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●それぞれの朝 ケイス・ウインターホース大尉の場合
 艦長席に座るリュウ・カノウは憮然としていた。
 奇妙な緊張感が艦橋に走っている。そんな緊張感を無視するように入
ってくるのは、ケイス・ウィンターホースである。
「今日は早いな、ケイス」カノウ艦長
「それはこっちの台詞だ・・・。
 まぁ、お互い思うところはおんなじなんだろうな」
 ケイスは艦長席の机の部分に手をついた。
「ああ、昨日のパイロットの情報だな」
 そう言いながら、カノウはケイスに小声で言う。
「A・G・Aのねらいは核で、バックランド基地に大量の核ミサイルが保管さ
れている。
 確かに、旧世紀にこの大陸の国が世界の警察を気取って大陸間弾道ミ
サイル基地を作ったのは確かだ。
 だが、それは・・・」
 ケイスもカノウにあわせるように小声で応えた。
「A・G・Aの欲しいのはミサイルの部分ではなく、核弾頭の方だ。いや、プ
ルトニウムの方が目的だろうがな」
「なるほどな。核弾頭ミサイルを製造する技術は持っていても、肝心の核
分裂を起こさせなければ意味はないか」
「それよりも、警戒すべきは」
「なぜ、あのパイロットがその情報をしっているか」
「だな」ケイスが同意する。
「艦長、そろそろ、例のパイロットが言うとおり港がありました」
 オペレーターがカノウ艦長に告げる。そして、カノウとケイスの小声の会
話もそこで打ち切られた。
「よし、アイアンホースの着陸地点を見つけ次第だ。補給が受けられれば
そこで補給を行う」

●カイ
 アイアンホースは港の寄港を許可され、有料ではあるが、補給も受ける
ことになった。
 補給とは言っても武器弾薬ではなく、むしろ、水や食料である。
 その間、地球へ降下以来、アイアンホースのクルー達に、急激な環境変
化と同時に訪れた激務と疲労を考慮して、カノウ艦長は、ローテーションを
組んで休暇が取れることにした。。
 シン・イチジョウ中尉とエリザ・マーカサス、そして、グレイ・ルースはアイア
ンホースから降りて、街に行くことにした。
「いやー、しかし、地球の空気はおいしいね」
 シンはさわやかな笑顔でエリザとルースに言う。
「そうね」
 エリザはいささか不機嫌そうに頷き、ルースはそれに遠慮するように硬い
笑顔で頷く。
 エリザはシンに誘われたとき、二人きりのデートだと思い込んでいたのだ
が、なぜか、ルースがついてきたのだ。
 アリエスというパイロットのことといい、ルースをデート(とエリザが勝手に
思い込んでいる)につれてくることといいシンのデリカシーの無さに無性に
腹を立てていた。
 そんな険悪な空気の中、ルースは何か話さなければ。という脅迫観念に
かられていた。
「イチジョウ中尉はどうして、あんなにうまくMSを扱えるんですか」
 それは、ルースがシンに前から聞きたかったことだった。
「う〜ん、なんでかなぁ。とにかく、守りたいものを守らなきゃ。って考えて、
気がついたらうまくいってたことがおおかったなぁ」
「そんな・・・」
 ルースは他のパイロットにも同じような質問をしていた
が、シンが一番あいまいで、パイロットらしからぬ回答だった。
 リュージには天才だからと言われ、ラグナにはMSの性能や限界を知る
ことだといわれ、ケイスには、経験と生への執着心だといわれ、アベルに
は、戦況を見極める冷静な心だといわれた。そしてダムスにはそんなも
のは、自分で気がつくものだと鼻で笑われた。
 どれも説得力のある言葉のように思えた。
 しかし、シンの回答は人としては間違っていないと思うが、どこかパイロッ
トらしからぬ何かを感じ取っていた。
「まともに聞いちゃダメよ。ルース少尉。
 それより、休暇ぐらいは、別の話をしましょ」
 エリザはシンの回答にまじめに悩むルースをみて、機嫌を直したように、
笑顔を見せた。シンに振り回されているのは自分だけではないのだ。
 とルースを見て確認できたからだ。
「ねぇ、あの店でランチを楽しまない?」
 エリザの提案に異議を唱えるものはいなかった。

 シン達が店に入り席に着く。無愛想なウェイターが注文を聞きに来る。シ
ン達はそれぞれのメニューを注文する。
 店は殺風景で、客足も少ない。カウンター席に男と少女の二人組が、店
主となにやら話をしていた。兄妹というには似ていなかったし、恋人という
には年齢が離れているように思えた。
「・・・エスという女性が来たら知らせてくれ」
 黒髪でどこか孤独を感じさせる男はそういうと、席を立った。
「あ、カイまって」
 隣に座っていたすこしだけ大人びた少女が急いで立ち上がったときよろ
めいた。
「危ない!」
 ルースがとっさによろめく少女の体を支えた。
「なにすんのよ!」
 パーン。少女の平手がルースの頬を叩く。
「な・・・」
 ルースは親切心でやったことだけに少女の反応に呆然とする。
「エイシア!」
 カイと呼ばれた男が、少女の名をしかりつけるように呼ぶ。
「すまない。連れが無礼なことをしてしまった。
 エイシアは人と接すすることになれていないのだ。許してくれ。エイシア」
 カイがエイシアを謝るよう促すが、エイシアはカイの陰に隠れた。
「あ、いえ、こちらこそ、す、すいません」
 その様子を見ていたシンはカイと呼ばれる黒髪の男からなにか違和感
を感じ取る。
「どうしたの? シン」
 エリザが直感的に、シンの変化を感じ取る。
「い、いやなんでもない」
 だが、カイもまた、シンに対して同じような印象を得たようだった。
「騒がせてすまない・・・」カイはシンとエリザにも謝罪した。
「ん、どこかでお会いしたかな?」
 低く、やさしげな声で、シンに声をかける。
「い、いえ」
 首を横に振るシンだが、エリザにはとても何も無かった相手には思えない。
エリザの目には、目の前の男と声をかわしただけでシンの顔色が蒼白に
なったように見えた。
 ちょうどその時、店で起こっている客同士のトラブルなど無かったように無
愛想な店員が食事を持ってきて、テーブルに無造作に置いてゆく。
「シン、食べましょ」
「そ、そうだね」シンがうなずく。
「ところで、中尉、さっきの話の続きですけど、守りたいものってなんなんです
か?」
 ルースはさっきに
「んー、そのときによって違うな。
 守るべきものがあると、何でも出来そうになるよ」
「え? 私じゃないの?」エリザは悪戯っ子のように言う。
「んぐッ! ゴホゴホ」
「アハハ、冗談よ」エリザは無邪気に笑った。
 その時、シン達は自分達の席の横に立つ存在に気がつく。
「シン君。といったね」
「なんでしょう?」
「忠告しておくよ。守るべきものを持つということは、同時にそれを失う運命に
あるということを」
「なぜそれをボクに?」
「そうだな、なぜかな・・・たぶん、君はそう思っているように思えたんだ。昔のオ
レに似ているからさ」
「だったら、僕は守るべきものをずっと守るようにします。あなたのように後悔し
たくないから」
 カイはシンの言葉を聞くと、懐かしい思い出を思い出すような表情を浮かべた
後、「それでは、失礼」と小声で言い、その場を立ち去った。


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