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占星学の歴史

 マルティン・ルター

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  マルティン・ルター

 ルターは、ドイツの宗教改革者として、その名を知っている人は多いと思います。
 ルターは、中部ドイツ、ザクセンのマンスフェルト伯爵領アイスレーベンの農夫の子としてに生まれました。
 農民ではありましたが、小規模ながらの事業主でしたので、特に大きな不自由もなく教育をうけ、大学で学士や文学修士の学位を得るにいたりました。
 これは、当時の中流階級出身者としては、将来を約束されたようなものでしたが、ルターは、友人の死などを通して、当時のキリスト教のあり方について疑問を持つようになりました。
 そんななか、実家への帰路に激しい雷雨に見舞われ死の恐怖にされされたとき、「命が救われるなら、修道士になる」と神に祈った事から、修道会に入会しました。
 修道士とは、現代の日本でたとえるのなら、出家することであり、キリスト教においては、神に清貧・貞潔・服従の三つの修道誓願をたてることを意味します。
 これは、将来を約束された道をルター自身が放棄したことをいみしました。
 この宗教学者ルターから、宗教改革者ルターのへの変貌を意味する転機は、パウロの回心にならぶ、重大なものとされています。
 やがてルターは、賄賂にたいする、学問上の疑問点を『九十五カ条の論題』としてヴィッテンベルグ城付属教会の門扉に公開しました。
 このルターの宗教に対する行動が火付け役になって、宗教改革が燃え盛る炎のようにヨーロッパ中を駆け巡る事になります。
 カトリックへの反抗に立ち上がったプロテスタントたちは、占星術や魔術にも激しい攻撃が加えられました。
 歴史に悪名高い、魔女狩りが盛んになったのもこのころです。
 ルター自身は、占星術を九度と無く批判しています。
 しかしながら、奇妙なことに、ルターの協力者フィリップ・メラヒントンは、占星術を擁護した上に、プトラマイオスの『テトラピプロス』の注釈を書くなど、自らもホロスコープを作成し、当時の宗教改革化家としては異色の人物もいました。


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呟き尾形の占いの話
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