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チューリップの涙 02

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  妖魔の出現により、特魔官という存在だけではどうしても妖魔から人々
を守ることが出来ないことがある。
 その背景として、特魔官の任務はより多くの人間を守ることが目的であ
りながら、大変危険な任務であり、かつ、特魔官になる為には多くの狭き
門をくぐらなければならない。
 その為、慢性的な人材不足という問題が生じた。
 この人材不足という問題は、多発性のある妖魔事件には対応しきれない
という現実の壁に当たる事になった。
 さらに、妖魔事件であるか、人間による犯罪であるかが断定することに、
時間が要するケースが多々あったため、特魔官は妖魔事件の後手、後手に
周らざるを得なかった。
 その現実に業を煮やした多くの自治体は、保安官という独自の治安を維
持する法務執行官を設置することにした。
 実際、政府としては、すべて特魔官による解決を望んではいるものの、
この現実を目の当たりにしては、保安官制度を認めざるを得なかった。
 そのような経緯から、自治体の責任者と自治体の議会により任命された
治安維持の仕事を任された一種の臨時の公務員が保安官である。
 保安官は、様々な特権を所有しているが、幾つかの種類の特権を行使し
た場合、役所の監査役によって、特権の行使の妥当性を監査される。
 その上で、少数の助手を任命し、小人数の勢力を自由に使うことがで
き、緊急時には一般市民に臨時の警官として出動を要請することができる。
 選出方法は、自治体によって様々ではあるが、多くは市長などの自治体
の責任者の任命によるものである。
 ここ、瀬留名市においては市長の武田信輝が、火野竜司を保安官に任命し
た。
 火野竜司は、保安官の助手に仕事を任せ、1ヶ月ぶりの非番についた。
 妖魔が活動的になるのは夜が多いため、竜司もまた、夜に活動すること
が多かった。
 そのせいもあってか、竜司は空が青かったことをすっかり忘れていた。
 竜司は、青空に向かって両手を広げ、背伸びをする。
「う〜ん」
 竜司は一ヶ月ぶりと思われる満面の笑みを浮かべた後、足取り軽く、
お気に入りの喫茶店に向かった。
 喫茶クロヒゲ。
 そのネーミングセンスの悪さはさておいて、コーヒーの味は抜群である。
「いらっしゃい。
 おお、竜司か。久しぶりだなぁ」
 喫茶店のマスターが愛想よく竜司に挨拶をする。喫茶店のマスターには、
喫茶店の名前の由来になったであろうクロヒゲが蓄えられていた。
 無精髭。
 というには、整いすぎてはいるが、口髭というには、喫茶店の名前の
センスぐらいは乱れていた。
 なによりも、そのマスターと不釣合いにも、カウンターには、花瓶のチュー
リップの花が飾られ、なんとも違和感を感じさせた。
「ああ、まったく、保安官になってからここのコーヒーを飲む暇もないよ。
 あ、マスター、いつもの」
 竜司はマスターにオリジナルブレンドを注文すると、宮沢賢治の銀河鉄
道の夜の表紙を開いた。
 竜司は宮沢賢治の詩と童話が好きだった。
 竜司は、宮沢賢治の作品を何度も何度も読み返しては、涙を流す。
”「ではみなさんは、そういうふうに川だと云われたり、乳の流れたあとだ
と云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知で
すか。」”
 と冒頭で始まる教師の問いかけに、竜司はいつも首をかしげる。
 これは、確かに天の川と呼ばれる天体は、星の集まりである。
 だが、竜司はそれを言って聞かされただけであり、本当に確かめたこと
はないことに気がついている。
 だから、いつもこの冒頭に首をかしげる。

 この疑問を投げかけると、ほとんど、だれも相手にしてくれなかった。
 考えてみれば30にもなって、童話の話を本気で首をかしげるのも
大人気ない。と竜司は内心、苦笑する。
 そんな苦笑をするとき、昔、一人だけ熱心に回答しようとした相手が
いたことを思い出す。
 睦月亜沙美という、瓶底メガネの頭でっかちのクラスメイトだった。
 大抵の男子は自分より成績の良い女性を敬遠するものだが、美人であれ
ば近づく男子もいるだろう。
 しかし、亜沙美は、美人というには、鼻が低く、口元は、どことなく、
ふっくらとしていた。
 「魅力的な女性」といえなくも無かったが、いつもむすっとして
いて、近づきがたかったし、亜沙美の口から嫌味の言葉が出そうな印象
を、多くの男子はもっていたようだ。
 そして、大抵の女子も成績の良すぎたり大きすぎる差がつく同性を嫌う
傾向にあるらしい。
 だから、亜沙美は、親しい友達がいるわけでもなく、いつも一人、図
書室で勉強をしていた。
 竜司は、当時も今も、勉強など大嫌いではあったが、宮沢賢治だけは、
好きで好きでたまらなかった。
 そういったいきさつで、竜司は亜沙美と図書室で顔を合わせることが
多かった。
「また、同じ本を読んでいるのね」
 飽きずに同じ本を何度も読めるわね。と言いたげに亜沙美が話しかけ
てきた。
 竜司は少なからず、この言葉に怒りを感じたが「好きだからな」とぶっ
きらぼうに応えたことが、亜沙美と親しくなるきっかけだった。
 竜司は思春期の青春時代の思い出に浸っていると、不意に後ろから、声
をかけられた。
「また、同じ本を読んでいるのね」
 飽きずに同じ本を何度も読めるわね。と言いたげな聞き覚えのある懐か
しい声。
 竜司は思わず本を落として声の主を見た。

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