●過去
一方ここは、とあるイギリス風のパブ。
先ほどのケネディの演説をテレビ越しでみていた客達も拍手していた。
「おお、あのケネディって議員は何かやってくれそうだぜ」
「おお」
パブの客がみんな盛り上がっている中、カウンターでバーボンを口にする男
だけが、異質な者としてそこにいた。
「・・・・軍事力のない平和がどれだけ危険か知らない者がいる。まず、それを
学ばねばならんのにな・・・・」
男はそう呟くと、パブに1人の男が入ってくる。ホン・ロンだ。
「捜したよ。こんどこそお前に邪魔はさせない」
「好きにしろ。所詮お前一人では何もできはしない。あの楽天的な理想家もな。
いや、あんな純粋な理想家こそ、我々に必要なのかもしれんがな」
「ここでお前を殺してもかまわないんだぞ」
「私の代わりなどいくらでもいるよ」
「ック、必ず尻尾を掴んでやるぞ」
ホン・ロンは注文もせずにパブを出て行く。
男はバーボンを飲み干すと、携帯電話を手にした。
「ターゲット変更だ。世間知らずの理想家の前に、知りすぎた連邦の犬を殺せ。
ヨウスケ・フジワラのようにな・・・」
●旧知
リュウ・カノウ艦長とジュゼッペ・セローン中尉は艦橋でケネディの演説を聞い
た。「あの、小僧が議員になるとは意外じゃったのう」
「小僧はやめて下さい。私の同期なんですから。彼は軍人として優秀でしたが、
優しすぎたんです。ケイスも同じ思いだと思いますよ。
それに、次の任務は遠方からの彼の援護ですからね」
「そうじゃのぅ。いや、年をとるとつい、昔の部下を子供扱いしてしまう」
「だから、私やケイスも子供扱いですか? 私達は貴方の上司なんですよ」
カノウは苦笑しながらジュゼッペに言う。
「おお、優秀な部下を持って、わしは得意じゃわい」
ジュゼッペも苦笑してから、自慢の髭を撫でていた。
「しかし、軍事力のない平和。可能なのでしょうか?」
「わしは戦場で生きた人間じゃからのう。理想的でありながら、わしの人生を否定
されているようにも感じるからのう」
「だから、彼は命が狙われる可能性は高いわけですね。そして、私達のような存
在が必要になる・・・・皮肉なものですね」
●後始末
ケイス・ウィンターホース大尉、カイン・アベル中尉、シン・イチジョウ中尉、リュー
ジ・サワムラ中尉もサロンでケネディの演説を聞いていた。 カインのありがたい
説教とケイス、シン、リュージに言い終わると、ちょうど演説が始まったのだ。
「ふん、ションベン漏らしのケネディが偉くなったな」
「え? 知っているんですか?」とシン。
「ああ、俺の同期でな。頭は良かったが、度胸がなかったモヤシ野郎さ」
「でも大尉、軍事力のない平和ってあり得るんですかね? だとしたら俺達みんな
失業しちゃいますよ」素朴な疑問を口にするシン。
「フン、少なくとも俺達が生きている間は無理だな。まずは俺達みたいな人間がい
なくなってからだ」
「俺達って、俺も入ってるんですか? 大尉」と心外だいいたげなリュージ。
「当たり前だ。模擬戦で熱くなれる奴は、戦争から抜け出せねぇんだよ」
「でも大尉、できるんじゃないですかね。いや、今はできないかも知れない。でも、
人って分かり合えるじゃないですか。
戦うことばかりが、僕らの仕事じゃないと思うんですけど・・・・」
シンはケイスに言うが、ケイスは話にならんと鼻で笑う。
「まぁ、平和論に関しての議論はそこまでにしましょう。私達は軍人です。議員でも
哲学者でもありませんからね」とカイン。
「そう言う、副官のアベル中尉の意見を聞きたいね」
リュージが堅物カインを挑発するように問う。
「私は軍人だ。戦略、戦術レベルのことなら議論につき合うが、政略や思想、理想
について語る資格も責務もない。
だが、あえて語るなら、人類が国家を作った時点で戦争は生まれたんだ。人類が
社会を無くさん限りなくならないと判断するのが論理的だ」
「え? じゃぁ、ケネディ議員の言っていることは不可能って事?」
「いや、理論的には不可能じゃない。彼は平和を述べてから軍事力の消滅を主張し
ている。つまり、平和を前提としているわけだから全く矛盾はしていない。
ただ、どのように平和にするかで、話は変わってくるはずだが、彼はそれを話し合
いという方法論を主張している。
とはいいつつも、大前提である平和を成立させるための具体的な方法については
話していないので議論はできないな」
「まぁ、どっちにしろ、すぐに平和になるほど、世間は甘くはないってことだな」
いい加減議論を打ち切りたいといいたげに、ケイスは言った。
「その方が合理的かつ論理的ですね。ウインターホース大尉」とカイン。
シンは少々不満気味にケイスとカインを交互に見るが、彼らがそれ以上議論する
つもりが無いことを悟ると、サロンを出ていこうとする。
「待てよ、シン。お前、グリプス戦役の頃何処にいた」
リュージがシンに鋭い眼光を突きつける。
シンはなんと応えようかと惑っていると、ジャネットがサロンに入って来る。
「あ、皆さんここにいたんですか? ルース少尉の姿が見あたらないんです」
「なに? もう艦に戻るよう指示した時間になっているぞ」カインは腕時計を指差した。