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 ●テロリスト

 そのころ、グレイ・ルース準尉は入隊式を終えて、少しだけ街をぶらつく
ことにした。憧れのMSに一刻も早く乗りたいのだが、訓練は明日になる
ようだったからだ。
 しかし、ルースがMSデッキで模擬戦の話が持ち上がっていることを知っ
たらまさに地団駄を踏んだに違いない。とは言え、知らぬが仏とは良く言っ
たもので、何も知らないルースは街の散策をしていた。
 ルースが電気街を歩いていると、ガラス越しに何台も規則正しく並んでい
るテレビが一斉に同じニュース番組をながしていた。
【では次のニュースです】
 無機質なアナウンサーの声がテレビのスピーカーを通して聞こえてくる。
 テレビのディスプレイは無惨に破壊されたコロニーのビルの風景や怪我を
負い泣き叫ぶ子供の姿や自分の子供を捜し続ける母親の姿が酷く痛ましい。
 また、タンカで運ばれる怪我人は、神が奇跡を起こさぬ限り助からないであ
ろう事が誰の目からも明らかだった。
 レポーターが可能な限り冷静にテロの現場を報道する。
 それは、仕事だからなのか、それとも崇高なジャーナリストとしての信念が
そうさせているのかは本人のみぞ知ると言うところだろう。
 レポーターはこの爆破事故は無差別テロであり、まだ犯行声明は出ていない
と報じていた。
 そして、無差別テロは、反地球連邦派のテロの可能性が強いことを示唆して
いた。
(なんで、なんで罪のない人もまきこむんだ)
 ルースの右手に握りこぶしが固く結ばれる。
 テロ活動とは現政治体制に対する過激な政治批判である。政治批判であれ
ば直接政府に関するものの破壊活動をすればいいはずなのだが、それでは
一時的な政府のダメージで終わってしまう。
 そこで、民衆に被害を与えることによって、民衆は否応なしにテロリストの主
張に関心を持たざる得ない。無差別テロをやめさせるためには、政府がテロ
リストの要求を飲めばいいのだ。と民衆に思わせるのだ。
 そのようにして、逆説的に自分の要求を民衆の要求にすり替えるのだ。
 政府にとって、無差別テロは、民衆が人質に取られたのも同然であり、民衆
もまた、そのことに薄々気がつく。
 そうして、民衆はいつ起こるか分からない無差別テロに怯えながら、無差別
テロを許してしまう政府の無能さを感じ、政府を批判し始める。結果的に政府
打倒のテロリストの味方に付いてしまう形になるのだ。
 テロリストは政府が要求を呑めば次なる脅迫行為に出れば良いだけである
し、飲まなければ、テロ活動を続けるだけなのだ。
 ルースはテレビ画面を睨み付けていた。報道番組はルースの事など無視し
て次のニュースをスケジュール通り報じる。
 テレビ画面には特に特徴のないニュースキャスターが原稿を読み上げ、右隅
に中年の男性の写真が写っている。
 ジョージ・ケネディと写真の下に名前が映っている。
【2日後、ケネディ地球連邦議員は各コロニーに訪問することによって、問題に
なっていた地球、コロニー間の硬直している問題を平和的解決の糸口を捜すこ
とが目的のようです】
(そうだ。俺だってこの世界、いや、宇宙を平和にするために連邦軍に志願した
んだ)
 ルースはギュッと拳を握りしめる。そして、そのままニュース番組を見るのに耐
えられなくなったルースは、その場を離れようとしたとき、迎え側の喫茶店に入隊
式を欠席したホンロンがいた。
 ホンロンの隣には報道番組で報じられていたケネディに良く似た中年の紳士が
いた。ホンロンはケネディに何かを手渡すと、ホンロンは足早に喫茶店を出る。
 そして、すぐ横の路地に入る。
 ルースは衝動的にホンロンの後を付けその路地に入る。別にホンロンを疑って
いるわけではないのだが、彼が本当にホンロンかどうか確かめたかったのだ。そ
して、いくつかの角を曲がると、大きな道に出る。
 ルースはそこでホンロンを見失ってしまいキョロキョロしていると、背後から強い
衝撃を受け、そのまま気を失ってしまう。

 

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