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林星塾 失敗からは必ず新たな発見がある



 

 

 天雄城。
 緊迫する世界情勢の中、難攻不落の天雄城の城壁に囲まれバーミリオンで暮らす住人は平和なときをすごしていた。
 そして、バーミリオンの街は、さまざまな国の交流する中心地であることもあり、国際色豊かな城下町である。
 世界中の民族が、バーミリオン城に集まり、交流する。
  漢人の林星康は、そんなバーミリオン町のはずれで私塾を開いていた。
 いつ戦争が起きるかわからないこの時勢に、学問ごときを学ぶ余裕があるな、などとののしる人間もいる。

 だが、林星康は、戦乱の世だからこそ、戦乱が終わった後の時代を担う若者たちを育成する必要があると考えていた。

 マルツォは、そんな時代の風を感じ取り、林星塾に入塾した。
 生粋のパース人であるマルツォは、時代の流れには敏感である。
 なによりも、情報を重んじ、情報からすべての結論を導きだす。
 実際、マルツォは、多くの最新情報から真実を導きだしていた。

 情報。
 これこそが、マルツォが信じる真理であったといえるだろう。
 それは、勉強であろうと、政治であろうと、それこそ、日常的な遊びであろうとも、情報を重んじる態度に変わりはなかった。

 ここ、バーミリオンでは、漢の国の兵駒という遊びが流行っていた。
 兵駒とは、縦20マス、横20マスの盤を用いて二人で行うゲームである。
 20枚ずつの兵駒と呼ばれる駒を並べ、交互に動かして、相手の王駒を詰めた方を勝ちとするゲームだ。
 マルツォは、林星塾の塾生の中では誰にも負けなかったが、林星塾の塾長である、林星康には勝てなかった。
 マルツォが、一人、兵駒の研究をしていると、イロルがやってきた。
「なにをしている、マルツォ」
「みればわかるだろう、イロル。
 兵駒の研究だ」
 マルツォの口調は、イロルごときが兵駒など知るまいと言いたげだった。
「塾長に勝つ研究か?」
「ああ、そうだが、おまえ、兵駒をしっているのか?」
「まったく、兵駒なんて小さい勝負でちまちまと。
 なんとも、パース人らしいな」イロルは鼻で笑う。
 その言葉がマルツォの感に障った。
「はん、そういえば、お前と兵駒をしたことがなかったが、雷人のお前は兵駒をしらんのだろうな」
 皮肉たっぷりの口調のマルツォ。
「なにを!」イロルはマルツォの襟首をつかむ勢いで怒鳴りつけ、言葉をつづけた「兵駒ごとき知っている。
 だが、そんな狭い、駒の上の勝負事にこだわっているから、塾長に勝てないんだ。
 というより、お前は自分の負けをみとめられないんだろう。
 負けを認めず、屁理屈こねて言い訳ばかりしているから、塾長に勝てんのだ」

「そんなに言うなら、一局どうだ」
 イロルの言葉に思わず顔を赤く染めたマルツォ。
それでも冷静を装って言い返す。
「は!そんなに言うなら、一局どうだ。お前ごとき一蹴だがな」
「ふん、貴様ごときに勝っても自慢にはならんが、お前の泣きっ面を見るのも面白いだろう」
 そういって、マルツォとイロルは兵駒をはじめた。
 マルツォは、緻密な計算によって駒を動かし、イロルは対照的に大胆かつ大雑把に駒を動かす。
(なんだ、イロルのやつ、何も考えてないんじゃないのか?)
 マルツォは計算外の駒の動きに戸惑いつつも、イロルは結局なにも考えていないのだと結論付けた。

 しかし、マルツォにとってそれが命取りになった。
 イロルの計算外の動きに、マルツォは翻弄される。
 そのつど計算をしなおさなければいけなくなった。
 ようやく、ウマく罠を張ったと思ったとたん、イロルは野生的な勘を働かせたのか、それを回避したのだ。

 その結果、マルツォは、イロルの出方にあわせた受身の作戦を練らねばならなくなったのだ。
 マルツォとイロルという異色の対戦に徐々に林星塾の塾生の観客が集まってくる。
 イロル主体で進む兵駒の結果は、やがてイロルの勝利に終わった。
 マルツォは、敗北したことが信じられなかった。
「なぜだ!
 なぜ、私はおまえに負けたんだ。
 打つ手は完璧だった。なのにおまえは、兵駒の基本すら知らないくせに・・・」マルツォは、必死に悔し涙をこらえながらイロルに怒鳴る。
「それは、あなたは、本当の意味で敗北を受け入れていないからですよ」
 飄々と横槍をいれたのは、林星塾塾長の林星康だった。
「塾長。
 おっしゃっている事の意味がわかりません」マルツォは反射的に反問する。
「イロルはね、負けず嫌いではありますが、負けたと言う事実に何一つ言い訳せずに受け入れたから、今のように強くなったんです」
 林星康の言葉にイロルは少しだけ恥ずかしそうにうつむいた。
「まぁ、勝つまで先生には付き合ってもらいましたからね」
「ええ、そして、イロルは負けからなんでも吸収して、確実に強くなってきました。
 でも、マルツォ・・・」
「はい・・・私は、 私は、失敗にいいわけばかりしていました」
 マルツォはうなだれて、今まで口にする事が出来なかった言葉を、かみ締めた唇から搾り出すように吐き出した。

「恥じる必要はありませんよ。
 今から、負けを受け入れて、失敗から新しい発見をすればいいんです」
 林星康はそう言って、その場を立ち去った。

 

 

 呟き尾形 2008年1月6日 アップ
 

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