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相対ゴブリン 10

 ソクラテスの産婆術とは、ソクラテスという古代ギリシャの哲学者
がつかった議論の方法論だ。
 このソクラテスの産婆術は、ある日「最も賢いのはソクラテス」と
いう神のお告げが出たことからはじまる。
 ソクラテスは、お告げの後、自分は無知だが、神のお告げがなぜ出
たのか考え、「汝自身を知れ」というデルフォイの神殿の碑から、自
分が知っていることは何もない、という「無知の知」を自覚した。
 そのことをただ一つ知っていることが、神のお告げの理由であると
いう結論に達した。
 ソクラテスの産婆術とは、何かの定義を質問し続けていくと、いつ
しか、相手は言葉に詰まり、説明ができなくなることで、相手もまた
無知の知を自覚させるという方法論だ。
 もし、この無知の知をカオリさんが自覚できれば、哲学モンスター
も退治できるはずだ。
 なぜなら、哲学モンスターは哲学の暴走が原因だから、無知の知に
よって、カオリさん自身が考えるようになれば、自然と哲学の暴走は
止まる。
 哲学モンスターは、方法論というバイアスに支配され、哲学本来の
哲学的な問いかけをやめてしまうことで、思考停止によって誕生する
からだ。
「絶対的な真理はだれにも見つけられないのよ。
 だから、真理なんてありえないの。
 わかった!」
《わからないのだ。
 今見つけられないから、ないのはなぜなのだ?》
「そ、それは・・・」
《知ったかぶりをするなんて、カオリらしくないのだ!
 本当は、ソータイシュギなんていいわけなのだ!
 そうやって、自分に言い訳し続けてカオリはいいのか?
 つらくないのか?》
「つらい・・・苦しいのよ。
 でも・・・私はもっと、父や母に・・・」
 短い会話ではあるが、カオリさんの中では無限ともいえるような
自問自答が繰り返されているに違いない。
 カオリさんの険悪な顔という仮面は、めぐたんの産婆術によっては
ぎとられ、カオリさんの素敵な素顔が現れた。
 そして、子供のように涙を流した。
【きゃー、何よこの滝!】
「へ?」
 我ながら間抜けな声を漏らしてしまった。
 しかし、それも仕方のないことで、カオリさんの涙からこぼれおち
たのは、小さな妖精のような女の子だった。
 多分、小さな彼女が相対ゴブリンなのだろう。
 僕が確信したのは、小さな彼女の片手には、僕がぼんやりみた、ゴ
ブリンのお面があったからだ。
【まったくもう。
 ソクラテスの産婆術なんて恐ろしいもの使うなんてとんでもないわ】
 彼女は、空気のようにふわふわ浮いて、両手に腰を当ててめぐたん
に文句をつけた。
 正直、彼女はゴブリンなどというファンタジーに登場する醜悪なモ
ンスターの名前には似つかわしくなく、むしろフェアリーという名前
の方が似合っていた。
《わぁ、妖精さんなのだ。
 かわいいのだ》
 僕はめぐたんの言葉に激しく同意した。

 

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