●撤退
「リュージ。大丈夫?」
 思わぬ強敵と遭遇した後とは思えない緊張感の無い声だった。
「見りゃ分るだろう」
 明らかに不機嫌な声で答えるリュージはせっかく装着したバックウエポンが
破壊されたため、飛行することができなくなり、バナードのZAIRの上に、リュー
ジのZAIRが乗っていた。
 リュージとしてはこのような形でアイアンホースに戻るのは、リュージの美学
に反するのだろう。
「すみません。私のために」
 会話に割り込んできた女性は、シンのZRFに乗るジェガンのパイロット、アリ
エスである。
 アリエスの話からA・G・Aがアラスカの基地近辺に存在する可能性が高いと
の情報を得た。
 アリエスは、それを確認するための任務を受け、各基地を確認していたという。
「いいや、悪いのは、あなたを守り切れなかったイチジョウ中尉です。
 あなたは責任を感じる必要はありませんよ」
 リュージはころりと態度を変えてアリエスに言った。
「やれやれ、相手が女性だとこうだ」バナードは肩をすくめる。
「何か言ったか?  バナード」
  
「いや、何でもないよ、リュージ。
  
  それよりも、あの赤いMS・・・」バナードはとっさに話題を変える。
 
「強かったね。でも、かなわない敵じゃない」
 
 シンがバナードの言葉にすばやく反応する。まるで、赤いMSのパイロットにだけ
は負けたくない。とシンの態度から読み取れる。
 シンらしくない態度だ。とバナードは感じた。
 
「ほぉ、いってくれるじゃないか。シン」
 
 リュージが珍しく大口をたたくシンをからかうように言う。
 
「でも、シンはリュージのように軽く大口はたたかないさ」
 
 バナードの言葉にシンは苦笑した。
 
(たしかに、めったなことじゃたたかないさ。あんな強敵・・・次はボクは勝てるのか・・・。
 
  でも、だからこそボクが怖じ気づいちゃいけないんだ)
 
  そして、シン達は、夕日色に染まる大地の上空を飛んでいった。
 
 
●それぞれの朝 シン・イチジョウ中尉の場合
 次の日の朝。シン・イチジョウ中尉は、エリザからの朝食の誘いの内線のベルで
目を覚ます。
 昨日、無事帰還したシン・イチジョウ中尉は、疲労のせいか、そのまま自室へ向
かい、眠り込んだのだ。
 それだけ、あの赤いMSとの戦闘は、シンに集中力を要求したということだろう。
 そして、少し遅れて食堂へ到着すると、エリザはさめた朝食とコーヒーの前に座
っていた。
「あ、エリザ、おはよう」
「おはよう」 憮然としているエリザ。
  
「えっと、今日は天気がいいね・・・」
  
 必死に話題を探すシン。
 
「そう?  外はブリザードよ」
 
 シンは慌てて外を見るとエリザの言葉どおりだった。
 
「あ、アラスカに近づいているんだね」
 
 しばらくの沈黙のあと、エリザは何か一大決心をしたようにテーブルにバンと両
手でたたき、シンに顔を近づけ、シンに問いただす。
 
「ねぇ、シン。昨日連れてきた、女性のことだけど」
 
「あ、アリエスのこと」
 
 シンの口からあっさりその名前が出てきたことに、エリザは冷静さを保つのが精
いっぱいだった。
 
「ごちそう様!」
 
 エリザは怒鳴りたい気持ちを押さえて、朝食に手をつけずにそのまま立ち去った。
 
「エリザ、朝食・・・」