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占星学の歴史

 占星学とイスラム

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こんにちわ。呟き尾形です。

 中世という暗黒時代において、占星学は、ヨーロッパで弾圧の対象になりましたが、イスラム世界では、違いました。
 実際、エジプトやギリシアで発達した占星学は、ヨーロッパが継承したというよりは、むしろ、イスラム世界が正しく継承したとも言えます。
 しかしながら、イスラム世界においては、占星学の背景にあった、哲学的、思想的な側面には関心が示さませんでした。
 イスラム世界において、占星学は実用化という方向へむけて、占星学を発展させたといえるでしょう。
 つまり、イスラム世界において、占星学は未来予測するというよりも、毎日の生活の吉凶占いに占星学を利用していたようです。

 ペルシャで占星学が発達したのは、8世紀から9世紀に、プトレマイオスの占星学の著作物がアラビア語に訳されたからだといわれています。
 時を同じくして、バクダットには、天文台が開設され、イスラム世界において名を残す占星術師、アブー・マシャールが生まれたそうです。
 アブー・マアシャルは、中央アジアのバルフ出身MPアラビア(ペルシャ系)の天文学者であり、占星術師だったといわれています。
 アブー・マアシャルが占ったものは外れたことがないとウワサされるほど、占星術師として尊敬される有名人だったそうです。
 また、アブー・マアシャルは「アルブマサル」というペンネームで、天文学や占星術についての本をたくさん書きました。
 その、著書は、代表的な占星術者の著書として盛んに引用されたそうです。
 主著は「占星術入門大著作」、この書は12世紀にラテン語に訳され、コペルニクスの時代にドイツとイタリアで出版されているそうです。
 また、 占星学概論は、ルネサンス期の占星学や天文学の復活に少なからぬ貢献をしたといわれているそうです。

11から12世紀には、アブー・マアシャルの著作などが、多くのアラビア語の占星学の文献が、スペイン、南イタリア、イギリスなどで、ラテン語に翻訳されました。
 このことにより、占星学の文献が、イスラム世界から、ヨーロッパに逆輸入されました。
 それは、プトレマイオスのアルマゲストやテトラピプロスがペルシア経由で返り咲いた頃だといわれています。
 イスラム占星術の特徴として、ギリシア伝来のホロスコープに加え、時間占星術を発展させたことがあげられます。
 それにともない、細部にルールやテクニックが次々と導入されることによって、占星学は複雑化したともいえます。





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