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 ●アリエス

 その頃、気を失っていたグレイ・ルースは、自分がベットの上に横になって
いることを自覚した。
「こ、ここは?」
「あら、気がついたの?」
「あ、あなたは?」
「アリエス。ケネディー議員の秘書をしているわ。貴方がいけないのよ。ホン・
ロンの仕事を邪魔するんですもの」
「ホン・ロン?」ルースは首を傾げる。
「あら? 自分の所属する隊の仲間の名前はまだ憶えていないようね」
「あ!」
「アハハ、あなた、面白いわね。それに良く見ると可愛いし・・・・」
 アリエスに見つめられたルースは石像のように固まり、がまガエルのように
脂汗をたらし続けた。
「だ、駄目です!」
「きゃ!」ルースは力任せにアリエスを突き飛ばす。
「す、すいません。その、アリエスさんはとってもきれいで魅力的で・・・」
 ルースは口篭もり、しばしの沈黙が流れ去る。
「ごめんなさい。ちょっとからかいすぎたわね」
 アリエスが慈悲の手を差し伸べた。
「いえ。俺が・・・俺が悪いんです。
 お、俺は宇宙を平和にするために連邦軍に志願したんです。
 そう、戦争のない平和な、お、俺の大切な家族が苦しまない。そんな、そんな、
平和な世界にするために、連邦軍に志願したんです」
「・・・・世界を平和にするために戦うって矛盾していない? 平和のためなら人
を殺してもいいの?」
「ち、違います。お、俺は人を殺したくないし、殺さない」
「・・・・人を殺さない軍人さん? そもそもそれは矛盾していないかしら? それ
は、絵を描かない画家と同じじゃなくて? それとも働かない労働者と言った方
があってるかも知れないわね。
 あなたの言っていることは、きれい事だわ」
「き、きれいごと・・・・」
 ルースはアリエスに反論できずにうつむき口ごもる。
「アハハ、あなたはまじめすぎるのね。無知で無垢で可愛いわ。坊や。
 ねぇ、ホン・ロン、私じゃ役不足だったみたいよ」
 奥の扉からホンロンが出てくる。
「やれやれ、だまってアリエスを抱いていれば、良かったものを・・・・きれい事を
並べる青年の主張をしまうとはな」
「きさまぁ!」
 ルースは力任せにホンロンの襟首を掴む。ホンロンは手際よく、ルースの腕
を振り払い、ルースを投げ飛ばす。
「やれやれ、何でも力づくでやればいいと言うものでは無いぞ。とにかくお前の
口から、私とケネディーが接触したことが洩れると何かとやりにくいんでな、着
任そうそう、女を作って逃げ出したというシナリオを書いたわけだが、私にはシ
ナリオライターとしての才能がないらしい」
 ホンロンは懐から拳銃を取り出し、ルースの額に狙いを付ける。
「まって!」アリエスはホンロンを止める「そのシナリオ通りになれば問題ないん
でしょ?
 今時こんな無知で無垢で可愛い坊やなんてお目にかかれないわ。あなたの仕
事が終わるまで、この坊やを任せてくれない?
 別に貴方のやっているのは立派な連邦の任務なんだし、後で説明すれば、こ
の坊やも始末書ですむんでしょ?」
「・・・・好きにしろ。それより、お前の任務も忘れるな」
 ホンロンはそう言い捨てると、部屋を出ていく。
「命拾いしたわね。坊や、ホンロンは任務のためなら、味方だって殺したことが
あるのよ。ヨウスケ・フジワラだったかしら・・・」アリエスは悪い思い出を振り払う
ように首をふる「でも大丈夫、彼もあなと同じ目的のために戦っているんだから」
「お、俺だって平和のために、平和のために・・・・」
 ルースの目には敗北感でいっぱいの悔し涙がたまっていた。
「分かっているわ。でも、坊やは現実を何も知らないだけ。おとぎ話の国の世界
しか知らないだけなんだからしかたないわ」
 アリエスはルースを優しく包み込むように抱きしめた。

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