相対ゴブリン 08
もちろん、相対主義の暴走についてはカオリさんもすんなり受け入れ てくれるだろう。 だが、カオリさんが相対主義をつかって、自己の正当化をしていると いう現実を自覚し、受け入れられるかどうかということだ。 相対主義においては、「正しいものなんてない」のは正しいかもしれ ないが、実はそんなことはない。 そもそも、人間は正しいことを無根拠に確信しているわけで、その確 信こそがいわゆる真理なのだ。 そして、その真理は人それぞれ別のものに見えるかもしれないけれど、 それは真理への評価の違いにすぎず、本来相対主義が正しいのは、真理 に対する評価が人それぞれというだけで、複数の真理があるというわけ ではない。 この相対主義の本質を見失うことが哲学モンスターの発生を生みだす わけだ。 《ふに、カオリは滅多に早退はしないから、早退主義ではないのだ》 「相対主義というのは、哲学で、人間の認識や評価はすべて相対的で、 真理の絶対的な妥当性を認めない立場のことよ、めぐたん」 さすが、カオリさんは的確に物事をしっているな。 「カオリさんは、この本の評価が人それぞれだったら、この本がたく さんあると思う?」 僕の唐突な質問に、カオリさんは目をパチクリさせたたが「いいえ」 と首を横に振った。 「真理もおんなじなんだ」 「そう・・・たしかにそうね。 私、一人一人に別々の真理があるって思い込んでいたわ・・・」 やった。 厄介なことになる前に、哲学モンスターを退治できるかもしれないと 思った瞬間。 カオリさんの表情が何かに取りつかれたように邪悪な表情に変わった。 《どーしたのだカオリ!》 さっきまで、退屈そうにほんわり的外れなことばかりいっていためぐ たんが、カオリさんの異常に気が付いた。 カオリさんの顔から血の気が引いたかと思うと、カオリさんからなに か生気のようなものが抜け落ち無機的なフランス人形のような印象をう けた。 それはそれで不思議と魅力的だと僕は感じてしまったが、それ以上に、 カオリさんの無機的なしせんがなにか嫌悪感を感じさせる。 そう、カオリさんは物質的には美しいだけで、カオリさん自身がもつ 魅力が失われてしまったようだ。 僕ははじめて、きれいだと思っていたカオリさんが醜いと感じた。 しまった。 僕は何が間違っていたかを自問した。 わからない。 手順は正しいはずだ。 僕は焦ってなにか致命的なミスをしたのではないかと胸がキュッと締 め付けられるような気がした。 「うっかりだまされるところだったわ。 だって、人間は万物の尺度なんでしょ。 認識が違うということは、一人一人が真理をつくりだしいるだけじゃ ない」 カオリさんは険悪な仮面で、僕を見下すように言い放つ。 厄介なことになった。 哲学モンスターが、カオリさんの無意識から意識に飛び出したんだ。 たぶん、僕が性急すぎたんだ。 そういえば、花屋さんが、僕の哲学モンスターを追い払ったときは、 もっとじっくり時間をかけていたんだっけ。 一般に、早いということは、合理的でいいことだと思いこまれてい るが、合理的であるためには、さまざまな手順が省略されていること と同意なのだ。 僕は目の前の失態を後悔した。 どうすればいい・・・どうすればいい? |
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