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●不協和音
 次の日。ZAIR ブルーヴァージョンの調整が終わり、スケジュールど
おり、ZAIRの稼動確認を含めて、模擬戦を行うことになった。
 模擬戦といえど、MSを稼動させるのだ。模擬戦の前には緻密なミー
ティングが行われる。
 カイン・アベルは資料をまとめ、ミーティングルームへ入ると、すでに、
エリザ・マーカサスがいた。
「おはよう」カインは資料を小脇に抱えて、挨拶する。
「・・・」エリザは、カインの挨拶に気が付かなかったのか、無言のままで
あった。
 次に入ってきたのは、リュージ・サワムラである。
「あれ、そこの彼女、ここはパイロットのミーティングで使うんだぜ」
 リュージはさわやかなスマイルを見せつつ、エリザの肩に手を乗せる。
 パシッ!
「触らないで!」
「な、なんだよ」
 女性にはやさしくというのが、ポリシーである、リュージだが、さすがに
この反応はカンに触った。
「サワムラ中尉! 彼女は、AE社から来た新型機のテストパイロット。エ
リザ・マーカサス女史だ」
 リュージが声を荒げたのに気が付いたカインは、手短に状況説明をし
た。
「あ、そうでありましたか。これはまた失礼しました」
 リュージは慇懃無礼丸出しに敬礼して、エリザに謝罪するが、当のエリ
ザに反応は無かった。リュージは肩をすくめて、エリザに一番遠い席に座
った。
「あ、おはようございま〜す」
 能天気な声がミーティングルームに響く。シン・イチジョウがミーティング
ルームに入ってきたのだ。カインは資料に目を通しながら「おはよう」と応
え、リュージは嫌なやつが来たとばかりに不機嫌そうに、別の方向を見る。
 エリザといえば、無反応である。
「あれ、リュージ、どうしたの?」
 シンは、リュージの前に行き、顔を覗き込んだ。
「ッチ、はいはい、おはようさん。
 席はこっちよりあっちの方がお勧めだぜ。AE社のレディーが寂しそうじゃ
ないか」
「あ、そうだね。初めてのところだし、彼女、不安かもね」
 シンはリュージに微笑んで、エリザの隣の席に座った。
「おはよう。僕、シン、シン・イチジョウっていうんだけど、君は?」
 シンは笑顔を浮かべ、エリザの心のドアをノックした。
「・・・エ、エリザ、エリザ・マーカサスよ」
 エリザは他の人間と同じように、心の壁を作ろうとしたが、他の人間とは
違う何かをシンから感じ取り、戸惑い気味に応えた。
「ふーん、いい名前だね。ところで、なぜ、この部屋にいるの? 君もMSの
パイロット?」
「え、ええ」戸惑い気味にエリザは返事をする。
「そうか。じゃぁ、君も仲間だね」
 シンは慢心の笑みをうかべ、エリザは文字通り、ぽかんと口をあけて、シ
ンの反応に唖然としていた。
 そうして、他のMSパイロットが入ってくる。若い新米パイロット、グレイ・ル
ース、ルースと対照的にベテランMSパイロット、ジュゼッペ、アイアンホー
ス、MS部隊の紅一点ジャネット、おとなしそうなラグナ・バナード、時間に少
し遅れたルーズなアグ・ダムスの順である。
「よし、ウインターホース大尉以外はみんなそろったな」
 カインがそう発した言葉の後、ミーティングは淡々と進んだ。
「さて、模擬戦のチームわけだが・・・」カインは周りを見渡す。
「中尉、くじ引きで決めましょう!」とアグ・ダムス。
「却下。
 すでに、チームは決めてある。ZAIR3機と、イチジョウ中尉はセローン中
尉と、ラス少尉。ダムス少尉、君とルース少尉は見学」
 カインはきっぱりそういった。
 ダムスは不平そうにカインを見て無言で抗議するが、カインはダムスの視
線など気にしていない。ルースはガックリ肩を落としている。
 リュージ、バナード、ジュゼッペ、ジャネットはカインの指示に従いMSに搭
乗する。エリザは頭を押さえ、頭痛に耐えているようだ。
「あれ、どうしたの? エリザ。気分でもわるいの?」とシン。
「後で行くわ、ほっといて」うるさいと言いたげにエリザは言い放つ。
「そうはいかないさ。仲間だもの」
 シンはエリザの額に手を当て、エリザに熱が無いことを確認すると、無邪気
に微笑んだ。
「うん、熱は無いようだね・・・じゃぁ、あっちで待っているよ」
 エリザはその場に呆然と立ち尽くしていた。
(なに、あの感覚・・・手が触れた途端に、一体感のようなものを感じた。私がこ
こにいづらかった変化感覚がなくなった。シン・イチジョウ・・・何者なの?)

 そうして、20分後、模擬戦は行われた・・・。

 結果は、エリザの予想以上の活躍で、リュージ、バナード、エリザ隊の圧勝と
なった。
 勝利したチームが先にアイアンホースに着艦し、MSから降りる。その間にジ
ャネット機、ジュゼッペ機が着艦し、シンのZRFは事後処理のため、若干、遅れ
ることになった。
 エリザがZAIRから降りたとたんに、リュージがエリザに歩み寄る。
「エリザ、すごい腕前だよ。もうちょっと、俺が食事をしながらレクチャーすれば
完璧だよ」
 リュージはエリザにさわやかな笑顔で食事に誘った。大抵の女性はリュージの
このさわやかスマイルで食事をOKしてしまう。
「私に構わないで」
 エリザの口調はあからさまにリュージを見下していた。それがリュージの癪に
障り、表情が厳しくなる。
「まぁまぁ、リュージ。食事ならいつものところに一緒に行こう」
 バナードがリュージとエリザの間に割って入り、リュージにウィンクする。「彼女
は初めての模擬戦で気が立っているんだよ」バナードはリュージの耳元で小声
でささやく。
「なによ、そうやって私をかばっているつもり? 模擬戦ならAE社でやっているわ」
 エリザの顔がわずかに赤くなり、腕組をして怒りをあらわにしている。
「ふん、自意識過剰もいいところだな」
 壁に寄りかかって、エリザの反応に軽く批判するダムス。
 ダムスの台詞の後に、シンのZRFが着艦する。メカニック達がまた騒がしくな
る。
「もう・・・もう、私をほっといてちょうだい」
 エリザは自分を受け入れない周りの人間と、うまく溶け込めない自分に腹を立
て、この場にいつづけることができなかった。また、さっきの頭痛がしてくる。エリ
ザはこの場所以外のどこでもいい、一人になれる場所を探して走り出した。
 ドン。
 エリザと誰かがぶつかった。エリザの前方不注意である。
「いてて、大丈夫? エリザ」
 エリザがぶつかったのはシンである。シンはエリザに右手を差し伸べる。エリザ
は反射的にシンの右手を払う。
「なによ、あなた! また、私の心を覗く気? 何の権利があって、私の心に土足
で踏み込むの!!!」
「覗くだなんてそんな。俺はただ・・・」
 エリザは一人で立ち上がり、再び走り出した。
「エリザ・・・」シンは走り去るエリザの後姿を見つめた後、シンはエリザを追って走
り出した。

 エリザはそのまま廊下を走っていると、グレイ・ルースとすれ違う。ルースはよけ
たつもりだったが、艦内の廊下はちょうど狭い部分であったために、肩と肩が触
れる。
するとエリザはルースの頬に平手打ちを食らわす。
 その光景を見ていたジャネットがエリザとルースの間に割って入った。
「AEのテストパイロットかどうか知らないけどね、何様のつもり?」
「あなたには関係ないでしょ」
 エリザは再び前に立ちふさがる二人の間を掻き分けて、走り去った。
「ジャネット、ルース。ごめん」
 シンが走ってやってきた後の第一声がこれである。
「そんな、どうしてイチジョウ中尉が誤るんです? 悪いのはあの女ですよ」
 ルースはキョトンとしながら応える。
「いや、なんって言うのかな。昔のオレに似ているような気がするんだ」
「イチジョウ中尉が? へぇ、その頃のイチジョウ中尉と出会って無くてよかったで
すわ」
 ジャネットはケタケタ笑った。

 数日後、カインはエリザと他のパイロットの不協和音を感じ取っていた。
 本来、チームワークを育む為の訓練が、逆に破綻に向かう危険性を感じたカイ
ンは、直接エリザに会って話をすることにした。
「なにか御用でしょうか?」
 エリザの口調には他人を受け入れない意思が込められているようだ。カインは
肩をすくめメガネをかけなおした。
「君の日常生活についてだがね…」
「私は一人でいたいだけです。構われるのは迷惑なんです」
 エリザはカインの言葉をさえぎった。
「しかし、ここは軍隊だ。そんなわがままは許されない」
 エリザの態度をきっかけにカインの目は冷たくなる。
「私は民間人です」
「都合がいい身分だな。民間人なら、なぜこの船に乗る? 一時的に乗るにせよ、
この船に乗るなら、乗っている間は軍人として扱う。それが私のやり方だ。嫌なら
早急に降りなさい」
 カインの言葉は水を凍らせるほど冷たく、エリザの表情を凍らせるのに十分だ
った。
 そして、この冷たさがむしろ、エリザにとって心地よかった。
「たしかに・・・そのとおりです。以後気をつけます」

 

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