●大気圏突入
一方、死人の怨霊に取り付かれたエリザは、暴走後、機体がショートし
てしまったZAIRが、地球の引力に惹かれるがままの様を見ていた。
「そう、貴方たちは、地球に帰りたいのね。地球、なんて美しいのかしら・・・
それに引き換え、貴方たちを殺した人間は醜いわ・・・」
エリザは何かに取り付かれたかのような表情でそう呟いた。
「違う! 醜いのは、死してなお君も道連れにしようとしている怨霊だ!」
エリザのコクピットにシンの顔が映し出される。
「なによ! 貴方たちは、嫌いよ! 特にシン、貴方は。貴方は勝手に人
の心に土足で踏み込んで」
「違う、エリザ、僕は君を理解しようとしただけだ」
二人が会話している間、ZAIRとZRFは地球の引力に惹かれてゆく。
地球という巨大なる物質は時空をゆがめ、それゆえに引力を持つ。その
現象には善悪はない。地球には悪意がなくても、地球の引力は、そのまま
大気と物質の摩擦による熱を帯びながら、地球に取り込まれる。
ZAIRも例外ではない。すでに、エリザのコクピットは警告音の大合唱と
なり、徐々にコクピット自体が熱くなってきている。
「熱い。熱いのよ。どうして? 私はただ、死んだ人たちを地球に返したい。
それだけなのに・・・」
エリザがそういいかけると、エリザの表情に正気が戻った。
「エリザ。俺は君を助ける!」
「どうやって、無理よ! 貴方だけなら、大丈夫よZRFは単機だけで大気
圏突入能力があるんだから」
エリザの言葉どおり、ZRFを飛行形態に変形させれば、大気圏突入は
可能だ。
だが、ZAIRには大気圏突入能力はない。
このままでは、ZAIRに乗るエリザを助けることは不可能である。だが、
シンはさらに地上に向けて加速し、エリザのZAIRを追い越し、ZAIRをZ
RFに乗せようとする。
シンはZRFの機体を盾にして、ZAIRにかかる摩擦熱を和らげるとい
う方法を考え出したのである。
たしかに、ZAIRが大気圏突入できない理由は大気圏突入時によって
発生する摩擦熱に耐えられない設計だからである。だが、その摩擦熱
さえ回避できる術があればZAIRが燃え尽きることはない。
実際、過去にバリュートという大気圏突入による摩擦熱を回避する装置
を装着することで、MSの単機による大気圏突入を可能にしたことがある。
そう考えれば、ZRFがバリュートの代わりにさえなれば、ZAIRも救える
可能性が出てくる。
ただし、あくまで可能性だけであって、まだ、誰も試したこともない試みで
ある上に、大気圏突入中に、ZRFの上にZAIRの乗せるという神業をこれ
から行うということを大前提にした可能性である。
ZRFの上にZAIRを乗せるという行為は、タイミングと加速を間違えれば
ZRFの上に自由落下によって加速されたZAIRという弾丸の直撃を受け
ることになるのだ。自殺行為といっても過言ではないだろう。
「無理よ! シン! 貴方まで死んでしまうわ」
エリザの判断は冷静かつ正しい正論だ。
「そんなこと、やってみなければ解らない。俺は君を助けるといったら助け
るんだ」
「なぜなの? なぜ・・・」
パン、パン、パリン!
ZAIRのコクピットにある計器、画面は無情にもどんどんショートしていっ
た。