大陸の砂漠化が原因だった。
 そして、この砂漠化の大きな原因は、人為的な問題「過剰な家畜の放牧」か
ら始まりだった。 
 先進国の娯楽と虚栄心が作り出した、カシミアの大量の需要は、「過剰な家
畜の放牧」をうみだした。
 「過剰な家畜の放牧」によって、当然、家畜が草原の牧草を食いつくし、草
原の牧草の成長も追いつかないほど根こそぎ食べ尽くされた。
 それゆえ、土地が本来持っていた自然の回復力は奪われたのだ。
 草原の植物がなくなり露出した地表は乾燥して砂地となり、雨風の影響を受
けて流動、砂漠化は拡大していったわけだ。
 一度砂漠が生まれると、流砂が周囲を呑み込み、それが繰り返されることで
加速度的に面積が広がり続ける。
 これは草木だけでなく、人家をも呑み込んでしまうほどのすさまじさで、砂
漠周辺に深刻な被害をもたらし、砂漠の砂が舞い上がる。
 20世紀までは、黄砂だったが、2040年頃から大きく変わった。
 黄砂が黒い砂になり、闇砂になったのだ。
 なぜ、黄砂が闇砂になったのか?
 それは、今世紀初頭に異常な経済成長をした、中国大陸にあった国家が、経
済の発展のために向上を建設し、その向上から有害な工業排水を垂れ流しがさ
れた。
 それが中国大陸の大地にしみこんだ。
 工業排水は、自然に分解されること無く残る事になった。
 そして、工場があった場所は砂漠化し、廃墟となった工場と有害な工業排水
の染み付いた大地が残った。
 そう、有害な工業排水を吸った砂が舞い上がり、それが闇砂になる。
 それが闇砂が発生した理由である。

 つまり、この闇砂は、天災などではない。
 人災なのだ。
 生きるための最低必要なもの以上に、不要なものを生産し、不要なものをさ
も必要なもののように、社会に売りつける。
 不要なものを、生産する事は無駄である。
 そう、資本主義経済とは、この無駄を大量生産し、自然を浪費する経済体制
だといえるだろう。
 愚かな人類がこうした、つきることのない欲望によって、自然のバランスを
崩し、自滅する。
 その自滅した後に、この私が王になる。
 そう、悪魔と契約した。
 悪魔は、強欲な人間の欲望を刺激し、資本主義経済を加速させる。
 地球環境は資本主義によって破壊されるが、私は永遠の命を悪魔に貰い受け
る事で、地球環境が破壊されたぐらいでは死ぬ事は無い。

 だが、自滅するのと、闇砂に体を蝕まれた私の体は持つだろうか。
 大丈夫だ。
 悪魔は、私に永遠の命を約束してくれた。
 だから死ぬ事はない。
 そう、永遠の命が私にはあるからだ。
 悪魔がくれたのは永遠の命。
 永遠の命だからといって、永遠の若さと健康な肉体であるとは限らない。
 悪魔は不老不死ではなく、永遠の命を約束したというわけだ。
「ふふふふ、われながら愚かな約束をしたものだ。
 だが、もう約束はしてしまった。
 もう、遅い。
 となれば、後悔して、さらなる苦しみよりも、私が王になる日を夢見ればい
いことだ」 私がそう呟くと、コウモリのような翼をゆっくりと羽ばたかせ舞
い降りる悪魔がいた。
 全身闇色の体で、尖った耳まで裂けた口。
 その口が開くと、のこぎりのような無数の白い牙と血の色の舌を見せた。
「ああ、その通りだ。
 お前ぐらいなものだ、自分のした契約に後悔しないのは。
 他の奴はみんな、中途解約して、違約のペナルティーとして地獄に落ちてる
ぜ」
 悪魔が、私に邪笑を見せた。
 どうやら、この悪魔は、私と同じ約束を他の複数の人間としたらしい。
 なるほど、悪魔は、私と同じ約束をすることで、強欲な人間の欲望を刺激し
たわけか。
 環境破壊を止めるには、一人一人の人類が、環境を意識した生活をすること
が必要不可欠だ。
 一人の消費者が環境問題を意識さえすれば、ゴミの分別は苦痛じゃない。
 もちろん、ゴミのポイ捨てをはじめとしたゴミの不法投棄も無くなればいい

 環境保全に力を入れる企業の商品を購入すればいい。
 無駄な浪費を無くし、必要なものだけを欲すれば、無駄な生産をする企業は
自滅する。
 なぜなら、無駄な生産しても、需要が無いため過剰な供給は無駄になるから
だ。
 自然な需要に対する供給。それがバランスの良い資本主義というものだ。
 そのバランスが崩れるから環境破壊という反動がくる。
 一人一人の消費者がその事に気がつけば、そもそも闇砂の問題すら回避でき
る。
 一人一人の消費者の影響力は弱くとも、一人一人が環境保全を意識すれば、
それこそ、環境破壊が止められるわけだ。
 貪欲は身を滅ぼすことを知ればいいだけなのに、貪欲な人間は貪欲ゆえにそ
のことに気がつかない・・・。
 そんな事は、誰でも知っていることだ。
 知っていても行動しなければ効果があるはずもない。
 まったく、愚かな人類だ。
 だが、私は違う。
 後悔して、さらなる苦しむはずもない、当然、絶望などしない。
 むしろ、希望をもって、私が王になる日を夢見ればいい。
 人類が滅亡した世界の王になることになんの意味と価値があるかだって?
 意味?
 価値?
 ふん、そんなものは、俺自身が決めることで他人が決めることじゃない。
 俺は・・・俺様は最期まで生き残る。
 そして、悪魔が契約する人類すらいなくなる・・・困るのは悪魔だ。
「ふっふっふ。
 ざまぁみろ」
 私も、負けじと、悪魔に邪笑を見せてやった。
 


-------------

 レトリック(修辞学)の用語において、痛烈な言葉であざけりや、
非難を示す方法をあざけり法と言います。
 英語ではサーカズム、語源はギリシア語で”こっぴどく言う”と
いう意味のサルカスモスといわれています。
 普通に批判していては、痛烈にはなりませんし、効果もあまりな
いでしょう。
 批判に対して、”それがどうした”と相手に居直られては、批判
の意味もありません。
 特に、小説において、主人公を黙らせたり、悪役を追い詰めると
きに効果的な表現技法といえるでしょう。
 さて、このあざけり法は、表現が洗練されていることが第一で
す。洗練されているというのは、綺麗という意味よりも、ピシャ
リと的を得た言葉を手短に言わないと効果は半減します。
 そうすることによって、相手に考えさせる余地をあたえず、相
手の言葉を失わせることができます。
 基本的には、相手が主張していることを、相手に当てはめると
効果的です。
----------


修辞法について:あざけり法、毒舌法を参照してください。
 

 


 

 

 

 呟き尾形 2008年10月12日 アップ

タイトルへ戻る